「組換えDNA実験」授業実践報告 -高校でもできる遺伝子組換え-
 
坂東 知範,齋藤 和秀,福塚るり子

摘要
大腸菌(E.coli)に緑色蛍光タンパク質遺伝子と,抗生物質耐性遺伝子を組込んだプラスミドを導入し,形質転換を確かめる教育用キットを用いて生徒実験を行なった。このキットは,学校での通常の授業の4単位時間で完結するように製作されている。実習をとおして,生徒は遺伝子組換え技術に関する理解を深めるなどの効果が認められた。

はじめに
2002年1月,文部科学省は高等学校における組換えDNA実験を実施するにあたっての指針(資料)を示し,事実上,高等学校での同実験の実施にゴーサインを与えた。これは,アメリカで開発された教育用DNA組換え実験キットが日本にも持ち込まれ,なし崩し的に実施されようとしていることを受けたものであるといわれている。指針の公示以降,各県の教育研究施設や大学において,高等学校の教員向きの当キットを用いた研修が行なわれていることが,インターネットで「組換えDNA,高校」等のキーワードによって多くのヒットが得られることからも伺い知れた。筆者も,2002年3月,福井県立大学において,当キットを使った実験を体験することができた。
一方,高等学校の教育課程に定められた生物IIの内容である,遺伝子のはたらきに関して,教科書においてもDNAの組換え技術等が紹介されている。これらの単元の理解を深める助けになると考え,本校理数科,普通科理系クラスにおいて,キットを用いた組換えDNA実験を実施した。理数科,普通科理系クラスには将来,理学系,農学系,医療系の大学に進学を希望するものが多く,生物に対する興味をより深める効果もあることを期待した。また,遺伝子組換え食品が,衆人の批判にさらされている中,すでに多くの分野でこの技術が有効に利用され,我々の生活に利益を生み出していることを紹介し,その技術の一つを体験することで,正しい知識を学び,遺伝子組換えに対する正しい判断ができるような素養を身につけることもできるのではないかと考えた。
本実験を実施するにあたり、「生物ネットふくい」の研修会では、福井県立大学生物資源学部の大城閑教授には実験の指導をしていただいた。武生高校生物科の小林輝巳教諭,揚原恭子講師には実験準備等で大変お世話になり,また,貴重なアドバイスもいただいた。各位に感謝申し上げる。

実験の流れ
1.キットの購入とその内容 アメリカBIO-RAD社の教育用遺伝子工学実習キットは日本代理店バイオラッドジャパンが販売しているが,福井市の真晃機材に発注したところ約1週間で届けられた。1セット一万円強である。
キットの内容は大腸菌やプラスミドだけではなく,実習に必要なシャーレやピペット,チューブ等も含まれている。学校で必要なものは,通常生物実験室にあるもので、一部の学校で常備されていないものとしてインキュベータ−,ウォーターバス,紫外線ランプ、オートクレーブがある。インキュベータ−はサーモスタットと白熱電球をつないだものを段ボール箱などに入れたもの、ウオーターバスも同様に水槽で、オートクレーブは圧力釜か蒸し器で代用できる。また、紫外線ランプはホームセンターで千円以内で購入できる。
購入した実験キットには英語版の教師用マニュアル,生徒用テキストが同梱されているが。これらの翻訳版は日本語版請求フォームをFAXで国内代理店(BIO-RAD日本)に送れば,すみやかにCD-ROMにおさめられた日本語翻訳版がpdfファイルで入手できる。このマニュアルには,実験までの準備や,実験前のレクチャーや質問事項等が順序だって示されているので,これを元に準備,実習計画をたてた。
キットには8グループで実験を実施するのに必要なものが含まれている。マニュアルでは教師側で準備する項目と生徒の作業項目とに別れているが,今回はできるだけ生徒自身に準備段階も作業させた。以下に本校で実施した手順を追ってその内容を示す(表1におよその流れを示す)。

2.生徒用マニュアルの印刷(教員で準備) キットに付属の生徒用マニュアルをそのまま印刷し,それに,教師用として解説されているピペットの使い方や,無菌操作,GFPの発現機序に関する解説等を加えて冊子とした。生徒用マニュアルには操作の手順だけでなく,実験前や,実験結果,その後の考察項目が,ていねいに質問形式でまとめられている。

3.プレートの製作(組換え5日前 教員の作業だが,生徒が実施,1授業時間) マニュアルに従ってプレートを準備した。プレートは4種類で,栄養のみのLB培地(LB),LB培地に抗生物質アンピシリンを加えたもの(LB/Amp.),LB培地にアンピシリンと,GFP遺伝子の発現に必要なアラビノースを加えたものである(LB/Amp/Ara.)。1グループに必要な培地はLB2枚,LB/Amp.2枚,LB/Amp.Ara.1枚である。粉末状の寒天入り培地を水に溶かす際に三角フラスコを用い,電子レンジで加熱するよう指示されているが,実験室の電子レンジは高さが十分でなくフラスコが入らなかったためビーカーを用いた。加熱は「ミルクのあたため」ボタンでちょうどよい温度になり,寒天も完全に溶解した。
分注の際には,マニュアルの指示通りアルコールランプ(マニュアルはガスバーナーだが)を点火し,上昇気流のもとで行なった。マニュアルでは,作ったプレートは3日以上おいてから使用するよう書かれている。
4種類のプレートを用意した際に,それぞれがどのような意味を持つかを班ごとに話し合わせておいた。

4.スタータープレートの作成(組換え1日前 教員の作業だが,生徒が実施,1授業時間) 小ビンに入れられた大腸菌を水に溶かし,LBプレートに播種した。スタータープレートはグループの数(8枚)用意してあるが,実際は1枚でもかまわない。ループを使って,均等にプレート上に広がるように操作するが,翌日,コロニーの広がり具合で操作の適否が判断できる。組換え体を播種する際の練習になる。
スタータープレートは37℃で培養することになっているが、インキュベーターの機械的な不具合で25℃程度にしかならなかった。しかし、翌朝にははっきりと目視できる大きさのコロニーがプレート面に無数にできた。
1授業時間で時間が余るので、翌日のプラスミドの導入の原理と方法についてあらかじめ説明しておいた。

5.大腸菌への組換えDNAの導入(組換え当日 ,1授業時間) マニュアルに従って大腸菌へのプラスミドの導入を行なう。あらかじめ氷冷しておいた大腸菌に,プラスミドを加え,42℃のウォーターバスに50秒入れ再び氷冷する(ヒートショック)。この操作後,プラスミドを導入していない大腸菌(-DNA;コントロール)をLB培地,LB/Amp.培地へ,導入した大腸菌(+DNA)をLB/Amp.培地, LB/Amp./Ara.培地にまき,24時間37℃でインキュベートする。50分の授業時間を少しオーバーした(1時間あれば完了できる)。

6.組換えの成否の確認と考察(組換え翌日,1授業時間) まず,4つのプレートに大腸菌コロニーの出現を確認させた。各班ともプラスミド非導入(-DNA)の大腸菌をまいたものはLB培地に小さな無数のコロニーが確認でき,LB/Amp.培地にはコロニーが出現していなかった。また,プラスミドを導入した方(+DNA)は, LB/Amp.培地,LB/Amp./Ara.とも少数(1〜12)の大きなコロニーの確認できた班と,いずれにもコロニーの確認できなかった班があった。次に,4つのプレートをブラックライトを取り付けた暗箱に入れ,蛍光を確認した。暗箱に入れてからブラックライトを点灯すると,+DNAの大腸菌をまいたLB/Amp./Ara.培地のコロニーがはっきり緑色の蛍光を発している様子が確認でき,生徒の歓声があがった。

7.考察 以下の点について班ごとに考察させた。
(1)プラスミド非導入の大腸菌はなぜLB/Amp.プレートで生育できず、プラスミドを導入した大腸菌はコロニーを作ったのか。
(2)(1)で,プラスミド非導入の大腸菌はLB培地に小さなコロニーを多数作ったが,導入大腸菌ではLB/Amp.培地に大きなコロニーを少数しか作らなかったのはなぜか。
(3) ラスミドを導入した大腸菌が,LB/Amp.培地で生育したものでは紫外線を当てても発光しなかったが,LB/Amp./Ara.培地に生育したものが発光したのはなぜか。

8.レポートのまとめ(組換え後2日目,宿題) 実験キットに付属の生徒用マニュアルにある考察事項を班ごとに話し合わせて完成させる。前日に提起した考察事項もこの中に含まれている。さらに,マニュアルではプラスミドの導入効率について計算する項目が設けられている。この問題に当たり,前項7.(3)の質問に対して答えに気がつく生徒があらわれた。

実験のポイント
実験はシンプルで、操作そのものは簡単であるから、実験操作の意味を一つ一つ生徒に理解させながら、すすめて行く必要がある。大腸菌がうまく形質転換するかどうかは、(1)プラスミドを確実に入れ、(2)ヒートショックの時間が正確かにかかっている。(1)はプラスミド溶液がループに膜を張るように付着しているのを確認させることで確実さが増す。(2)は50秒間温浴させる前後に冷却槽からすみやかに出し入れさせることをあらかじめ伝えておくとよい。また、ループの使い方は、あらかじめ空のプレートと何もつけていないループで練習させておくとよい。

実験を実施した効果
はじめて実施した実験であり,実験後に生徒にアンケート調査を実施した。
実験はおおむね肯定的に受け入れられ,実施できたことを歓迎している。また,実験を通して,遺伝子組換えの方法とその評価法,無菌操作の初歩,遺伝子組換え生物の取扱いに関する初歩的な知識等に関して,理解を深めることができたようである。高等学校の生物IB,IIの学習をほぼ終えて,将来生物関係の大学へすすみたいと考える生徒の多いクラスにおいては,大変有効で,多少コストのかかる実験であっても,費用対効果の十分に大きい実験であった評価できる。また、本キットは実験がシンプルで、かつ巧妙にデザインされており、対照実験に関する考え方も、生徒自身で考察することができる。

おわりに
現在、遺伝子組換え技術は、人間生活にとって欠くことの出来ないもとなっている。多くの生徒や一般の人にはこの事実は認識しておらず、ふつう「組換え」イコール「遺伝子組換え食品」あるいは「遺伝子組換え作物」というイメージが定着している。そして、一般の人には遺伝子組換えは不安なもの、危険なものというイメージを抱いていると思われる。さらには、医療現場における遺伝子診断や遺伝子治療が現実のものとなった。そのような中、これから社会に出ようとしている生徒は、近い将来に自分自身の判断で消費生活を営み、インフォームドコンセントを通じて、自分の病気の治療法を自ら選択しなければならない。場合によっては、行政や立法の立場で政策決定に携わったり、企業人として、製造や流通に関わる可能性もある。そのような生徒に、中立的な立場で、正しい遺伝子のはたらきやそのしくみに関する知識を養うことができるのは、多くの生徒にとっては高校の生物教育が最後のチャンスである。遺伝子組換えが、具体的にどのようなものであり、どのような方法が用いられるかを知ることはこれからの世代には欠くことの出来ない知識であり、その初歩の実験を自ら行なうことは、有意義である。それと同時に、細胞を学んだら細胞を観察したり、酵素を学んだら酵素活性の実際を実験で確かめたりするのと同様に、遺伝子を学んだら遺伝子組換え実験を行なうことは、その単元の内容の定着、理解の深化、興味の発展を促す。これらのことからも、本実験が多くの学校でも広く行なわれ、また、それによってキットの低価格化と、より使いやすいものへの改良が行なわれることを願ってやまない。

参考資料
文部科学省の「組換えDNA実験に関する指針」は同省のホームページに掲載されている。
 文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/seimei/index.htm
本実験を高等学校で実施することに関して、多数の実践例がホームページにあり、参考になる。
また、「遺伝」2003年1月号(裳華房)には「ゲノム時代の遺伝教育」という題で特集が組まれており、本実験をめぐっての論文がいくつか掲載されている。

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