直江がいつもどおり屋上に行くと,ベンチに白衣を着た誰かが横たわっていた。
『先客か。ベンチに座れないのはつらいな』
ベンチとは反対側に行こうとして何気なく見ると,そこにいたのは倫子だった。
。。。寝ているようだった。
あたりに人がいないのを確かめてから言った。
「寝てるのか」
返事がない。
肩をゆすってみたが,起きる気配はない。
気持ちよさそうに眠っていた。
もう一度トントンとたたいてみる。
だめみたいだ。
倫子の頭のほうが空いていたのでとりあえずそこに座り,タバコに火をつけた。
日の光を浴びて,倫子の顔はキラキラしていた。
よく眩しくないものだ。
健康そうなその顔。
初めて会ったときから変わらない,笑顔の似合う顔。
彼女は自分の笑顔にどれだけの力があるかなんて考えたこともないだろう。
その笑顔にどれほど勇気付けられ,励まされているか。
その笑顔をとても大切に思っていることなんて。
どうしてこんなに引き付けられるのか不思議だった。
その笑顔の中心は,ぷくっとした頬なんだろう。
石倉さんに「飴玉を入れている」とか言われたことがあると言っていたな。
あたりに人はいなかった。
直江はそっと手をのばして,その頬に触れてみた。
温かい。
この温かさをいつも求めている自分がいる。
触っても倫子が起きる気配はなかった。
「おいおい。熟睡はまずいぞ」
今度は指で頬をつっついてみる。
1回,2回,3回。
強めにつっついても変化なし。
ふう,と一息ついて,空を眺めた。
雲一つない澄んだ青い空が広がっていた。
「確かに今日は気持ちがいいが,しかし。。。」
ツンツンツン。
さらにつっついても反応がない。
直江はちょっとおもしろくなってきた。
両頬をひっぱってみる。。。おもしろい顔だ。
ここまでされて,さすがに倫子も動き始めてきたが,まだ目を覚まさない。
また頬をつっついてみると,身動きして一言,
「直江先生」と言った。
直江はびくっとした。
『僕の夢でも見てるのかな?』
そばにいるのは照れくさくて身の置き所がなくなる気がした。
起こしたほうがいいと思いながら,彼女の夢につきあってみたくなる。
困ったものだ。
「何?」 耳元で言ってみる。
「。。。そばにいてくださいね」 そう,倫子が言った。
「。。。いるよ」
そういうのが精一杯だった。
倫子がかすかに微笑んで,目を覚ましかけている。
直江はあわててまた頬をつっつきはじめた。
ツンツンツン。。。
今の会話は内緒にしよう。
内緒にするようなことでもないが,内緒にしておきたかった。
自分の名前を呼んだ倫子のことも,そばにいると言った自分のことも。
この上ない愛しい瞬間だったから。
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