水の迷路

 

東直子


身のうちの水の迷路が震えだす八ミリフィルムに再生されて

小刻みに急ぐ父母(ちちはは)夏の夜のシーツに小さな点となりゆく

鳩は首から海こぼしつつ歩みゆくみんな忘れてしまう眼をして

とりもどすことのできない風船をああ遠いねえと最後まで見た

ただ生きているだけでいい?こんなにも空があおくて水がしずかで

窓ガラス割れたまんまのお部屋から水仙の根がはみだしている

クレイジーキルトのように空を斬る茜は終(つい)の華やぎのなか

夜の野にさみしい石が泣いている光に焼けたあなたのために

(初出:「朝日新聞」2000年9月30日夕刊)


illustration:kumiko kobayashi

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