創作 ジプシー博物館 高森 繁
《いかなるコレクションも、衆目にさらされてこそ初めて
時代の証言者となる》
レインボー商店街の中ほどにある元花屋さんの前で、
僕は商店会事務局長の中野政夫さんと、
家主が来るのを待っていた。閉じられたシャッターに描かれた
バラの花束や店の名前も、半年間の風雨にいたぶられて、
すっかり色あせ、しおれている。
「 なにか『水ちょうだい』って哀願しているみたいですね」
中野さんに、そんな軽口をたたいていると
「やあ、すみません、すっかり待たしちゃって」と
ツイードのジャケットを着こなした初老の男性が恐縮顔で
姿を現した。六十代前半か、ロマンスグレーの髪を軽く
ウエーブさせ、鼻の下に蓄えた白い髭をアクセントに、
ちょっと資産家っぽい雰囲気を醸し出しているけれど、
言葉自体に気取りはない。
「すぐに中、見せるね」
さびれた金属がこすれ合う不快な音を響かせて、
シャッターが上げられると、家主は「これかな? 違う、
こっちか」と束にした鍵を取っ換え、ひっ替えして、
やっとガラス扉をあけてくれた。
店主を失った間口二間半のさほど広くはない店舗の
蛍光灯をつけてから、「申し遅れました。私、
香山といいます」と僕に名刺を差し出した。
中野さんとは顔見知りらしい。
(著述業 香山淳之介)
「親の財産をそのまま引き継いだもので、特段、
真面目に不動産業をやろうというわけではありません。
ところで、ええっと、お名前は?」
「すみません。僕、宇田善行(よしゆき)といいます。
この通りの一番奥で、おやじの経営する小さな喫茶店
で働いています」
「喫茶店というと…梁山泊?
あーあー、あすこの息子さん。へぇー、
お初にお目にかかります」
「じつは、ご存じかもしれませんが『それ、
お宝かもプロジェクト』のB級ミュージアムを探していて」
「えっ、あの…闇鍋博物館?」
香山さんの顔に、小さな驚きと好奇心がにじんだ。