「君が奥に」
前を歩いていた直江が振り返って言った。
「あ、はい」
「あまり混んでいませんね」
「平日だからだろう」
「飛行機はすいてるほうがいいです」
「なんで?」
「人の話し声も気になるし、会話も聞かれなくてすむでしょう。
後ろの座席の声ってけっこう聞こえるんですよね」
「そう?」
「だから、私たちの話も前の席の人に聞かれちゃいます」
「聞かれてまずい話なんてするのかな」
「え? それはわからないじゃないですか」
「?」
「。。。私が『先生』って呼ぶのってほかの人が聞いたら変に思うんじゃないかな」
「そうかな」
「だって、先生なんて呼ばれるのは学校の先生とか医者とか弁護士とか政治家とかくらいじゃありませんか」
「それはそうだ」
「だから、なんか訳ありって思われそうで」
「それは気にしすぎだろう」
「でも、出張って感じでもないし」
「じゃあそう呼ぶのをやめればいい」
「え? 先生のことは先生としか呼べませんよ」
「なんで?」
「だって。。。病院で間違えたら困るじゃないですか」
直江が覗き込むように倫子を見た。
「それだけ?」
「そうですよ!」
「素直じゃないな」
直江は笑って、倫子が膝の上に置いていた手をトントンとたたいた。
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