社会調査論1(中央大学)講義要目
1. 社会学と社会調査
1.1 社会学の誕生
・社会学の方法としての社会調査
・社会学の誕生と社会調査の成立
・市民革命と産業革命の時代
・神学と法学の時代から,経済学と社会学の時代へ
・労働者大衆の時代←→貴族主義と身分制の時代
1.2 イギリスにおける社会調査の展開
・ロンドンにおける労働者の貧困と労働運動の展開
・F.エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』における聞き取り調査と資料批判
・C.ブースのロンドン調査やS.ラウントリの貧困調査における「貧乏線」
1.3 アメリカにおける社会調査の展開
・労働者の貧困,社会問題解決,社会事業の手段として始まった社会調査
・ロンドンからシカゴへ――シカゴ大学とハル・ハウスの確執
・シカゴ学派における「科学としての社会調査」への志向――社会地図,インタビュー,ライフドキュメント
・具体的な問題解決の手段から,人間行動の法則的理解へ
・コロンビア大学における飛躍――ストゥファーの『アメリカン・ソルジャー』からマートンとラザースフェルドへ
・サンプリングにもとづくサーベイ調査の活用へ
・量的な全体像の把握と要因(変数)の測定と独立の効果の同定(多変量解析)の実現
いくつかの問い
・社会学と社会調査の独自の対象とは何か?
・なぜそれを知る必要があったのか?
・なぜそれを数値で示す科学にしなければならなかったのか?
1.4 社会学と社会調査の目的
・労働者大衆の生活,動向,心性をとらえるための道具としての社会学と社会調査
・なぜ大衆を知る必要があったのか――貴族主義の時代から民主主義の時代へ
・なぜ科学になる必要があったのか――為政者の恣意ではなく,困窮者への同情でもなく
・民主主義社会における公正な社会的決定のために存在すべき社会学と社会調査
・誰もが納得できるという意味での客観性が不可欠な社会調査の方法
・質的に納得できる現実的な理解とその量的な確認による全体的位置づけの両方が必要
2. 社会調査の3つの方法
2.1 当事者に教わるという社会調査の基本原理
・労働者大衆の動向を知るための道具という社会調査の原点
・知らない調査者と知っている当事者の対立という前提
・この時点では何の専門性もない社会調査という技術の性質
・収集した後のデータを分析する時点で初めて生じる社会調査の専門性
・社会調査の3つの方法とその組合せから生じるデータ分析における専門性
2.2 聞き取り調査の意義と限界
・最も原始的な方法としてのインタビュー
・エンゲルスやシカゴ学派における基礎的な方法
・情報の豊富さと調査者に与えるインスピレーションの大きさ
・当事者の記憶や状況による曖昧さと調査者による選択的理解の恣意性
・データ収集における数量的な限界と無意味さ
2.3 書かれた資料の意義と限界
・話された言葉の書かれた文字への定着――本人によるものと他人によるもの
・第一次資料と第二次資料
・よく用いられる官庁統計や政府による報告書などの資料
・エンゲルスによる活用とシカゴ学派による作成の制度化
・獲得された時間的な持続性とデータとしての客観性
・削り落とされた多様な現実ゆえの資料批判の不可欠性
2.4 サーベイ調査の意義と限界
・データ収集原理としては聞き取り,書かれた資料とまったく同じだということ
・決まった質問文と決まった回答選択肢による質問紙とサンプリング理論の採用
・収集方法の規格化=標準化による数量的な収集とサンプル誤差の査定を実現
・多様な現実は削り落とされているが,コントロールされている調査者側の働きかけ
・統制されたデータの量的な収集と統計的検定による多変量解析の実現
・一般的,統計的な意味での「客観性」の獲得と何をどう測定するかの決定的な重要性
・確立したように見えるサーベイ調査の専門性とそれを他の方法と組合せて用いるという本当の意味での専門性
いくつかの問い
・社会調査の3つの方法のうち,楽しそうなのは,信頼できるのは,あやしいのは,客観的だと思うのは,それぞれどの方法か?
・3つの方法は,どの方法を一番重視すべきだと思うか?
2.5 3つの方法の組み合わせ
・真実味があり触発的でおもしろいが,あやしくて不安定で特殊かもしれない聞き取り調査
・一般性があって客観的で確からしいが,一面的で陳腐でつまらないサーベイ調査
・両者の中間に位置づけられる書かれた資料の分析
・どれが重要で優れているのか,質的な方法か,量的な方法か
3. 社会調査の方法をめぐる論争
3.1 質的調査と量的調査の優越論争
・見田宗介と安田三郎の論争
・見田による質的調査でしか示せないものがあるという問題提起
・安田三郎による「統計的インテンシヴ・メソッド」という回答
・やがて対立的にとらえられるようになっていった質的調査と量的調査
3.2 アメリカにおける質的調査から量的調査への変遷
・シカゴ学派の特質と努力の方向性
・コロンビア大学における革新とシカゴ大学への導入
・シカゴ学派の限界とサーベイ調査による補強
・アメリカにおける質的調査と量的調査の位置づけ
・予備調査としての質的調査の意義と科学性を付与する量的調査による確認
3.3 日本における質的調査者と量的調査者の分離
・サーベイ調査による確認にまでは進まなかった日本の調査研究者
・予備調査としての意義では満足しない日本の質的調査研究者
・多変量解析の計量的な方法にのみ興味を示すデータ分析者
・数字で示すことの意義を理解しない実証研究者――「数字で何がわかるか」
・数学のわかる人とわからない人との対立?
いくつかの問い
・質的調査と量的調査は対立するものなのか?
・質的調査と量的調査はどちらかが優越するものなのか?
・なぜ両方やるという発想にならないのか?
3.4 質的調査と量的調査は対立するものなのか
・いうまでもなく相互補完的であるべき質的調査と量的調査
・重要なのは質的調査による問題の発見と量的調査による仮説の検証であること
・その意味では,決して単なる予備調査には留まらない意義を持つ質的調査
・十分な質的調査による妥当性のある測定を前提としてはじめて意味のある量的調査
・なぜ日本の社会学者は単純に両方を尊重し,両方を実践できないのか
4. 社会学の2つの側面と社会調査の2つの方法
4.1 質的調査の量的な確認にたいする抵抗感
・日本ではなぜ量的な確認が重視されないのか
・知るに値することはつねに質的なものであるという観念
・量的な確認よりも,質的な洞察こそが真実に近いという観念
・では量的に確認するのは何のためなのか
4.2 質的なデータにしか示せないものとは何か
・見田宗介の問題提起
・人間存在に関する深い洞察と真実の感得
・深い教養と学問的な訓練を積んだ個人だけが到達しうる真実
・量的な確認を必要としない,それ自体で力を持つ発見
・より多くの人を納得させる客観的な科学における発見とは異なった人間存在の真実に迫る特定の事実が持つ力への信頼
4.3 なぜ量的な確認が重要なのか
・真実と感じることができた調査者の体験を越えなければならないのはなぜか
・その場にいなかった人への説得が必要であるような状況とは何か
・知りたいとも思わない人へも知らせなければならない状況とは何か
・訓練と教養を積んだ人だけがわかればよいという知識と社会的に共有されなければならない知識との違い
・事実なり,真実なりをどう活用するのかという実践,実用,プラグマティックな問題
いくつかの問い
・あなたは、どちらのタイプの知識が好きか?
・科学とよばれる学問にはどんなものがあるか?
・教養とよばれる学問にはどんなものがあるか?
4.4 2つのタイプの学問と社会学の2つの側面
・教養としての学問と科学としての学問
・一部の人だけが理解でき,一部の人にだけに利用されればよい教養
・多くの人に理解でき,多くの人が利用できる科学
・一部の人々を権威づける力をもってきた教養としての学問
・多くの人々を納得させることで力を行使する科学としての学問
・どちらの場合も学問は権力として作用するということ
・社会調査はどちらの形で力を持とうとする学問なのか
5. 社会調査の実際
5.1 社会調査の概要
・現地視察と簡単な聞き取り調査
・既存資料の確認──社会調査は図書館(インターネット)から始まる
・最終兵器としてのサーベイ調査
・目的に応じた社会調査の様々な手法
・目的に適合した方法を選択することの決定的な重要性
5.2 視察と聞き取り調査
・ただ出かけていって見せてもらうということ
・感じて勝手に想像すること
・事情通へのヒアリング──学者,有識者,行政職員,記者,郷土史家,古老
・有利な立場の人がよく行う視察やグループ・インタビューのあり方
・視察はあくまで視察であって,フィールドワークでも実証でもないこと
5.3 書かれた資料の収集と分析
・文書資料,文献資料,統計資料
・当事者からの文書資料の収集と確認──聞き取り調査のもうひとつの目的
・文献資料の渉猟と確認──事情通への聞き取り
・官庁統計資料の活用(e-Statで確認可能)──国勢調査,事業所統計,労働力調査,就業構造基本調査,工業統計,商業統計,家計調査
・サーベイ調査データの二次利用──JGSS調査,SSM調査
いくつかの問い
・最初の段階での視察と聞き取り調査からは何がわかると思うか?
・文献資料や図書館(ネット)では何がわかると思うか?
・聞き取りと書かれた資料だけだと何ができないのか?
5.4 視察、聞き取り、書かれた資料の意義
・まず,対象の全体像と手応えを探るために行う視察
・次に、その印象を固めるために行う書かれた資料による確認
・そうやって徐々に対象に関する仮説的な理解を深めていく質的調査による探索
・仮説の最終的な検証のために行うサーベイ調査
6. 社会調査の実際(続)
6.1 サーベイ調査の特質
・サンプリング調査であること
・定型化された質問文と回答選択肢による調査票を用いた調査であること
・シングルアンサーであること
6.2 調査票の作成
・質問紙作成上の注意
・一意的でなければならないこと──ダブルバーレル
・中立的でなければならないこと──強い印象のある用語(ステレオタイプ)は避ける
・質問の順序に注意すること──誘導しないが,答えやすい流れ
6.3 サンプリング調査の実際
・原理としての確率統計学――母集団と標本,誤差と検定
・標本抽出法──単純無作為抽出法,系統抽出法,副次抽出法
・副次抽出法としての確率比例抽出法と層化抽出法
・回収方法としての郵送法,留置法,自記式回収,個別面接法,電話調査
いくつかの問い
・3つの方法をどのように使い分けるのがよいと思うか?
・3つの方法はどんな順番で用いるのがよいと思うか?
・3つの方法は互いにどのように組み合わせるのがよいと思うか?
6.4 調査方法を選択する際の原則
・いつ,どんな方法を用いるかが問題であること
・最初から安易にやってはいけない質問紙調査
・最初以外はやみくもにやってはいけない聞き取り調査
・きわめて重要な聞き取り調査結果の書かれた資料による確認
7. 社会調査の手順と全容
7.1 社会調査の全過程
・問題の設定→仮説の設定→方法の選択→実施→報告書の作成
・実施過程における対象者からの承諾と協力の取りつけ――「ラポール」
・社会調査の社会的意義の説明と倫理という問題
・社会調査の過程は単線的に進むものではないということ
・予算や人員という制約条件
7.2 問題の設定
・何を知りたいのか――問題意識からの出発
・すでに何が知られているのか――既存研究のレヴュー
・今,何が問題なのか――調査研究の意義
・視察や資料収集による問題の発見
7.3 仮説の設定
・既存の理論からの演繹
・既存研究からの導出
・調査の現場では誰もが無意識に抱いている仮説――虚心坦懐というウソ
・だからこそ明示すべき仮説
・視察や聞き取り,事例研究における絶えざる仮説の明示化作業の必要性
・仮説は反証するためにある,反証されて初めて調査は楽しくなるという前提
7.4 方法の選択
・明示化されたり,自覚化されてきた仮説を本格的に検証するということ
・事例研究の意義と限界
・文書資料,統計資料,サーベイ調査の意義
・何らかのデータによって確認できることとできないこと
いくつかの問い
・社会調査を進める上で、重要なことは何だと思うか?
・社会調査にできること、できないことは何か?
・社会調査の可能性と限界について、どう考えるか?
7.5 社会調査とは何か
・きわめて実際的な技術であること
・アカデミズムの内部ではない、世間との関係が前提であること
・だから、できることとできないことがあること
8. 知見の整理と報告書のまとめ方
8.1 報告書の意義
・誰のための報告書か
・対象者のための報告書
・調査者もしくは専門研究者のための報告書
・スポンサーのための報告書
8.2 報告書の内容
・報告書の基本的な構成
・調査研究の経緯と概略,スポンサーと予算
・課題,方法,個別の成果,全体のまとめ
・様々な工夫――図表による提示,要約部分の強調
8.3 報告書から論文へ――知見整理の極意
・報告書と論文の違い
・報告書からの個別の論文への展開
・データを落とすということ
・無駄なデータを加えないということ
・そのうえでのデータの補強ということ
8.4 報告書の配布と公開
・報告書原稿内容の対象者への確認という手続き
・仮名ないし実名による処理と同意の必要性
・あえて報告書には掲載しないという決定もありうること
・責任の所在をふまえた公開の意義をめぐる決断が必要な場合もあること
・ただ聞いただけのデータの権利は対象者にあること
・得られたデータの加工や解釈は調査者の責任であること
いくつかの問い
・報告書に必ず載せなければならないことは何か?
・その理由は何か?
8.5 報告書は何のためにあるか
・もっとも詳しい情報源であること
・報告書は書かれた資料になるということ
・資料批判に必要なすべての情報が掲載されていなければならないこと──スポンサー、実施者、調査票
9. 社会調査をめぐる最近の革新
9.1 デバイスとネット環境による革新
・紙の調査票からタブレットやスマホによる調査へ
・紙の調査票とは異なる利点
・回答と同時にデータ入力ができること
・条件つき質問分岐への対応に過誤がないこと
・意外にも記録が残しにくくなる仕組み
9.2 ネット環境による情報収集の革新
・インターネットという莫大な辞書ないし百科辞典の登場
・根拠や継続性が不明なために、十分な資料批判ができないという根本的な問題
・本体の実物資料がある場合には便利な、検索とダウンロードによる入手
・自治体のホームページと政府による「e-Stat」
9.3 ネット調査の普及による革新
・ネット調査の普及
・ネット企業によるモニターの登録と調査依頼
・サンプルを人口的に構成するというやり方
・一般的なサンプリングとの違い
・条件つきサンプル調査の利点と普遍的因果関係探究の際の利点
9.4 ビックデータによる革新
・ビックデータとは何か
・データサイエンスの登場
・基本的な分析方法は社会調査の統計分析と同じであること
・データ処理には特別の技術が必要であること
・データの所有者が民間企業であること
・統計資料とよく似た限界
いくつかの問い
・従来の社会調査にとって手助けになる部分はどこか?
・従来の社会調査を変えてしまう部分はどこか?
9.5 ビックデータ利用上の課題
・いつの間にか収集されてしまうデータ
・民間の営利企業が所有権を持つデータ
・社会調査の倫理という課題
10. 社会調査の現状と倫理
10.1 調査拒否率の上昇
・サーベイ調査の回収率の継続的な下降傾向
・常に拒否率の高い若年者となかなか会えない都市生活者
・国勢調査さえ拒否する傾向
・根本原因としての日本における科学一般への現実的評価
・ネット調査における構成的サンプル調査への許容度の向上
10.2 対象者に直接貢献する必要
・今,調査の現場で求められていること
・有賀喜左衛門の「おみやげ」
・研究者としての意見の提示
・対象者向け報告書の作成
10.3 社会調査の倫理
・つねに迷惑をかけ,対象者の好意に依存しているということ
・不必要な負担をかけないこと――可能な負担はすべて調査者がかぶるべきこと
・個人情報の管理と調査票原票の期限付き処分の検討
・直接確認していない当事者に都合の悪い判断はしないこと
・各大学での倫理委員会と倫理審査の普及
いくつかの問い
・社会調査の将来について,どのように考えるか?
・社会調査とビックデータの活用の関係について,どのように考えるか?
・ビックデータの活用をめぐる倫理について,どのように考えるか?
10.4 社会調査の将来
・民主主義の道具としての社会調査
・IT技術とビックデータの活用による操作=管理主義への傾斜
・ビックデータをめぐる倫理と公的利用にむけての環境整備
・データならびに社会調査が尊重される民主的社会の実現にむけて