おやすみ東京EXD
三井が風邪を引いた。
季節が、春から夏に変わりかける頃、昼間の暖かいを通り越して暑い気温から、夜間の一気に下がる気温のために体調を崩したようだ。
少し前から、鼻をぐずぐずいわしていたようだったが、とうとう、38度5分という熱を出してしまったのだ。
ベッドに横たわり、氷枕をして浅く荒い息を繰り返しているのが、苦しそうで、牧は心配げに声をかける。
「三井、大丈夫か?」
呼びかけに、三井は潤んだ目を開けて牧を見る。
「ん…。まき?」
潤んだ目に牧はノックアウト寸前だ。
しかし、ここで襲い掛かろうものなら、ずっと三井に責められること必至だ。
牧は、必死で踏ん張って気持ちを紛らわす。
立ち上がり洗しでタオルを絞って来る。
濡れたタオルで額の汗を拭ってやる。
「さっき、知り合いの先生に往診に来てもらうよう、頼んだからな」
「うん、すまねー」
「何か食べたいものはないか?」
「んー…なんか、喉乾いた…」
「わかった。ちょっと待ってろ」
冷蔵庫からスポーツドリンクを出してくる。
あまり冷たいのはよくないので、少し室温で戻してから、持ってくる。
「飲めるか?」
三井が起き上がるのを助けてやり、自分に凭れかからせてコップを渡す。
三井が、コップの中を飲み干すまで体を支えてやり、空のコップを受け取って枕元のナイトテーブルに置く。
「すまねー」
相変わらず、熱で潤んだ目で見る三井を、牧は見ないように気をつけながら、三井を再び寝かしつけ、乱れた髪を手櫛で撫で付けてやる。
「先生がくるまで、もう少し寝ていろ」
「うん」
今日の三井は、いつもの元気さが影を潜めていて、心細そうで儚げに見える。
牧のTシャツの裾を無意識に握っている。
「三井?どうした?苦しいのか?」
「ん?いや…なんでもねぇ」
そう言いながらも、Tシャツを離そうとはしない。
「三井…。シャツを離してくれないと、洗い物ができないよ」
「う、うん…」
そう言いながらも、なかなか離そうとしない。
「三井…。どうしたんだ?甘えっ子モードになってるぞ」
「まきぃ」
三井が、牧に手をのばして抱きつこうとするので、牧は、仕方なく添い寝のように横になる。
牧の、懐に潜り込むように三井が抱きつくので、牧は溜息をついて三井を抱き込むようにしてぽんぽんとあやすように三井の背をたたく。
「三井?」
しばらく三井をあやすように添い寝をしていたが、三井がうとうとし始めたので、漸く身を起こして、牧は三井から離れる。
コップを持って流しに行き、さっさと洗ってしまう。
三井の甘えっ子モードは、手におえない。
牧の構いたがり中枢を直撃するのだ。
普段はそんな風な甘えた様子を見せることはないのだが、酔っ払ったり今回のように熱を出したりすると、甘えっ子モードになってしまうようだ。
牧は、甘えっ子モードの三井を抱きしめてグリグリ構いたい気持ちがあるのだが、今日のような熱で潤んだ目を見せられて、そのうえ甘えられたら、彼の理性の針は限界まで振り切れてしまいそうだ。
思わず、バシャバシャと顔を水で洗い、気を引き締める牧だった。
顔を拭って、居間のソファに腰をおろした時、玄関のインタフォンがなった。
牧の実家と懇意にしている医師が往診にきてくれたようだ。
「先生、お忙しいところすみません」
「熱があるって?」
「はい、少し前に計った時は、38度5分ありました」
「それは辛いな。成人男性はあまり熱に耐性がないからね」
「はぁ」
医師は三井の診察を始めた。
風邪で、肺炎は併発していないとのことで、熱を下げるための点滴を入れることにする。
点滴が終わり、薬を処方して、医師は帰っていった。
どうやら点滴が効いたのか、少し熱が下がったようだ。
「まき…」
「どうした?三井?」
「喉かわいた…」
「わかった。すぐに持ってくるよ」
スポーツドリンクを再びコップに入れて、三井の元に戻る。
先ほどのように、三井を抱き起こしコップを渡す。
「熱が下がったようだが、汗をかいたようだし、身体を拭いてパジャマを着替えるか?」
空になったコップを受け取った牧は、三井に伺いを立てる。
「三井?」
「ん、そうする…」
「よし」
牧は、三井を横にして、まず、三井の着替えを用意してから洗面所に向かう。
タオルを数枚湯に浸して絞り、それを、三井の元に運ぶ。
「三井用意が出来たぞ」
三井のパジャマを脱がせ、身体を拭くのを手伝う。
牧は、邪な気分になりそうで、かなりの苦行を強いられたのだが、それでは、人でなしだと必死で耐えた。
パジャマを着せ替えて、すっきりさせた後、三井を再び寝かせつける。
とりあえず、脱いだパジャマとタオルを洗濯籠に入れにいく。
すこし、洗濯物が溜まっているようだったので、気を紛らわせるつもりで、この際洗ってしまうかと、牧は洗濯を始めた。
といっても、汚れ物を洗濯機に投げ入れるだけなのだが…。
三井の元に戻るのは、自分の忍耐を試す試練になるのがわかっているため、牧は洗濯機の前でじっと洗濯機の動きを見ていた。
「まき…」
洗濯機の前でぼんやりしている牧を呼ぶ声が聞こえた。
「三井?どうしたんだ」
三井が、少しよろめきながら、牧の元にやってきたのだ。
三井を抱きとめて、牧は三井の様子を見る。
「あ、あの…よ、トイレに行きたくなって…」
「あぁ、そうか」
牧は、三井を助けて、トイレに連れて行く。
終わったら声をかけるように言って、ドアを閉めてやる。
しばらくして、三井がドアから顔を出した。
ふらつく三井に肩を貸してやり、ベッドへ導く。
寝かしつけて、洗濯機の方に戻ろうとしたが、三井が牧のTシャツの裾を掴んでいるのだ。
「どうした?三井」
「あ、あのよ…。どうしてもそっちに行かなきゃ駄目?」
三井が、牧の目を覗き込んで尋ねる。
「い、いや…。そうではないが…」
「じゃぁ、こっちにいてくれよ」
「三井…」
牧は、三井の願いをかなえるべく、ベッドに添い寝する。
牧の懐に顔を埋めて一息つく。
「牧、ごめんな…。迷惑かけちまって…」
「何を言ってるんだ。こんな時はお互い様だろう?」
「でも…。さっきから、お前、なんか余所余所しいんだもんよ…」
「三井…。それは…」
「なんだよ…」
三井が顔を起こして、牧を睨む。
「そ、それは、今日のお前が妙に色っぽいから、ちょっと我慢がきかないんだよ」
「なんだよ、それ?お前、ちょっと変…」
三井が呆れたように、牧を見る。
「そうさ、ちょっと変なんだよ。だから、熱で寝込んでいるお前を襲う人でなしにならないように、ちょっと距離をおこうとしてるんだよ」
牧は、半ば自棄でそう自白した。
「まき…」
「頼むよ、三井。俺を鬼畜にしないように、大人しく寝てくれ」
「…あ、あの…」
三井が、牧の懐にしがみついた。
「?三井」
「ち、ちょっとぐらいならかまわねーぞ…。そ、その…汗かくのがいいってことだし…」
「三井…」
甘えっ子モードの三井に、くらくらして、お誘いを受けてしまった牧は、据え膳を戴いていいものか、かなり悩んだ。
しかし、潤んだ三井の目には勝てず、自分が暴走しないように大変な努力をしながら、三井のご所望に応えることにしたようだ。
しばしの時の後、満足気に眠る三井に、牧は、中途半端で放り出された感があり、溜息をついて三井の額にかかった髪を梳きあげてやり、止まった洗濯機の様子を見に起き上がった。
「頼むから、早くよくなってくれ…」
牧の切実な願いは、気持ちよく眠っている三井に届いたのかどうか。
三井が、風邪から復活するのまで、まだ、ニ、三日かかるようだ。
牧の我慢の日々が続く。
2003.6.15