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同窓会

 高校時代のある雨の朝、学校へ向かう道すがら、信号待ちをしている女子生徒に追いついた。誰かなと思ったら、傘が傾げ、こちらを振り返る彼女と目が合った。
 あっ、Sさん! 二人きりで話すチャンスなんて滅多にあるものじゃない。何か言葉をかけなくちゃ。
 でも、声になったのは、冒頭の「あっ」だけ。彼女も小さく「あっ」と言ったきり。

 ただそれだけ。なんとも些細な出来事である。
 それでも、忘れることに努めた高校時代の記憶の中で、振り向く彼女の姿は、消去されることなく鮮明に残っている。

■     ■     ■

 避けていたはずの高校の同窓会に顔を出した。
 あのWさんから、もう何ヶ月も前に誘いを受けていたこともあり、神戸に来てもらったお礼も言わなくてはいけないと、重い腰を上げたのである。
 立食式の会場に入る前から、早速 I 君に声をかけられる。会場では、S君、F君、T君そしてMさん。高校時代、こんなにフランクに話したことはあっただろうか。これも35年という歳月のおかげか。
 そんなクラスメイトとお互いの近況などを話していると、視界にある女性が。
 あっ、Sさん! 彼女が出席するか否かは聞いていなかったけれど、ひと目でわかる。今度こそ話しかけなくちゃ。

 Sさんは帰国子女で、英語が堪能なのはもちろん、そのほかの教科も抜群の成績であった。学校の方針なのだろう、クラスには帰国子女が何人かいて、成績優秀なのも共通であった。
 ただ、Sさんは、きまじめな性格もあって、クラスになじめていないように見えたのである。いや、「さん」付けで呼ばれていた私が言えた義理はないのであるが、そこに相通じるところがあるように思えて、気になる存在だったのだ。本音を言うと、とてもチャーミングということもあったのだが。

 今、目の前にいるSさんは、まわりを大勢の同級生が取り巻き、明るく朗らかに話し込んでいる。記念写真と言われて、愛想よくピースサインでポーズもとっている。チャーミングなところは変わっていないが、こんなに無邪気にはしゃぐ彼女の姿は、高校時代に見たことはなかったような気がする。
 人気者の彼女がちょっと一人になった隙をついて、やっと話しかけることができた。
 「眼医者さんになったんだって?」
 「そうなの。最初は小児科を目指していたんだけど、子供に注射針を刺すのが嫌になって、転向しちゃったのよ」
 「お医者さんとはさすがSさん、帰国子女はみんな頭がよかったからね」
 「そんなことないわ。英語を勉強しなくて済む分、ほかの教科に当てられて、有利だっただけよ」
 「いやいや、優秀なのはクラスでも別格だったよ」
 よどみなく会話が続く。あの雨の朝、「あっ」のあとに、こんな会話ができたらよかったのに。淡い感傷が胸をかすめる。
 Sさんには聞いてみたいことがひとつあった。高校時代、なじめないクラスに、どんな思いでいたのか。でも、どう切り出したものか。
 「正直なところ、僕は「さん」付けで呼ばれて、クラスにはなじめなかったけど、Sさんもみんなとはちょっと合わなかったんじゃない?」
 結局、ストレートな聞き方をしてしまった。
 「ふふふ、そうそう「さん」付けだったわよね。でもね、私、高校時代には、楽しい思い出しか残ってないの」
 雷で打たれたような衝撃を受ける。
 楽しい思い出だけを残す・・・嫌な思い出だから忘れようとするマイナス思考の私とは正反対だ。彼女の明るさは、ここにあったのか・・・。前向きと後ろ向きの姿勢の違いを、またもや思い知らされる。Sさんにつまらぬ質問をした自分が恥ずかしい。
 「よぉ、久しぶり」と、別のクラスの男性がSさんに声をかけてきたのを潮に引き下がる。

 Sさんが眼科医になったことは、Wさんから聞いていた。そのWさんも、Sさんのことを「高校時代に比べたら、今はとっても話しやすい」と言っていたが、そのとおりだと実感する。
 そんなSさんは、開業医なのか勤務医なのか、そこまで話す間はなかった。それで、はしたないとは思いながら、ネットで検索してみると、どうやら2つの病院を掛け持ちしているようだ。医師の紹介コーナーに「英語での診療・相談にも応じます」とあるところは、さすがSさんである。
 さらに病院の所在地を見ると、ひとつはなんと昨年訪れたばかりのローカル私鉄の某駅前ではないか。
 ちょうどいい、そのローカル私鉄には、もう一度行きたいと思っていたところだ。ローカル私鉄再訪を名目に、ちょっと病院をのぞいてみようか・・・。またぞろよこしまな虫が騒ぎ出している。



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