−夕食のあと−
「ちょっと、外に出てみないか」
「これからですか?」
「雪もそんなに降っていない」
「? はい」
倫子はコートを着て、直江のあとに続いた。
「そんなに寒くないですね」
「雪が降ってるから」
直江は湖のほうに歩いて行こうとした。
湖の方向は明かりもなく、真っ暗だ。
「先生。。。」
「大丈夫」 それから『ん』と言って、直江が手を差し出した。
「どこに行くんですか」
「湖の近くまで。。。」
二人は手をつないで湖のほとりまで歩いて行った。
「静かですね。。。」
それには答えず、直江が夜空を見上げた。
「雪の音、聞こえるかな」
「あ」
そうだった。雪の音を聞きにいかないかって誘ってくれたんだ。
私ったら、うれしくてすっかり忘れてた。
先生、本気だったんだ。。。
「雪の音って、風に乗って落ちてくる音なんでしょうか。それとも積もる音?」
「積もる音、かな」
「不思議ですね。。。」
「こうやって空を見上げていると、体が浮かぶような感じがする」
「え?」
「すーっと夜空に吸い込まれそうな。。。」
「え。。。」
「気持ちがいいんだ。。。」
倫子も空を見上げてみた。
真っ暗い空から白い雪が自分のまわりに落ちてくる。
体が『すーっと』と上がっていくようだった。
直江が言ったことがわかるような気がした。
「ほんと。。。」
直江はずっと空を見上げている。
「先生は、この感じお好きなんですか?」
「そう。。。何も考える必要なんかないから」
「無心ってことですか?」
「そう。自分だけ。。。」
倫子は直江から目が離せなかった。その横顔が儚かった。
『先生、透き通ってるみたい。。。なんだか消えそう。。。』
倫子はぎゅっと、直江の手を握った。
「ん?」
「先生がどっかに行っちゃいそうだから」
直江は何も言わず、つないだ手をコートのポケットに入れた。
「手が冷たい」
「先生も」
何かが手に触れた。
「これ。。。」
ガラスのボートだった。
「先生、これ持ってきたんですか?」
「ん。。。ついていくって言ってただろう」
「え?」
「自分はしつこいって。ついていくからって」
「あ、そうでしたね」
「どこまでもついてきそうな気がした」
「じゃあ、私の代わりなんですか」
「そう」
「変なの。私が一緒にいるのに」
「お守りってところかな」
「お守り。。。」
「どこにいても大切にしてる」
「ほんとですか」
「ん」
直江の顔は限りなく優しかった。
「私の代わり、か」
倫子はうれしくて、なかなかポケットに戻せなかった。
「戻ろうか」
「あ、はい」
倫子はガラスのボートを持った手を直江のコートのポケットに入れた。
さっきより温かくなっていた直江の手が、そこにあった。
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