おやすみ東京EXA
「ん、やっ…。なんだよ、まき…、んっ…まだ、明るい…」
練習が急に休みになってしまった、週末の昼下がり。
牧と三井の暮らすマンションのリビングで、三井は、慌てていた。
なんだか、牧がいきなりその気になってしまった。
「なんだ、三井が誘ったんだろう?」
心外とでもいうように、牧が三井の首筋に口付けを落とし、彼のシャツを剥しながら胸元に顔を埋めていった。
「あっ!ば、ばかっ!跡つけんなよ」
「わかってるさ」
胸元の牧が、篭った声で三井の胸を舐めはじめる。
「んーっ!」
三井は何でこんなことになったのか、必死で思い出していた。
たしか、二人でテレビを見ていたはずだ。
番組は、サスペンス劇場の再放送だ。
ヒロインが姿の見えない犯人に追い詰められて、必死で逃げているシーンを見て手に汗握っていたはずだったのに、何で、自分はこうやって牧に圧し掛かられて、シャツはほとんど脱がされてしまい、今度はジーンズのボタンまで外されそうになってしまっているんだろうか?
確かに、シーンが白熱していて、恐怖で牧の腕に抱きついて恐々見ていたことは認める。
ちょっと怖くて、情けなくも涙目になっていたのも、認めよう。
しかし、牧に押し倒されるような、ましてや自分から誘ったなんてことはないはずだ。
理不尽な気がしたが、だんだん息が上がってしまい、もう、どうにでもなれという気になってきてしまった。
牧の愛撫に身を任せようと、抵抗を止め、力を抜いた。
牧は、その気になった三井に、満足そうに微笑む。
無理やりより、合意で致すほうが、いいに決まっている。
まぁ、怒った三井もそれはそれで色っぽくてくらくらするんだが、こうやって牧の首に手を回し、潤んだ目でキスに応えてくれる三井は、それはもう、メロメロになってしまうほど、可愛らしい。
今日の三井は可愛かった。
涙目でしがみついてくる三井にクラクラしてしまった牧は、それを自分なりの都合のよい解釈で、お誘いと自己判断して、コトに及んだようだ。
本格的に三井を味わうべく、三井の着衣を全て剥ぎ取り、自分もシャツを脱ぎ捨てて、再び三井に圧し掛かろうとしたその時、無常にも部屋のインタフォンのベルが鳴り響いた。
「な、なんだ?」
三井が驚いて、牧に抱きつく。
「宅配便かな?」
三井を抱きかかえて、牧はドアを見る。
「あ、ど、どうすんだ?」
「無視すればいいだろう?時間を改めて来て貰おう」
牧は再び、三井の注意を自分に向けるべく、三井の項に顔を埋めた。
しかし、ベルを押す相手は引き返そうとしない。
しつこく何度も何度もベルを鳴らす。
「まきー」
三井が、もう勘弁してくれというように、牧を見る。
牧も大きく溜息をついて、今脱ぎ捨てたばかりのシャツを羽織り、三井の肩に剥ぎ取ったシャツをそっと掛けてやりインタフォンに向かう。
「はい?」
「こらー!おるんやろ!さっさとここ開けんかいな!」
その声の主を思い描いて、牧はがっくりと肩を落とした。
今日は来襲もなく、せっかく三井といちゃいちゃ出来ると思っていたのも、儚い夢だったということか。
「わかった、今開けるよ」
そう言うと、羽織ったシャツのボタンをはめ、背後の三井を見る。
三井は、慌てふためいて、服を片手に自室に駆け込むところだった。
三井が部屋のドアを閉め、しっかり鍵を掛けたことを確認して、牧は部屋のドアを開けた。
ドアの向こうには、牧と三井の所属するバスケ部の部員、土屋と河田、そして、一年後輩になる仙道が立っていた。
牧が溜息をついて玄関から身をずらすと、彼らは室内に入ってきた。
「あー、暑かった。なんか、春とは名ばかりで、暑い日ィ続くなぁ。えらい、玄関先で待たされてイライラしたわ」
傍若無人にズカズカと部屋の中に入り込んだ土屋は、牧に申し訳程度の酒と肴のはいったスーパーの袋を牧に渡し、直前まで牧と三井が甘い時間を過ごそうとしていた、ソファの上にどっかりと腰を下ろす。
河田も、その横のソファに我が物顔で座る。
仙道は、キョロキョロと三井を捜しているようだったが、とりあえず、フローリングの床に敷いたラグの上に腰を下ろした。
牧は、手渡された酒と肴に、牧たちの買い置きを追加するつもりで、キッチンに向かう。
「ミッチーはどうしたん?」
土屋はキッチンの牧に尋ねる。
「部屋で寝てるんじゃないのか」
「なんや、不健康やん。もしかして、ジブンが昨夜離したらんかったんか?」
「馬鹿な…。三井は、大事に扱っているぞ。今は健康的に昼寝中だ」
牧が、いうこともきかず、土屋は、三井の部屋の前で、ドアを叩きはじめる。
「ミッチー!酒盛りすんでー。出てこんかったら、明日、あることないこと言いふらすで」
ドアを叩きながら土屋は三井に声をかける。
「な、なんだよ!あることないことって!?」
三井が、ようやく服を着て自室のドアを開ける。
「よ!」
土屋が三井に挨拶する。
「なにが、よ!だよっ!どういうことだ?」
「んー?そりゃ、真昼間から、三井君は誰かといちゃいちゃしてるんやとか、そういうことかな」
「だ、誰がいちゃいちゃいしてるんだよ!」
「ほー、その首筋の情熱のキスマークは誰につけてもろたんかなー?」
ニヤニヤ笑って、土屋は三井の首筋をつつく。
牧や、周りにいる河田や、仙道には、キスマークは見えなかった。
あたりまえだ、牧は、三井を慮って跡をつけないようにしていたのだから、つくはずはない。
しかし、それは、三井にはわからないことだ。
牧は嫌な予感がして、三井に声をかけようとしたが、案の定、三井のほうが早く口火を切ってしまった。
「ま、牧!だから、跡つけんなって…!」
「三井…」
抗議に、キッチンにやってきた三井を、牧は困惑顔で迎える。
「ふふーん。やっぱり、真昼間からやることやっとったんやねぇ」
にやりと土屋が笑った。
「え?な、なんで?」
三井は担がれたことに気がついていない。
「何にもついてないよーん。さぁ、牧、ご馳走だしてもらおか。この間実家から送ってきた高級ハムと洋酒のボトル、出してもらうで。口止め料やと思たら安いもんやろ?」
真っ赤になって担がれたことに気づいた三井と、諦めて溜息をついた牧の甘い時間はこうして終わりを迎えた。
その日、土屋達は一晩中酒盛りを続け、牧たち二人の食料と酒を食べ尽くして、翌朝の日曜、意気揚揚と帰っていった。
見送る、牧と三井はには、二人きりになったからといって、もう、甘い時間はその日は降りてこなかった。
そして、その日以後、三井は、陽の高いうちに、牧がいくら仕掛けても二度と応じてくれることはなかったということだ。
ご愁傷様。
2002.4.22