ネクタイ

「私、前から聞こうと思ってたんですけど」
「なに?」
「先生はどうしてネクタイをなさらないんですか」
「ネクタイ? ああ、特に理由はない」
「お嫌いなんですか」
「うーん、そうだな。大学病院にいたときはしていたが」
「そうなんですか」
「大学病院だからな。一応はきっちりしてないと」
「行田病院はいいんですか」
「多少ラフでも許されるだろう」
「でも、小橋先生とかはきちんとなさってますよね」
「個性ってことだ」
「ネクタイを締めないのが先生の個性なんですか」

「君はどう思う?」
「え そうですね。。。先生はしてらっしゃらないほうがいいかもしれませんね」
「どうして?」
「えっと。。。そのほうがすてきですから」
「理由になってないな」
「それに、いまさらネクタイをしても、患者さんが驚かれると思いますよ」
「そうかな」
「そうですよ。なんか、そのほうが先生らしいですから」
「どういう意味?」
「小橋先生とは違うってことです」
「いい意味なのかな」
「そりゃ、もちろんです」
「結局、たいした理由はないってことだな」
「私がそのほうがいいって言ってるんですから、いいじゃないですか」
「それもたいした理由じゃない」

最近はこういうくだらない話をすることが多くなっている。
ふと、倫子はそんなことを思った。
倫子が何か尋ねると、嫌がらずに何でも教えてくれるからだろう。
少しずつ。。。先生のことがわかってくる。
少しずつ。。。先生に近づいていけるような気がする。
直江先生を理解するのは大変だろうなと思ってたけど、そんなことはないな。
本当は優しい人なんだもの。。。

例の件があったもので、個人的にどうしても「小橋先生とは違う」ってことを倫子に言わせたかったのです。
私物化の最たるもの。