*キーワードアンソロジー・原子力

こどもの時間

   

東直子


掻きこわす皮膚よりあおい汁垂れてこどもよごらんあたらしい絵を

どうきゅうせいがひとりでお茶をのんでいた被爆したあなたかもしれない

あいまいな昔を母はわたしたち姉妹のために泣いたかもしれない

自分を愛する夜昼朝わた詰めて縫いとじてゆく少女の裸体

何もわかっていない男と水を飲む蒼くふるえるこの星の皮膚


キュリー夫人は、うつくしく光るラジウムを掌にのせて見たと言う。それから百年の時が流れた。原子力という巨大な力は、かたちを変えて静かに私たちの傍にいる。食卓を照らす光、パソコンの文字の点滅、電子レンジに沸騰する液体。それは又、たくさんの命をあっという間に奪う力でもある。昨年の東海村の事故で亡くなった大内さんは、自分と同い年だった。キュリー夫妻の見た「夢の光」は、いつかこの星を変えてしまうのだろうか。

(初出:「未来」2000年4月号)


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