すずを鳴らす


 ああいたい。ほんまにいたい。めちゃいたい。冬にぶつけた私の小指(↑足の)。
 
 なんとも痛そうな…。誰にでもある体験が関西訛りで愛嬌たっぷりに切実な実感として語られ、一読しただけで忘れられくなった短歌である。この元気な歌の作者は、かの競泳の千葉すず選手なのである。この作品は、今年の四月に筆者が穂村弘、沢田康彦とともに執筆した『短歌はプロに訊け!』(本の雑誌社)という短歌入門書に登場する。
 周知の通り千葉選手は、競泳のシドニー五輪日本代表に選ばれなかった選考結果を不服として、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に水連(日本水泳連盟)を提訴した。しかし結果は敗訴。彼女のシドニーへの夢は断たれてしまったが、CASは水連側が説明不足であったことも指摘した。何かを決定する立場にある者ができるかぎりの言葉をつくすのは当然のことである。この指摘は、千葉氏の願った「選手にとっての夢を実現できる公平な環境」に向け、確実に一石を投じることができたと思う。彼女がこれまでに費やしてきた日々の努力を慮れば、内面の葛藤は凄まじいものであったと思うが、空色のシャツを着て判定に臨んだ彼女は清々しく凛として美しかった。
 ヤクルトの古田の眼鏡すごくヘン もっといいのを買えばいいのに
 このやんちゃな香りのする歌もまた千葉すず氏の作品である。まったく余計なお世話な内容だが、小気味良い口調に友達と会話をしているような親しみがあり、いつの間にか、ソウダヨネー、と、相づちを打ってしまう。この説得力は、本人が本当に思ったことを、その通りに書いているからだろう。
 思った事を述べ、疑問を投げかけるという事。「公平な環境」はスポーツだけに限らない。日本語を愛する者の一人として、日本語が思ったことを率直に表現できる言語であってほしいと切に願う。

(初出:信濃毎日新聞2000年8月17日付朝刊)

illustration:kumiko kobayashi