コーヒー

倫子はコーヒーの香りが満ちる部屋にいた。

「私、やりましょうか?」
「いや、いい」

部屋に行くと、直江はいつもコーヒーを入れてくれる。

「先生、お砂糖は?」
「僕は入れない」
「じゃあ、私も」

直江はブラックで飲むらしい。。。この間もそうだった。
倫子も、その味につきあってみようと思った。
調理道具は必要最低限のものしか置いていないが、コーヒーメーカーはそろっている。
それとコーヒーカップ。

「コーヒーお好きなんですね。私は詳しくないんですけど、先生は?」
「ん。。。コーヒーにはちょっとうるさいかもしれないな」
「そうですよね。お米はないけど、コーヒーは切らしたりしないんでしょう?」
「そうだな」
「どこに買いに行かれるんですか」
「取り寄せているから、買いに行ったりはしない」
「わざわざ?」
「そのほうが便利だろう」
「そうかな」
「買いに行くのはタバコと酒くらいだ」
「体によくないものばっかりですね」
「?」
「心配してるんです」
「心配?」
「だって。。。タバコもだけど、お酒もかなり飲んでるんじゃありませんか」

直江はフッと笑って言った。

「もう、あんなに飲んだりはしない」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかった」
「ん?」
「あ、いえ、なんでもありません」

そう、あのときの先生はいつもと違って、悲しそうだった。
酔いたくても酔えなくて、何かを忘れようとしているみたいだった。
でも、今の先生はあのときとは何か変わったような気がする。
私は今の先生のそばにいられればいいんだ、と倫子は思った。

直江先生を思い出すとき、倫子にはあのコーヒーの香りが満ちた部屋を思い出してもらいたいので。