「失礼します」
当直のはずの直江は医局にいなかった。
『今日はほとんど話せなかったな。。。』
なんかメモでも置いておこうかな、と倫子は考えた。
散々考えた挙句、倫子はここ数日、聞けずにいたことを書くことにした。
直江が医局に戻ってくると、机に黄色い紙が折り畳んである。
開くと、几帳面な字でこう書かれていた。
−仕事が終わったので帰ります。
先生とお話ししたいときはポケベルを鳴らせばいいんですか?−
下には携帯電話の番号だけが書かれていて、名前は書いていなかった。
『回りくどい言い方だな』 直江は思わず笑ってしまった。
「もしもし」
「ああ、メモのことだけど」
「直江先生。すいません、わざわざ。。。
今日お話しできなかったので何か書こうと思ったんですけど、
そんなことしか思い浮かばなくて。私、図々しいですよね」
「いや。。。僕は携帯電話がない」
「そうですよね。。。じゃあ、やっぱりポケベルですか」
「それは困るな」 直江は笑って言った。
「そうですよね。紛らわしいですよね。すいません」
「家の電話番号でいいか」
「え、電話してもいいんですか」
「家にいるときは出られる」
「じゃあ、家にいないときは。。。あ、いえ、すいません」
「そのときはポケベルだろうな」 また笑っているようだ。
「すいません。そんなことはしませんから」
倫子は教えてもらった電話番号を携帯電話に登録した。
三樹子も小夜子も用事があるときは遠慮なくポケベルを鳴らす。
そういうところでも違うんだな、と直江は思った。
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