わたしたち大丈夫です
 

東直子


角ざとうが一世を終える冬空を深く通してきた馬たちに

いってくるいってくるねと放たれた蝶々のようにこころもとない

寡黙なる人のくちびるやわらかし左手で脱ぐ黒いくつした

嫌な夢みたあとに添うぬくもりにまた新しい名前をつける

来訪者みな屹立し待っている(会える?会いたい?話がしたい?)

螢ほどの光つめたく灯しつつ親しい機械たちの待つ部屋

みそ漬けの魚ほんのりと焦げつきて今日悲しみに会ってきたこと

降る雨を否定せず立つアンテナのほそさをながくみつめていたい

ぬれたまま走り出す子を追いかけてああこんなにも遠い国まで

乳房から乳がしみだす街中の電話連絡網の針先

くちずさむ好きはすき焼き酢蓮根 次の番までねむってていい?

わたしたち大丈夫です香をたてて醤油は淡く湯にとけている


(初出:「歌壇」2002年4月号歌稿)

                 ●東直子の短歌へ戻る