公開質問状
玉川学園学園長 小原 芳明 殿
貴学園中等部では、2006年度より使用する社会科教科用図書として、扶桑社『新しい歴史教科書』、同『新しい公民教科書』(以下、扶桑社歴史教科書、同公民教科書と記す)を採択されました。貴学園中等部が、このような教科書を採択されたことについて、私たち「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワークは、強い遺憾の念を表明します。
公立学校における採択では、多くの場合、採択のための会議が市民に公開され、採択の理由も市民に明示されます。私立学校も、公教育を担う重要な機関であり、玉川学園中等部への進学を検討する保護者のみならず、一般市民の関心も極めて高い問題です。また、どのような教科書や教材を用いて学習指導がおこなわれるのかは、保護者や子どもたちが、学校を評価し選択する際の重要な判断材料となっています。
扶桑社歴史・公民教科書は、多くの問題を含む教科書であり、貴学園が掲げてこられた「全人教育」・「個性尊重」の教育方針にもそぐわない教科書です。しかし、貴学園では、いまだに採択の経過や理由を公表されていません。
これらの点に鑑み、貴学園がなぜ扶桑社歴史・公民教科書を採択されたのかについて、公開で質問いたします。
1,扶桑社歴史教科書では、アジア・太平洋戦争を「自存自衛」の戦争(204頁)、「アジア解放」のための戦争であった(207頁)とし、日本による侵略の事実を認めず、戦争を賛美しています。また、日本国内の戦争の実態についても、原爆の被害者数すら記述せず(209頁)、戦争の実態とその悲惨さについてもきわめて不十分な記述にとどまっています。このような教科書は、戦争の歴史や、世界と日本の関係について誤った認識を植え付け、甚大な被害を受けたアジアの人々はもちろん、欧米の人々とのあいだにも大きな亀裂を生み、「世界を相手に活躍できる子どもを育てる国際教育」という貴学園の方針の障碍となりますが、この点についてどのようにお考えですか。
2,扶桑社公民教科書は、国民主権について、主権は国民一人ひとりにはない、などとする特異な解釈に基づいて記述したり(74頁)、平和主義の項では、憲法第9条の世界史的意義には触れずに、自衛隊と日米安全保障条約を全面的に肯定する(76頁)など、憲法の基本原則を著しくゆがめ、生徒を憲法「改正」に誘導する内容となっています。このような、特定の政治的立場のみを強調する教科書は、「全人教育」と「個性尊重」の主張に基づいて、子どもの多様な人間性と創造性をはぐくんできた貴学園の1929年以来の輝かしい伝統を大きく損ねると思われますが、この点についてどのようにお考えですか。
3,扶桑社歴史・公民教科書は、下記にその一例をあげるように、他の社会科教科書に比して、記述の不正確さや、配慮のない不適切な記述がきわめて多く、非常に完成度が低い教科書です。貴学園では、「中等部4つの努力目標」のひとつとして、「教科学習は学校生活の中核です。将来、高等教育を受けるにふさわしい基礎学力の充実を図り、高い知性を磨く」ことを謳っておられますが、このように不適切な記述が多い教科書では、学力の充実は望めません。また、高等部での学習との齟齬が生じます。貴学園では、扶桑社教科書に見られる誤りや不適切な記述について、検討されたのかどうか、また、なぜ、そのような欠点の多い教科書をあえて採択されたのか、今後それらの欠点についてどのように対処されるのかをお答えください。
<不適切な記述の一例 頁数は市販本による>
公民・・・特定の企業名を記した写真や図が30ヶ所以上に見られ、公正を欠いている。
(扶桑社以外のすべての教科の教科書では、このような写真等は厳正に排除されており、文部科学省も、検定によって厳しくチェックしている。)
歴史・・・挿入図についての一貫性のなさ。「一遍上人絵伝」(73頁)、「春日権現験記」(85頁)など、時代的な特質を示す絵画を掲載し、絵の内容から、歴史的な特徴を読みとるよう指示している。しかし一方では、「多武峰縁起絵巻」(39頁)では大化の改新期に平安時代の十二単衣や衣冠束帯を描き、「楠公一代絵巻」(76頁)では、南北朝時代に鉄砲穴のある近世城郭建築を示すなど、その時代にはありえない絵図を多数掲載し、誤った理解を生む。
江戸時代の農民の土地所持について、太閤検地で「農民は土地の所有権を認められた」(96頁)と記す一方、明治初年の地租改正で「農民に土地所有権を正式に認め」た(147頁)と書くような、記述の不正確さ。
※これらはほんの一例にすぎません。歴史研究者が誤りや不適切な記述をまとめた『「新しい歴史教科書」の問題点』(歴史学研究会編、2005)を同送しますので参考にしてください。
4,これまで、扶桑社歴史・公民教科書を採択したのは、栃木県大田原市と杉並区のみであり、私立学校でも約0.1%の学校しか採択していません。これは、市民も大多数の教育委員もこの教科書の内容に疑問を持ち、またアジアや欧米の人々から批判をうけていることによります。しかも、現在、扶桑社歴史・公民教科書を採択している私立中学校は、全生徒を靖国神社に参拝させることを公式行事にしている(例えば甲子園学院)など特殊な教育方針の学校が多数含まれています。このような現状を、貴学園長はどのように受けとめておられるのでしょうか。
5、貴学園は4年前には別の教科書を採択されましたが、なぜ今回扶桑社歴史・公民教科書を採択されたのでしょうか。校外のどなたかから、特別に推薦があったのでしょうか。この教科書を採択した理由と具体的な経緯をお聞かせ下さい。
6,以上の諸点に照らせば、貴学園中等部における扶桑社歴史・公民教科書採択は白紙に戻し、採択のやり直しをすべきではないでしょうか。
この問題は、前述のように一般市民の関心も極めて高い問題であり、貴学園長回答は早急に公開されるべきものと考えます。8月30日までに文書でご回答いただくようお願いいたします。なお、回答はFAXでも構いません。
2005年8月25日
「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワーク
代表 山田 朗(明治大学教授)
連絡先;東京都千代田区飯田橋2-6-1 小宮山ビル201
掾F03-3265-7606 Fax:03-3239-8590
<追記>
扶桑社教科書にたいしては、アジアからの批判にとどまらず、欧米においても以下のような批判が出ていることを申し添えます。
「つくる会」の教科書
認めるべきでない 英タイムズ
「ロンドン時事」英紙タイムズは13日付の社説で、日本は終戦60年を迎えるに当たり、アジアとの和解のため、一層の措置を取る必要があるとし、例えば「新しい歴史教科書をつくる会」が中心になって作成した教科書は認めるべきでないと論じた。
同紙は、日本は「遺憾と反省」の念を繰り返し表明しても、しかるべき贖罪を求める声に応えるには至っていないことを理解すべきだと強調。「つくる会」の教科書の検定合格については、過去を後悔していない教科書は認められるべきではないと断じ、「ドイツではナチスの過去を糊塗することは許されていない。日本も自らの国益のため、少なくとも同じように厳格であるべきだ」と述べた。(毎日新聞 8月14日付)
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<http://www.timesonline.co.uk/article/0,,542-1732864,00.html>
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August 13, 2005
Wounds still to be healed
For Asians, Japan has yet to take the steps required for reconciliation
The 60th anniversary of the end of the Second World War falls on Monday, a date less clearly etched in European minds than it should be. Between Germany's defeat in May 1945 and Japanユs surrender on August 15, some of the bloodiest battles of the entire war raged across the far-flung Eastern theatre, against Japanese troops who fought with undiminished ferocity, regardless of the defeat that was now inevitable. It was the US Army that suffered the brunt of the losses which occurred on the Allied side.
Casualties were huge, not only military but also civilian: firebombing raids were reducing Japanese cities to ashes. The excerpts in T2 this week of Brian MacArthur's book, Surviving the Sword, vividly bring to life the tense wait for liberation in the camps holding the 123,000 Allied prisoners of war who, for up to four years, had endured conditions so brutal that one in four captives was by this point dead. Of that liberation, the survivors could not be certain; many spent those months being forced to dig the pits that the Japanese had given orders should be, at the end, their mass graves. In Washington, Harry Truman weighed the hardest single decision of the war, perhaps of modern times: to risk invading Japan in what would be a punishing campaign, for Japanese civilians in particular, or to shock the nation into surrender by means of the atom bomb.
VJ-Day dawned on a sickened, bone-weary world. It has never acquired the association that VE-Day has with relief and rejoicing. Significantly and disturbingly, VJ-Day is still, 60 years on, the occasion in Asia of bitter memories and still stirring hatreds. VE-Day has become for Europeans a moment when reconciled enemies can stand side by side. Although the issue of PoW compensation still rankles, the West rightly now perceives Japan as a peaceable democracy with a highly developed sense of the obligations of international citizenship. But in Asia, Japan has yet to win such acceptance, let alone trust.
This is not all Japan's fault. Its generous postwar aid to the region has assisted in economic development, as has private investment. It has generally been a voice of moderation in all Asian councils, eager to promote consultation and co-operation in a part of the world that remains troublingly short of effective channels for defusing disputes. China's silence about such horrors as the Great Leap Forward means that Japan is not the only country in this area that has trouble in confronting its awkward past.
Yet Japan has still to grasp that stilted though repeated expressions
of sorrow and regret have yet to meet the demand for proper atonement.
It persists in treating the outrage caused by the Government's
approval of a controversially unapologetic school textbook as
a "misunderstanding" of Japan's education policies.
It is true that schools have a choice; and true that only 1 per
cent of Japan's schools use this textbook. But the choice should
not be available. Germany does not allow the glossing-over of
the Nazi past. Japan, in its own interests, should be at least
equally stern.