思い出

「きれいなところですね」
「そうだな」

倫子はカメラを持ってきていた。旅行にカメラはつきものだ。
でも、先生は写真とかあまり好きじゃなさそうだな。。。
そう思って、言い出せずにいた。

「あのう。。。」
「ん?」
「あ、いえ」
「なに?」
「先生、カメラとかは。。。」
「持ってきていない」
「そうですか」
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」

『写真。。。かな』 言い躊躇っているのは写真のことだろう。
そんなこと考えもしなかったな。

「この景色、覚えておかなくちゃ」
そう言って、倫子は支笏湖をじっと見つめた。
『できれば1枚だけでもお願いしたいけど』

「カメラ持ってきてるのか?」
「え? あ、はい。。。」
「撮らなくていいの?」
「ああ、いえ、その。。。私のじゃなくて」
「え?」
「いえ、ほんとうにいいんです。なんでもありません」

「先生には病院で毎日会えるもの」
倫子は独り言をつぶやいた。

『先生には病院で毎日会えるもの』
その言葉は直江にも聞こえていた。
『写真。。。か』
支笏湖なら撮る意味もあるかもしれない。でも。。。

「僕は写真写りが悪いんだ」
「え?」
「変な顔になる」
「写真だと?」
「そう。緊張するのかな」
「信じられないけど」
「そう?」
「先生が緊張するなんて」

倫子が笑った。そして、それきり写真の話はしなかった。
『これでよかったのか』
彼女の重荷になりたくないが、しかし。。。それはそれでしかたがない。

『湖の底まで写真を持っていけたらな。。。』
そんなことを考える自分が可笑しかった。

「どうしたんですか?」
「ん? いや。なんでもない。。。写真って何のためにあるんだろうな」
「え? 何のためって。。。やっぱり思い出かなぁ」
「思い出。。。」
「記憶って薄れていくものじゃないですか。だから、忘れないため。違いますか?」
「そうだな。。。戻ろうか」
「はい」

ホテルは湖のほとりに建っていた。
ホテルに戻ったら、誰かに頼んでみるか。
明日の朝でもいい。思い出は多いほうがいいかもしれない、と直江は考え始めていた。
『やっぱり忘れてもらいたくは。。。ない』

本当は倫子に二人で写った写真を持っていてもらいたかった。
私もけっこう写真好きだから。まあ、アナログなのかもしれないけれど。
最初、どうしても二人でカメラに収まる姿を想像できなかったのだけれど、やっぱり方向転換。