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E-MAIL MAGAZINE, @LAETITIA<9>, 2001.5.24 

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┃ 「@ラエティティア」第9号・目次
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┃ ●作品
┃   小林信也(歌人)     ◇「日照雨」
┃   村上きわみ(歌人)    ◇「空錆びるまで」
┃   吉野亜矢(歌人)     ◇「春を食む人」

┃ ●特集 松平盟子著
┃      『パリを抱きしめる』『カフェの木椅子が軋むまま』を読む
┃          
┃   ◆『パリを抱きしめる』(東京四季出版)
┃   小塩卓哉(歌人)     ◇書評「越境する意味について」
┃   椎木英輔(歌人)     ◇短評「これはパリに抱かれてしまう女
┃                    の記録である」
┃   ◆『カフェの木椅子が軋むまま』(短歌研究社)
┃   合田千鶴(歌人)     ◇短評「Le parfum des mots」
┃   黒瀬珂瀾(歌人)     ◇1首評
┃   飯田有子(歌人)     ◇1首評

┃ ●編集後記
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┌───────────────┐ 短歌5首
│ 小林信也(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘ http://homepage1.nifty.com/kobayss/

   日照雨

 四天王寺の塔の形の平たきを日照雨の中に立ち止まり見つ

 大き木の影の形に鳩群れて脈打つごとく地を動くなり

 塔の上には行かれましたかと問はれたり鉄筋製とは思はざりしを

 五層まで螺旋階段登りつめ足もとばかりを見て戻りけり

 日盛りの揺らぐ大気をガラス戸に映してこともなし三猿堂は

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┌───────────────┐ 短歌5首
│ 村上きわみ(歌人)     ├──────────────────
└───────────────┘
             http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/9606/

   空錆びるまで

 抱えられ夢に連れもどされていくわたくしのうでみみひざがしら

 ひらかなのようなふたりでありました。つたなさに海がふるえるほどの。

 はてしないループの中をじゃれあっていたいのいたくないのこのまま

 そのまんま眠っていてねバオバブに名前を刻む朝がくるまで

 らあらあと空錆びるまでらあらあと歌い続けるぼくたちの咽喉

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┌───────────────┐ 短歌5首
│ 吉野亜矢(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘

   春を食む人

 黄山毛峰茶(ほわんしゃんまおふぉんちゃ)山に在りし日のごとく湯の中葉
 を開きおり

 風ぬける素足に気づく春分の日の遅めなる朝食の後

 君といるテーブルの上ゆく雲は春分彦(はるわけひこ)の狩衣の色

 飲食(おんじき)の済みし静寂(しじま)に匂い立つボウルの底なる酢酸の
 香は

 わたくしは好きで笑っているのですお腹いっぱい桜を溜めて

  ※( )内はルビ

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特集 松平盟子著『パリを抱きしめる』『カフェの木椅子が軋むまま』を読む

 1998年から一年間、与謝野晶子研究のためにパリに滞在した松平盟子の、
その生活の中で出会った人々や街でのできごとを綴ったエッセー集『パリを抱
きしめる』と、「日本語圏以外での短歌の可能性はあるのか」を問い続けなが
ら詠んでまとめた第8歌集『カフェの木椅子が軋むまま』について、下記の方
々に読んでいただきました。

┌───────────────┐ 『パリを抱きしめる』書評
│ 小塩卓哉(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘

   越境する意味について

 森鴎外の短編小説に「花子」という作品がある。日本人で彫刻家ロダンのモ
デルになったただ一人の女優「花子」は、旅回りの芸人であったが、一九〇二
年にコペンハーゲンで開かれた博覧会に踊り子として渡欧し、以来一五年程欧
米で女優として活躍した。とりわけロダン夫婦に愛された、この日系芸術家の
嚆矢「花子」に、松平氏の描く与謝野晶子が私の脳裏ではオーバーラップして、
最も印象深かった。
 『パリを抱きしめる』の縦軸はもちろん、松平氏が渡欧することとなったモ
チベーションである欧州での与謝野晶子の日常である。「ロダンに口づけされ
た日本一の女流歌人」の章によれば、一九一二年にロダンのアトリエで晶子は
挨拶の口づけを受けたという。ロダンと花子との出会いは一九〇六年。分野は
違えども遙か東洋の国から訪れた女流の芸術家に対する温かなロダンの応接が、
当の二人の女性には何より感激すべきものであったのだ。そして、それは裏返
せば、当時のフランスの異邦人に対する冷淡な応接のスタンダードの存在を証
明するものでもある。
 まさにこの構造こそが、この一冊の横軸でもある。松平氏のパリでの日常は、
個人を重んじるがゆえに実際以上に冷淡に思われるフランス人の他人種に対す
るスタンスの構造を、われわれに臨場感を持って教示してくれる。フランスは
多くの移住者がいても、移民国家ではない。求心力はまさにフランス文化自体
に存在するのである。そして、一冊を読了した時、「花子」「晶子」に「盟子」
氏の生き様もまた重なってくることは言うまでもない。
 この本と同時に私はリービ英雄の『日本語を書く部屋』を読んだ。スタンフ
ォード大学出身の『万葉集』研究者であるリービは、外国人が日本語文学を研
究する際の越境者としてのスタンスに執拗にこだわっている。そう言えば、か
つて津島佑子もまたフランスでの生活での戸惑いと憂鬱を書き綴っていたので
はなかったか。松平氏の一冊は一見軽快であるが、氏なりの越境の問題が深く
沈潜しており、登場する多くのパリの日本人の足下にも、この問題を嗅ぎ取ら
ずにはおられなかった。もちろんそれこそがこの本に奥行きをもたらしている
のであるが。

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┌───────────────┐ 『パリを抱きしめる』短評
│ 椎木英輔(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘ http://www3.justnet.ne.jp/~shiiki/

   これはパリに抱かれてしまう女の記録である

 この本は、春夏秋冬の4章に分かれている。先ず、春、リムジンバスから
「最後にぽとんと降ろされるのは凱旋門の前」という孤独で不安な表現のある
節から始まる。この「ぽとん」は日本語のオノマトペでありながら如何にもフ
ランス語的ではないか。これが夏の章になると、「ピラケム橋。地下鉄がどう
して橋を渡るのかと思われるだろうが」というい表現になり、乗り物もタクシ
ーから地下鉄に変わってくる。そして、秋、「ある晴れた土曜日。まぶしいば
かりの太陽につられて、ふとバスに乗った」とバスが登場する。「残されたあ
と半年のパリの生活が、明日から始まる」という表現も出てくる。そして、冬、
新しく開通した「20世紀末の科学と建築のコンセプトを体現し新しい美学を
突きつける地下鉄14号線」に女はわざわざ乗りに行くのである。そう、すっ
かりもうパリに抱かれてしまっているのである。

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┌───────────────┐ 『カフェの木椅子が軋むまま』短評
│ 合田千鶴(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘

   Le parfum des mots

 短歌に異国語を取り入れる。これはそう容易なことではない。その意味や音
にさほどの違和感なく、そして何よりその語が異国語で表す必然性、つまりそ
の語をめぐっての何らかの発見が必要とされるだろう。松平盟子の第八歌集
『カフェの木椅子が軋むまま』は、フランス語のmots(ことば)が持つ「音」
の個性を発見した歌集だと思う。

  卯月にはあらず四月(アヴリル)息白くなるほど寒きパリを踏みしむ

  ラ・フォンテーヌすなわち〈泉〉素足をひたす心地に初夏(はつなつ)の
  rue(リュ)

  ショファージュのかたわらに干すランジェリー明日の客の知らぬ花園

  テと言えりただ一息のテの音(おん)に紅茶は心ゆるびて香る

 アヴリル、ラ・フォンテーヌ、リュ、ショファージュ、ランジェリー、テ。
ネイティヴの発音に比べれば、こうした文字での表記には限界がある。それで
も、これらの語は、フランス人が練り上げてきた言語の、彼らがよしとする体
温がそれぞれに与えられている。
 では、こうした語を使えば一首が香り豊かなものになるかというと、その一
語が浮いてしまって歌にはならないことが多いのである。松平は、これらの異
国語と日本語による歌言葉の摺合わせを丹念におこなっているのだ。卯月とア
ヴリル、ともに濁音を持つ二語。ラ・フォンテーヌは、ラで始まって同じラ行
のrue(リュ)で終わる。ショファージュとランジェリーは、g音で互いに引き
合う。テの一首はt音が多く、知らないうちにお茶をたっぷりと飲まされてい
るといった具合だ。
 外来語の使用をめぐっては、多くの人が様々な意見を述べているが、作歌に
際しても読むに際しても、わたしたちが平素使いなれた和語とは異なる芳醇な
香り/音が、歌言葉の可能性として息づいているように思う。

  まだ知らぬフランス語の〈言葉(モ)〉繁茂してブーローニュの森、ヴァ
  ンセンヌの森

  ※( )内はルビ

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┌───────────────┐ 『カフェの木椅子が軋むまま』1首評
│ 黒瀬珂瀾(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘ http://aurora.bird.to/karan/

  咀嚼する老婦人いて米国とハンバーガーをついに呑み下す

 我々はパリに呪縛されてゐる。おそらくこの百年、それに関しては何も変は
つてゐない。芸術の都、花の都。物理的に近くならうとも、精神的には遠いま
まの都市。パリに住む日本人はいつまで経つても、パリに住む日本人である。
それでも、この都市は人を変へるだらう。近かつたものまでが遠くなつたとき
の詩人の眼。いま世界でクロスオーバーしてゆくのは何か、それを見るとき一
つの象徴は呑み下され、逆に象徴は都市を呑み返す。

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┌───────────────┐ 『カフェの木椅子が軋むまま』1首評
│ 飯田有子(歌人)      ├──────────────────
└───────────────┘ http://www.hi-ho.ne.jp/arico/wake/

  君らにはわかるまいこの東洋の女がpoetesse(ポエテス)と呼ばるる場面

 パリ滞在の華やかな日々と思いきや、本書は実に鬱屈したスタートを切る。
排他的な人々と慣れぬ異国語。重厚な空気に気圧されぎみのエトランゼが、パ
リへ初めて抗議するかのように、「わかるまい」とつぶやく歌である。詩人の
矜持と、詩人であることを知られず異国にいることの苦さが同時に、この強い
言葉に現れている。そして女流詩人(ポエテス)はこの後ゆっくりとしなやか
に、パリをわがものとしていく。

  ※( )内はルビ。
  ※「poetesse」の最初の「e」はアクサンテギュ。

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│ メールマガジン「@ラエティティア」第9号
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│   編集後記 

│▽ゴールデンウィークもまたたく間に過ぎ去り、緑のまぶしいころとなりま
│した。今回は日本にいてもパリにいても旺盛な執筆活動を繰り返す松平盟子
│さんの近業に光を当ててみました。パリも今頃の季節は緑が美しいのでしょ
│うか。(久)

│▽今年の5月は、「5月だというのに何だか寒いわ」という日が多いですが、
│みなさまお元気ですか? 松平さん、晶子、パリ。美しいものを愛してやま
│なくてタフなところが特に好きです。初夏に似合います。(直)
├──────────────────────────────────
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│ 編集人  小林久美子 東直子 
|      (直久 http://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/ )
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│ 配信所  laetitia@ml.asahi-net.or.jp
│ 発行日  2001年5月24日
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