一番の望み

「先生のお誕生日には何がいいでしょうね」
「今から考えるのか」
「何かほしいものありますか?」
「ボートに乗せてくれるんだろう」
「そうです。あと、何かありますか?」
「ない」
「何にも?」
「まだ5ヶ月も先だ」
「それはそうですけど。。。」
「まだいいだろう」
「じゃあ、考えておいてくださいね」

どこから僕の誕生日の話になったんだろう。今日は彼女の誕生日なのに。
嘘をつくのはつらいものだと、直江は思った。

「君だって何かほしいものがあったんじゃないのか」
「こうしていられればいいって、さっき言いましたよ」
「それだけ?」
「えっと。。。うん。それだけです。
 先生のそばにいられればいいです。それが一番の望みかな」

直江は何も言わずに倫子を見つめていた。

「やだ! 先生、こんな話照れるじゃないですか」
「一番の望み、か」
「はい」
「ありがとう」
「え?」
「いや」
「今、ありがとうって」
「なんでもない」
「どういう意味ですか」
「。。。君がここにいてくれるってこと」
「え?」
「いや、ひとりごとだ」

自分の言ったことをかみ締めるように、直江は静かに微笑んでいた。

倫子に対して心を開いた直江先生は、ことあるごとにこんなふうな、いわば「のろけ」を口にしていてほしい。もちろん、彼女に対してだけでいいから。