「三井、誕生日おめでとう」

「ミッチー、ハッピーバースデー」

「めでたい」

ホールのイチゴショートケーキを中心に、リビングのローテーブルのお誕生席に座る三井に、牧や土屋、河田が声をかける。

「あ、ありがとう…」

子供のように、ケーキに立てられたろうそくを一気に吹き消して、照れが登り、うっすらと頬を染めた三井は、恥ずかしそうに返礼する。

去年の誕生日は、家族が祝ってくれたケーキもろくに食べなかった。

バスケ部に復帰して間もなくで、誰にも誕生日だといわないうちに、その日は過ぎていき、体力の無い三井は練習後のふらふらの身体で、ろくに食べ物も喉に通らず、バタンキュー状態だった。

一昨年は、グレていた。

何も考えてくなくて、ただ無為に日々を過ごしていた中で、その誕生日は、考えれば見た目よりもとてもやさしかった仲間達が祝ってくれようとしたが、そんなものいらないと突っぱねてしまった。

三年前は、病院だった。

たった一人で、白い病室で母が持ってきてくれた小さなショートケーキを食べた。

それを思い出して、三井の目からほろっと涙が零れた。

「うわっ?ミッチー、どないしたん?」

急に泣き出した三井に、周りが慌てる。

「ご、ごめっ…。なんでも、ね…」

涙を止めようと焦るが、そんな時に限って、涙は止まらない。

周りの慌てようが、なんだかおかしくて、三井は噴出した。

「な、なんやねん。笑ろてるやんか。泣いたカラスがもう笑ろたってやつか?」

泣き笑いの顔を、土屋がつつく。

「三井」

三井の反対側に座っているため、手が伸ばせない牧は、心配そうに三井に声をかける。

河田は、何も言わず、ぽんぽんと背中をたたく。

三井は、何となく幸せになって、涙をティッシュで拭い取る。

「なんでもねーって。もうだいじょーぶだから。さ!ケーキ喰おうぜ!」

明るく声を出すと、周りがほっと安心したように笑う。

牧が、ケーキを切り分けて、皿に盛り、三井に回してくれる。

一同はしばし無言でケーキを食べはじめる。

大学にそろそろ慣れてきて、楽しさも、苦しさもわかり始めた五月。

三井は、同居の牧と、バスケ部の友達土屋と河田の三人から、それぞれプレゼントを貰って、こうやってケーキを食べている。

なんだか、幸せで、目が潤んでくる。

でも、ここでまた涙を零すと、やさしい友達が慌ててしまうので、三井は涙が零れないように努力した。

大いに飲み食いしたあとでの甘いケーキは、なんだか子供の頃の懐かしい味がする。

ケーキを食べ終わると、土屋と河田が、珍しく早い時間なのに帰るといいだした。

慌てて席を立ち、二人を見送る。

「泣き虫ミッチー。旦那さんに可愛がってもらいや」

「な、なんだよ!その可愛がって貰えってのは!」

そう言うと、真っ赤になって、三井が反論するのも聞かず、三井の髪をくしゃくしゃにかき混ぜて、土屋と河田は帰っていった。

「なんだよったく…」

照れ隠しにブツブツ言ってドアを閉めると、牧がテーブルを片付け始めている。

「あ!牧、すまねー」

慌てて、手伝おうとするが、牧に風呂に入るよう言われる。

「今日は三井の誕生日なんだから、一日お客様気分でいればいいよ」

そう言って浴室に向かわされる。

「お、おう…。サンキュ」

三井は、一旦自室に入り着替えを持って、先に風呂に入ることにした。

身体をさっさと洗い、湯船にゆったり身体を浸ける。

「ふー」

なんだか、今日は昔のことを思い出してばっかりだ。

友達に祝ってもらう、幸せな誕生日は久しぶりだ。

確かに高校の三年間は、それどころじゃなかった。

今は、三井のことを気にかけてくれる恋人と、口が悪いが、自分を可愛がってくれる友達とに囲まれてなんだかほんわりとした気分だ。

湯船から出て、水気を取り、パジャマに着替えてリビングに戻ると、片づけを終えた牧が、冷えたミネラルウォーターを手渡してくれる。

交替で風呂にはいった牧を、ぼんやりとテレビ画面を見ながら、リビングで待つ。

カラスの行水の牧がリビングに戻ってきた。

「どうした?」

三井は、無意識に牧の顔を見ていたらしい。

牧が、不思議そうに三井に声をかける。

「なんでもねー。なんか、ほこほこしてるだけ」

「…?そうか?」

三井の座るソファの横に牧が腰掛ける。

三井は、なんだか甘えたい気分になって、牧の肩に額をつける。

牧は、いつもと違う三井に戸惑いながらも、三井の肩を抱き、ぽんぽんとあやすように叩く。

三井は、ぽつぽつと、高校時代の誕生日がどうだったのかを、牧に話し出した。

「だから、今日みたいに祝ってもらう誕生日って久しぶりだったんだ。なんかガキの頃に戻ったみてぇ…」

「そうか…。喜んで貰えてよかった。また来年も、再来年も、これからずっと三井の誕生日を祝ってやるから」

「これからずっと?」

「あぁ、三井がもういいというまで、ずっと祝いつづけてやるよ」

「牧…」

抱きつく三井の頭のてっぺんにキスをして、牧は三井を抱きしめる。

しばらく抱きついていた三井が、身体を離した。

「もう、寝る」

「そうか。おやすみ、三井」

三井が、自分の部屋に入っていこうとするのを、牧はソファで見送る。

三井は、部屋のドアの前で立ち止まる。

「三井?」

「な、なんで、ついてこねーんだよ!」

真っ赤になって、三井が牧に怒鳴る。

「すまん、今日は、三井はその気にならないかと思って…」

「その気ってなんだよ」

「いや…」

三井の部屋に入る。

かなり散らかった、部屋を見回している牧に、三井がベッドカバーを剥してベッドに座る。

「まき…」

「三井」

どうやら、据え膳のお誘いのような気配がして、牧はベッドに座る三井を抱きしめ、そっと押し倒す。

キスを仕掛けると、応えてくれる。

これはラッキーと牧は、次に進もうとした。

「牧、今日はありがとな、じゃ、おやすみ」

そう言うと、三井は、牧の懐に潜り込む。

つまりは、お誘いではなく添い寝しろというご命令だったようだ。

牧は、そんなことだろうと思ったと苦笑いをすると、ふーっと息を吐いて、少し身を起こし、布団をかけて三井を再び懐に抱く。

「おやすみ、三井」

しばらくもぞもぞしていたベッドの中から、間もなく健康的な二つの寝息が聞こえてきた。

三井の19回目のバースデーは、こうやって終わりを迎えた。

 

2002.5.22

 


 

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Revised: 2002/05/22 .