「じゃあ、表で」
そういったものの、さて、どこで待てばいいのか、倫子は迷っていた。
直江はいつも正面玄関から出て、すぐタクシーに乗って帰る。
出てくるのは正面玄関だろう。そこを見渡せるところじゃないとだめだ。
あれこれ考えた結果、病院を出た門の横で待つことにした。
ここなら正面玄関からちょっと距離があるから目立たない。
この時間ならあまり人も通らないだろう。
倫子は夕食を作ろうと思っていた。
『うちでいいか』
そう聞かれたとき、直江先生のマンションなら、それもいいかなと思った。
「途中で買い物もしないとなぁ」
でも、先生とスーパーになんか行けるかしら。
待ち合わせしないほうがよかったかなぁ。。。
正面玄関を出てくる直江が見えた。
左右を見回している。
倫子を見つけると、少しうなずいてうつむき加減で歩いてくる。
そのとき、倫子の横を男の子が通り過ぎた。
直江の歩いている方へ走っていったかと思うと、ちょうど直江の前方にさしかかったところで転んでしまった。
直江は鞄を置いて、その子を立ち上がらせ、汚れたひざをはたいてやっている。
後から走っていった母親が直江にお礼を言っているようだ。
『先生、照れくさいんじゃないかな』
一言二言返して、何事もなかったように歩いてくる直江を見て、
倫子はそう思った。
「待たせた」
「いえ、そんなに待ちませんでした」
「買い物していきたいんですけど、いいですか」
「ん?」
「よければ食事作らせていただけますか」
「そうか?」
「じゃあ、あっちの商店街で」
二人は並んで歩き出した。
「子どもは素直だな」
「はい? ああ、さっきの」
「見てた?」
「はい」
「泣くなと言ったら、素直にうなずいて我慢していた」
「そうですか」
「でも、母親が追いかけてきたら、我慢しきれなくなったらしい」
「泣いちゃったんですか」
「そう」
「へえ、かわいいですね」
「そうだな」
「子どもかぁ、私なんか想像もできませんけど」
「。。。」
「先生?」
「ん? あ、いや、君は。。。」
「はい?」
「いや、なんでもない」
「何か?」
「いや、独り言だ」
不意をついて出た言葉に、直江は驚いていた。
つい、『君は』と言いかけた。
ただ。。。ただ、倫子があの母親と重なっただけだった。
我慢できなくなって、泣いてしまった子どもを優しく抱いていたあの姿に。
『君は、いい母親になりそうだな』
そう言いたかったのかもしれない。
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