次世代自動車覇権戦争
第一回 電気自動車の逆襲

(小学館「SAPIO」2006年6月発売号に掲載)

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燃料電池車からEVへの回帰が始まった

「加速がすごい。石油を産出しない日本にうってつけだ。エネルギー革命、産業構造改革だ!」
 小泉首相は興奮した様子で記者団にこう語った。05年12月に慶応大学のプロジェクトチーム(統括責任者・吉田博一教授)が開発した電気自動車(EV)『エリーカ』に試乗してのことだ。同じ日に試乗した二階経産相もよほど感激したようで、06年の年頭所感で「次の新しい『エリーカ』の誕生のために(中略)、経産省が先頭に立つ決意であります」と述べた。
 リチウムイオン充電池と8基のインホイールモーター(車輪と一体化したモーター)で走る『エリーカ』は最高時速が370km/hに達し(実測)、加速力はジャンボジェットの2倍でポルシェ911を上回るスーパーEVである。筆者も今年1月に、『エリーカ』のハンドルを握る機会を得たが、確かに凄まじい加速で、小泉首相が興奮した理由がよくわかった。
 『エリーカ』が凄いクルマであることは間違いないが、これまで政府や自動車業界は「次世代自動車の本命は燃料電池車」を既定路線とし、EVは“過去の遺物”として扱ってきたはずである。トヨタは数千億円もの開発費を燃料電池に投入したといわれ、経産省もこれまで開発普及支援に300億円の予算を投入してきた。そんななかで政府首脳からEV回帰ともとれる発言が出たわけで、自動車メーカー側は戸惑いを隠せない。
 朝日新聞(東京朝刊06年1月9日付け)の報道によると、首相の発言に対して意見を求められたトヨタ自動車の奥田顕会長は「EVは重たいし、充電しないといけないから難しい。トヨタ本体としては『やるだけやってください』という感じだ」と答えたという。何か内面の苛立ちを現すような発言である。「今さらEVなんてとんでもない」というところだろう。
 しかし、経産省製造産業局自動車課の小林拓氏は、「首相と大臣の『エリーカ』試乗は寝耳に水だったが、確かにEVを見直すいい機会かもしれない」と言う。実際、この6月に経産省は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じて、EV用リチウムイオン充電池の研究プロジェクトを立ち上げる方針を発表した。
 なぜここに来て、再びEV回帰の動きが始まったのか。その前に、EVと燃料電池車の違いについて、簡単に触れておきたい。
 EVはかつて次世代自動車の本命と呼ばれ、日本の自動車メーカーはオイルショック後の70年代と、カリフォルニア州で排ガス規制が始まった90年代に開発を進めていた。EVは家庭のコンセント(あるいは専用充電器)から充電池に充電し、モーターを回して走る。排ガスを出さないクリーンカーだ。しかし、奥田会長が言うように、90年代のEVは主に鉛充電池が使われていたので、重量が重く、走行距離も短く、充電に何時間もかかることがネックだった。
 一方の燃料電池車は、水素を燃料に発電する燃料電池を搭載し、発電しながらモーターを回して走る。学校で水を電気分解すると水素と酸素が発生することを習ったが、燃料電池はその逆の化学反応を利用し、水素(と空気中の酸素)から電気を発生させる。車両から排出されるのは水だけで、これもクリーンなシステム。充電に時間のかかるEVに対して、水素ステーションでタンクに水素を充填すればいくらでも走行距離を伸ばせることが利点とされている。
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パニックから始まった燃料電池車開発

 EVから燃料電池車へ、日本の大手自動車メーカーが開発の主軸を移した経緯について、資源エネルギー庁燃料電池推進室長・安藤晴彦氏はこう説明する。
「日本の自動車メーカーは90年代にEV開発に注力していたが、同じ頃、独ダイムラー・クライスラーだけが燃料電池車開発に取り組んでいた。90年代にダイムラーは、燃料電池車を04年に10万台生産するという衝撃的な計画を発表し、それで日本メーカーはパニックに陥ったのです」
 トヨタはダイムラーに対抗するように「03年までに1000万円で燃料電池車を市販する」と宣言。そこで小泉首相は“閃いた”そうで、「実用化に成功したら、首相官邸の公用車に採用する」と約束した。それをきっかけにトヨタと本田技研の間で激しい実用化競争が始まったのである。
 ところが、04年を待たずに突然ダイムラーの燃料電池開発責任者は解任され、量産計画は頓挫。一方でトヨタと本田技研は、首相官邸をゴールとする開発レースに突入したため、もはやダイムラーの動向は関係なくなり、お互いのメンツをかけた勝負になった。まるで、チキンレースに誘われてアクセル全開で走り出したら、誘った本人がいつのまにかいなくなっていたようなものだ。
 結局、02年12月に両社ともに世界初の実用化に成功し、官邸や経産省などにリースで納車され、レースは引き分けに終わった。しかし、このときの車両は数億円という途方もないプライスタグがつけられ、トヨタの「03年に1000万円で市販」という計画もいつのまにかうやむやになった。
 ダイムラーやトヨタの動向からは、開発を始めた当初は簡単にできると考えていたふしが読み取れる。しかし、実際には燃料電池は極めて量産化が難しい技術だった。
 経産省が主導している水素・燃料電池実証プロジェクトで、プロジェクトリーダーを務める平野出穂氏は、「日進月歩で技術は進化していて、現行車両でも量産すれば1000万円を切ることは十分に可能です。しかし、数百万円単位に下げるのが難しい」と言う。
 燃料電池車を現実的な価格で製造するには、クリアすべき大きな課題が3つある。
 第一に「白金(プラチナ)に代わる触媒の開発」。燃料電池には貴金属の白金が使われるが、希少性の高い白金の先物市場はダーティな側面をもち、しばしば排ガスフィルターの用途などで需要が高まると買い占めによる価格高騰が起きる。ある自動車関連技術者は、「排ガスフィルターと違って自動車用燃料電池には今のところ代替材料がないので、そうとなると、どこまで価格がつり上がるか想像もつかない」と言う。
 第二に「大容量の水素貯蔵タンクの開発」。燃料電池車は燃料の水素を350気圧(将来的には700気圧)で貯蔵するが、カーボンファイバー製タンクは超高圧に耐えるため100kg単位の重量に達する。官邸に納入されたトヨタの燃料電池車『FCHV』の場合、資源エネルギー庁によると、1充填あたりの航続距離は100数十km程度(実走行)とのこと。ガソリン車と同等の距離を走るには3倍以上の貯蔵量が必要で、車両の中でタンクが相当な重量と体積を占めることになる。
 第三に「燃料電池の耐久性向上」である。自動車に搭載する燃料電池は起動と停止を何万回も繰り返し、アクセルの踏み込みにあわせて大出力の放電をする必要もあるので、非常に劣化が激しくなる。数万km走って交換では、商品として成り立たない。
 燃料電池開発の難しさは、05年4月に資エネ庁・燃料電池推進室が公表した「燃料電池・水素関連の技術開発状況と対応の方向性について」というレポートにも現れている。「燃料電池の内部構成も(中略)全面的な見直しと革新的な材料開発が求められ」「先端化学を駆使した根本的な物理限界の突破が必須」とある。この3つの問題の解決にはノーベル賞級の発明が必要とさえいわれている。
 自動車評論家の舘内端氏はこう言う。
「トヨタが開発に熱中していたのは本田技研との実用化レースをしていた頃だけで、今はすっかり熱が冷め、規模も予算も以前とは比較にならないほど縮小されている。その意味を考えた方がいい」
 トヨタが燃料電池に数千億円も投入しているという話は、ある種伝説化し、「トヨタがここまで本気で取り組んでいるのだから」と、日本の産業界を巻き込んできた。しかし、自動車メーカーにとって燃料電池関連の化学技術というのはそもそも専門外で、トヨタが決して万能ではないのは5年前から参戦しているF1の結果を見ても明らかだ。
ToyotaFCV TOYOTA FCHV

 この局面を打開するため、経産省では燃料電池の基礎研究のため、05年4月に予算10億円で産業創造研究所内に固体高分子形燃料電池先端基盤センターを設置した。
「全国の大学から理学系の若手研究者を集めて、物理学の根本に立ち返り、量子力学の世界から燃料電池の開発を進める。センター長には、トヨタの燃料電池開発責任者だった長谷川弘氏を招いています」(資エネ庁・安藤氏)
 こう胸を張るのだが、要するにメーカーがもつ工学技術では限界に達したわけで、そこまで追いつめられているということではないか。トヨタも開発責任者を社外に出してしまうというのは、通常では考えられないことだ。

電気自動車の逆襲が始まった

 燃料電池開発が足踏みを続ける内に、地球温暖化問題と、おそらくはそれに起因する異常気象は、想像していたより早く、抜き差しならない事態になりつつある。03年夏にはヨーロッパを熱波が襲い、フランスでは約2万人が亡くなった。05年8月にアメリカ南東部をハリケーン「カトリーナ」が襲ったのは記憶に新しい。加えて、不安定化する中東への石油依存も問題になり、ブッシュ大統領は06年度の一般教書演説で「石油中毒からの脱却」という言葉を使った。
 こういったことがEVを見直す機運が高まってきた背景にある。さらにもう一つ大きな理由として挙げられるのは、EVの最大の課題だった充電池の問題が解決できる目処が立ってきたことがある。
「90年代に日本の自動車メーカーはEVの技術をほぼ完成させたが、充電池の性能に難があり、“電池待ち”という結論に達した。それで燃料電池にシフトしたのですが、携帯電話やパソコンの世界でリチウムイオン充電池が普及して性能が劇的に向上し、ついに充電池が追いついてきたんです」(舘内氏)
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 それを機敏に察知したのが、富士重工と三菱自動車だ。05年8月に、富士重工は急速充電器を使えば5分で90%まで充電できるリチウムイオン充電池をNECと提携して開発し、08年までに『R1e』を発売すると発表。三菱も軽自動車『i(アイ)』の駆動系をリチウムイオン充電池とインホイールモーターに交換したEVを10年までに発売すると宣言した。どちらも1充電当たりの走行距離は約200km、車両価格は200万円以下を目指す。料金の安い深夜電力(昼間の3分の1)で充電すると、燃料コストはガソリン車の10分の1になるといわれる。
 リチウムイオン充電池は、従来の鉛充電池に比べて、同じ重量比で蓄電容量は約4倍に達し、技術的には現行のさらに1・5倍にまで伸ばせる見通しが立っている(鉛充電池の約6倍)。充放電による劣化にも強いので出先での急速充電も可能になる。
 富士重工と三菱がEVに舵を切ったのは、業界内の地位から考えていかにも象徴的だ。燃料電池開発には莫大な資金が必要で、世界でも開発に取り組んでいるのはトヨタ、本田技研、日産、GM、ダイムラークライスラーぐらい。他の弱小メーカーは参入が難しいのが現実である。
 三菱自動車技術開発本部でEV開発を担当している吉田裕明氏は、EVを再び市場に送り込む理由をこう語る。
「ダイムラー傘下の弊社が燃料電池開発をすると二重投資になる。かといって指をくわえて待っているわけにもいかないし、燃料電池車の普及は当分先でしょう」
 仮に親会社が燃料電池の量産化に成功しても、おんぶにだっこではメーカーとしての自主性が失われる。その危機感が背景にある。
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 これまで日本の自動車メーカーがEVに及び腰だったのは90年代に販売で失敗したためだが、当時のEVは二人乗り軽サイズで400万円とか、RV車が700万円とか、買えという方がおかしい値札がついていた。「環境にいい」という理由だけで、自動車にそんな大金を支払う人は稀である。
 当時は業界内に「電池とモーターを買えば誰でもEVが作れてしまう」と恐れる声もあった。自動車メーカーが自動車メーカーたるゆえんは、精密機器のような自動車用エンジンを作れることで、それが業界への新規参入を阻んできた。EVに移行すると競争が激化すると恐れたのである。だから、より難しい燃料電池車開発に挑戦してメーカーのコア技術として囲い込み、新たな参入障壁にしようと考えたわけだが、仮に成功したとしても生き残れるのは強者だけになりそうである。
 勝ち組企業が燃料電池開発で足踏みを続けている今この瞬間が、弱小メーカーにとっては最後のチャンスかもしれない。業界の負け組企業がEVを武器に生き残りをかけた逆襲ののろしをあげた。

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