いつもよりは眠ることができた、と直江は思った。
このところ、というより、あの日からなかなか寝付けなくて、眠るのが怖かった。
。。。不思議だが、これも彼女のおかげなのかもしれない。
そういえば、この部屋で誰かと朝を迎えたことなんてなかったな。

眠れたといっても、まだ外は薄暗かった。
隣にいる彼女は、よく眠っている。
つい見ているこちらが微笑んでしまうような、きれいな寝顔だった。
昨日からのことを思い起こしてみると、最後に彼女に会ったのが奇跡のようだった。
七瀬先生と別れてから、どこをどう歩いたのか覚えていない。
あびるように酒を飲み、ボートにたどり着いてそのまま乗った。
乗って流されて。。。行き着いた先にどういうわけか彼女がいた。
たんぽぽを見つけたといって微笑んでいた。
そして。

突き放したり、抱きしめたり、ここに連れてきたり。
僕の態度を理解できなかったに違いないが、それでも何も聞かずにいてくれた。
ただ、ずっとそばにいて微笑んでいてくれた。
そして、会話がとぎれないように、一生懸命話すことを探していたな。
それでもこの部屋まで来ると話題も尽きて、それからは静かに微笑んで僕を見つめていてくれた。
だから。

『これでよかったのか』
そう問いかける声がする。
あのとき、差してきた光にも問いかけた。
あのとき決心したはずだったのに、今もまだそう問いかける声がする。
この女性は強い。おそらく僕が思っている以上に。
僕がいなくなってもきっと生きていける。
僕をわかってくれる。
それを信じているが、彼女に深い悲しみも与えてしまうのも事実だ。
もちろん、僕は最期まで彼女を愛し、気持ちのすべてを与えるけれど、
本当にこれでいいのか。
彼女を不幸にしてしまうかもしれない。

「直江先生。。。」
倫子がつぶやいた。

夢? 僕が出てるのかな?
自分の名前を寝言で聞くっていうのも不思議な感じだな。
彼女の温かい足が触れた。
まだ早い。もう少し、君の横で。
もう一度目を閉じてみたが、眠気は覚めてしまったようだった。

コーヒーでも入れるか。

寝ている彼女を起こさないように、ベッドから身を起こした。
「う。。。ん」
びくっとして振り返ったが、彼女は眠っていた。
髪が頬にかかっていた。直そうと伸ばした手が彼女の頬に触れたとき、微笑んだように見えた。
『少しの間でも君にできるかぎりの幸せをあげたい。君が望むものすべてを』
もう一度、彼女の頬に手を当てた。
『この温もりを、忘れない』
直江はそう決心して、ベッドから抜け出した。

奇跡を信じて、倫子を信じた直江先生は、この世のものとは思われないほど美しく穏やかな顔をしていただろう朝。