長野のこと

「君は長野に行ったことがあるか」
「はい。新潟から近いですから」
「七瀬先生を覚えてる?」
「七瀬先生?」
「一度病院に僕を訪ねてきてくれた」
「ああ、はい」
「七瀬先生は長野の病院の院長だった」
「そうなんですか」

直江はとても優しい目をして遠くを見つめていた。
長野のことを思い出したのかなと倫子は思った。

「長野の病院はどんなところだったんですか?」
「ん? そうだな。。。先生の人柄どおり素晴らしいところだった」
「そうですか」
「仕事に熱中できる環境だったし」
「そんなに素晴らしい病院だったんですか」
「建物もゆったりとした造りで広々としていてね。。。庭にバスケットゴールがあるんだ」
「先生、バスケットやるんですか」
「たまにな。。。気分転換に」

直江は雪をかぶったバスケットゴールを思い出した。

「行ってみたいなぁ」
「長野に?」
「はい。七瀬先生に、先生の昔のこといろいろお聞きしたいです」
「いい話ばかりじゃない」
「問題児だったんですか?」
「かなりな」
「先生のことなら何でも知りたいです」
「。。。そばばかり食べてた」
「え?」
「信州はそばが美味い」
「そうでしょうね」
「雪がたくさん降る」
「え? それは知ってますよ」
「寒い」
「それも知ってます」
「そのくらいかな」
「。。。あのう、もうちょっと。。。こう、何か話はないんですか?」
「ない」

ない、と言いながら、直江は笑っているように見えた。

「ふうん。。。話したくないんですね」
「そんなことはないが」
「それならやっぱり七瀬先生のところに行かなくちゃ」
「君はけっこうしつこいな」
「先生は頑固ですね」
「君の話は?」
「私の、ですか?」
「君の話が、聞きたいな」

それから、倫子はずーっと自分の話を思いつくまま、直江に聞かせた。
直江は微笑んで聞いていた。。。よく話が続くものだ、と思いながら。

長野のこと、倫子はどれくらい知っていたんだろう。七瀬先生に聞く前に。