「やっぱり、北海道は雪が深いですね」
「そうだな」
「足がズボズボ入ってなかなか歩けません」
「大丈夫か?」
「あ、はい。なんとか」

。。。実はさっきから歩くのに四苦八苦していた。
湖の周りは雪かきされていない。そんなところをさっきから、ずーっと歩いていた。
もちろん、二人でいられればどこでもいいんだけど。
でも、ちょっと疲れたなぁ。。。

「ん?」
直江より少し遅れ気味に歩いていた倫子の姿が見えなくなった。
直江が振り返ると、動きを止めたまま立ち止まっている。
「どうした?」
「あ、えっと、足が抜けないんです。ちょっと待っててくださいね」
倫子は左足を上げようとした。しかし、上がらない。
「あ!」
「危ない!」

直江は、バランスを崩して転んだ倫子を助けようとしたが、間に合わなかった。
「大丈夫か?」
今度は引っ張り上げようとする。
「つかまって」
「すいません。。。」

直江が引っ張り上げようとしても、倫子が立とうとしても、
その状態からはなかなか抜け出せない。

「防寒対策のし過ぎかな」
「え、そんなに着てないですよ。寒さには強いんですから」
「じゃあ、服のせいじゃないってことか」
「ひどい」
倫子が怒って、より強く直江の手を引っ張りながら立ち上がろうとした。

「あ!」

直江もバランスを崩して転んでしまった。

「先生、大丈夫ですか?」
「ああ。。。」
「なんてことないですよ。すぐ立てますよ」

そう言いながら立とうとして立てず、途方に暮れたような顔をする倫子を見て、
直江が笑いながら、仰向けに倒れた。

「先生、何してるんですか」
「気持ちいいぞ」
「先生ったら」
「君もやったらいい」
「え〜。誰かに見られたら恥ずかしいですよ」
「かまわない」

直江は本当に楽しそうに空を見上げていた。
「先生ったら、突然子供みたいになるんですね」

直江はまだ空を見上げている。
それを見て、倫子も直江の横に仰向けに倒れてみた。
雪は冷たい。でも、日差しは暖かかった。

「どう?」
「思ったより、気持ちいいですね」

直江は微笑みながら目を閉じている。
『先生が笑ってるのを見るのはうれしいな』 倫子は思った。

突然、背後でドサっと雪が落ちる音がした。
「え!」
二人が同時に起き上がって後ろを振り返ると、木の枝が大きく揺れている。
「木か。。。」
「誰かきたかと思った」
「先生? さっき見られてもかまわないって」 驚いている直江を見て倫子が言った。
「そうだが、一応大人だからな。。。」

そう言いながら、直江はまた雪の上にバタっと倒れた。

「またやるんですか」
「だってなかなかできないだろう」
「それはそうですけど」
「東京じゃできない」
「もう」

『こんな先生を見たら高木さんはなんて言うだろうな』
病院での姿からは想像もできない。

『私だけが知ってる』
それは倫子にとって幸せなことだった。

直江先生は、北海道ではさらにやわらかく、やさしく、少年のようになっていたのではないかなと。それは言動にも表れていたわけで。