くりや

ふたりは倫子の家の近くの商店街を歩いていた。
病院の帰り、時間が合うときはいつも直江のマンションで
夕食をともにするのが当たり前になっていたこのごろ。

「今日はどこか外で食事をしないか」
「え? どこか行きたいところがありますか?」
「いや。ん。。。今日は君が行っているところがいいかな」
「私が?」
「そう。どこかないか?」
「そうですねぇ。たまに母と行く居酒屋っていうか小料理屋さんがありますけど、
 そういうところででもいいですか?」
「僕が行っても大丈夫かな」
「え? お店の人はびっくりするかもしれないけど、でも大丈夫ですよ」
「じゃあ、そこにしよう」

その店は「くりや」といった。
倫子が仕事帰りにたまたま母と会い、入ったのがはじめだ。
それから、たまに二人で通っていた。
こじんまりとしていて、こぎれいで、落ち着けて。
最近、倫子は直江がいれば必ずマンションに行く。
必然、母と会話する時間も限られる。
だから、こういうところで母と食事する時間は貴重だった。
それに。。。ここでなら直江の話も気軽にできた。

「いらっしゃいませ」
カウンターしか空いておらず倫子はとまどったが、直江は気にすることもなくカウンター席に座った。

「ここは"青ねぎたっぷりたまご焼き"がおいしいですよ」
 青ねぎたっぷりって身体によさそうでしょう。ね、これ、頼みますね」

相変わらず、食事をするといっても直江はあまり食べなかった。
ビール以外ほとんど口にしない。
もっと食べたらどうか、といつものどまで出かかってやめていた。
マンションで食事を作ればもう少し食べてもらえる。
だが、直江は外で食事をするのが好きなようだった。

直江がトイレに立ったとき、店の主人が倫子に声をかけてきた。
「男性とご一緒とは珍しいですね」
「あ、そうですね。いつもは母と一緒だから」
「やさしそうな人で」
「そうなんです」
「それに、イケメンだ」
「イケメン!? そ、そうかなぁ。いろんな意味で私にはもったいないです」
「お似合いですよ」
「そうですか! ありがとうございます」

ふたりのことを客観的に誰かに言われるのは初めてかもしれない。
ほかの人に知られるのは怖い気もしていた。
心配性だけど。。。

戻ってきた直江が主人に声をかけた。
「これ、おいしいですね」
ビールしか飲まない直江がたまご焼きだけは口にしていた。
「ありがとうございます。もうひとついかがですか」
「いただきます」
「先生がそういうのお好きては思いませんでした」
「そう? どちらかというと和食のほうが好きかな」
「今度、私も作ってみますね!」

「仲がいいですね」
「え、そんなことないですよ。私なんかうかれてばっかりで」
「地に足がついてない、か」
「先生、そこまで言うことないじゃないですか」
「ほ〜ら、やっぱり仲がいい。ご結婚、されるんですか?」
「結婚〜? そ、そんなわけないじゃないですか。やだなぁ、もう」

必死に否定する倫子を見て、直江は笑っていた。
困るそぶりもなく、下を向いて微笑んでいた。
『先生、変わったなぁ』
倫子はそう思った。
ちょっと前なら考えられない。
そばにいることもままならなかったあのとき。
先生のことが気になって。
先生のそばにいたいと願って。
今は、そのやさしい笑顔に安心していられる。

会計をすませた直江が出てきた。
「先生は、こうやって私がそばにいてもいいんですか?」
「なに?、突然」
「あ、いいんです。ちょっと聞いてみたかっただけです」
「もちろん。幸せだと思ってる」
「幸せ?」
「ちょっとおおげさだな」
覗き込んだ倫子の視線を避けながら、直江はどこか遠くを見ていた。

ひさしぶりのショートで腕が鈍ってるかな? 「くりや」というお店を登場させたかったので。