また、窓の方を振り向いてしまった。この間まで補修工事用の足場が組んであったため、今でも窓の外に誰かいるような気がしてしまうのだ。六階の窓の外に人がいるという不思議な空間は、インターネット世界の構造に少し似ていると思う。ひょんなことから、思いがけない場所を覗けてしまうのだから。
 昨年の九月にホームページを開いたら、見知らぬ人からメールが届くようになった。顔を知らない知り合いは、インターネットの利用を始めたここ数年でとてつもなく増えてしまった。泡立つように無限に広がってゆく人との関わりは、泡のようにさわさわと消えてゆくことも多い。希薄な関係と一言で言ってしまうのは簡単だが、言葉だけでつながっている関係が、純粋な何かを伝えあうこともできるのではないか、とも思う。
 六月からメールマガジン「@ラエティティア」の編集に歌人の荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘、小林久美子とともに関わっている。これは短歌メーリングリスト「ラエティティア」を母体として、作品や評論などを電子メールによって無料配信している雑誌で、現在五〇〇人あまりの読者がいる。今準備中の特集は、一昨年短歌研究新人賞を受賞した千葉聡の第一歌集『微熱体』である。

 明日消えてゆく詩のように抱き合った非常階段から夏になる   千葉 聡
 
 布石のように散りばめられた物語の中で、他者との関わりの中から自己の存在を見つめ直した歌が印象的な一冊である。千葉の歌を読むと、短歌の世界にも「一生懸命」という言葉が復活してきた感がある。千葉の歌をはじめて目にしたのは、メーリングリスト上で行われた電子メール歌会においてだった。
 それぞれの世界に閉じがちだった短詩型作者が、ネットを通して幅広くかつ親密な意見を交しあうこともある。メディアが広がることの功罪を噛みしめつつ、新しい世界ともじっくりとつきあっていきたいと思っている。

(初出:信濃毎日新聞2000年8月31日付朝刊)

illustration:kumiko kobayashi