【談話】2005年度高校教科書の検定結果について
2006年3月29日 俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)
2006年3月29日、文部科学省は2005年度高校教科書の検定結果を公開した。05年度の高校教科書検定は、98年に改訂された学習指導要領による2回目の検定であり、実質的には改訂版が中心である(ただし、89年の検定制度改悪で改訂検定が廃止されたために、改訂版もすべて新規検定として扱われる)。高校の場合は3年間検定が行われるので、05年度は、主として1年生用が対象である。
以下、05年度検定について、その問題点を指摘する。
1.今回の検定では、306点の申請図書がすべて合格したが、地理(意見数平均33)、理科(同107)、家庭(同124)に対する検定意見が異常に多いのが目立つ。この3つを除く平均意見数が17でありから、その異常さは明らかであるが、以下で述べるように、文科省の検定意図がこの科目・教科に端的に表れているといえる。
2.領土問題については、北方領土、尖閣諸島、竹島のいずれについても、日本固有の領土であることを書かせる検定に終始している。しかし、尖閣諸島、竹島についていえば、それが日本近代の中国・朝鮮侵略の重要な節目であった1895年、1905年に日本に編入することが決定された事実を無視することはできない。そのことをぬきにして、単に日本固有の領土であるということだけを生徒に教えることは、歴史の一面的な理解に導き、今後のアジアとの友好をきずくうえで支障をもたらすものである。
3.「慰安婦」問題について注目すべき検定意見が付されている。「日本軍により慰安婦にされた」を「日本軍の慰安婦」に、「日本軍は…多数の女性を連行し」を「多数の女性が連行され」に修正させた検定は、「慰安婦」問題についての日本軍の責任を免罪する点で、軍の関与を認めた河野官房長官談話はもとより、国連人権委員会の勧告にも反するものであり、アジア諸国をはじめ国際社会からの批判をひきおこすことは必至であ
4.南京大虐殺の犠牲者数については、最近まで20万人、あるいは10数万人と具体的数字をあげた記述に対して検定意見が付されなかったところであるが、今回、他の説もある旨記述するよう要求されている。これは歴史の改ざんをねらう右翼勢力の政治的圧力に屈して、2002年に文部科学省が検定基準を「より公正でバランスのとれたものとする」と称して改定したことに起因するものである。この点でも、アジア侵略の事実をあいまいにし、あわよくば隠蔽しようとしている政府の責任は免れない。
5.小泉首相の靖国神社参拝問題については、合憲判決もあること、多くの判決が憲法判断を回避していることなどをことさらに記述させたり、公式参拝ではないことを強調させたりしている。小泉首相の主張を一面的に教科書に押しつけるものであり、自主的判断をうながす多面的な見解の存在を生徒の目から隠すものである。
6.イラク戦争についても、政府の見解を一面的に押しつける検定が行われている。アメリカについて「先制攻撃をおこなった」を「軍事攻撃をおこなった」に修正させ、先制攻撃である事実をあいまいにした。自衛隊の派兵については「戦時中のイラクに」を「主要な戦闘終結後も武力衝突がつづくイラクに」と変えさせ、戦闘は終わったとする政府見解に固執している。
7.憲法9条にかかわっても見過ごすことのできない検定が行われている。「2004年のイラクへの主権委譲後は、これまで憲法上許されないとされてきた多国籍軍にも参加している」から下線部を削除し「復興支援のためとして」に変えさせた。つまり多国籍軍参加も許されるという見解を押しつけたのである。また、9条の説明として「国際法上認められている交戦権も放棄する」と述べたのに対し、「交戦権についても解釈が分かれている」と変えさせた。
8.「ジェンダー」や家族・性などの問題については多数の検定意見が付されている。このなかには、右翼勢力の攻撃の結果とみられるものが少なくない。「ジエンダーフリー」の用語は、現代社会の申請図書2点で使用されていたが、検定の結果全くなくなった。昨年の中学校教科書と同様、まさに「言葉狩り」が行われたといわざるを得ない。1994年の国際人口・開発カイロ会議の行動計画で示されたリプロダクティブヘルス・ライツについて、その意義を減殺するような検定意見が付され、「世界的に合意された」が「取り上げられ、世界に広まった」と修正させたり、「実効性ある国際的な一致を見るにいたっていない」との注を加えさせたりしている。また、子どもを生む・生まないについての女性の「自己決定権が認められるはず」との記述が親の「自己決定権を認めざるをえないとする意見もある」と修正させられた。多様な家族についての記述では、「同性どうしのカップル」が削除され、多様化しても「家族がかけがえのない心の支えである」との記述が加えられた。
9.エネルギー・環境問題では、相変わらず政府見解を書かせる検定が行われている。原発については、その利点を書けということで、安定供給が可能、有害ガスを排出しないクリーンなエネルギーであることを書かせている。酸性雨については、それが森林破壊、魚介類死滅の「大きな原因となっている」という記述を「森林を破壊したり、魚介類を死滅させるといわれている」と変えさせた。
10.「4」で指摘した「より公正でバランスのとれたものとする」という検定基準を適用するのであれば、政府見解だけを押しつけるのではなく、それに反対の意見を書くことも認めるべきである。私たちがここで問題にしている「2」「5〜9」などの検定事例は、文科省の検定姿勢がまったくのダブルスタンダードであり、「公正でバランスのとれたもの」とはとうていいえないものである。