「で、何が欲しいんだ?」
甚八と名づけられた大きな熊のぬいぐるみを、両手に抱えてソファに転がり、テレビの画面に集中している同居人に、牧は声をかけた。
「ん?なに?」
話が、見えずに三井は、きょんと牧を見上げた。
牧は、せっかく今まで話してきた事が、まるで伝わっていなかったことに気づいて、ため息をついた。
「だから、もうすぐお前の誕生日じゃないか。何か希望のプレゼントはないのかと、尋ねたんだが」
「え?ラッキー!なんでもいいのか?」
がばっと起き上がって、三井は嬉しそうに牧を見上げる。
「何がいいかな」
「あまり高額なものは勘弁してくれよ」
三井は、甚八をじっと抱いて、考えているようだ。
「甚八は抱き心地いいんだけど、夏になると、暑くなんだよな…。牧、牧!俺、夏用の抱き枕が欲しい」
三井は、心に決めて、牧に注文した。
「なんだ、抱き枕など買わなくても、俺に抱きついてくれれ…」
牧が全部言わないうちに、三井は、一抱えもある大きな熊のぬいぐるみの甚八を牧の顔めがけて投げつけた。
「夏は暑苦しいんだっていってるだろ!」
冬だって、甚八ほどには抱きついてくれないくせに、と、言いたかったが、ぐっと我慢して、牧はぬいぐるみを三井に返す。
「わかったよ。籐でできた抱き枕や、水が中に入っている枕なんかが売っていたと思うから、探しておくよ。なにか、特に希望するものってあるか?」
「なるべく硬くねーのがいい」
「わかった。それから、当日何か食べたいものはあるか?たぶん、土屋たちが押しかけて宴会になると思うが…」
「んー。そうだ!俺さ、昔から、一度でいいから、どんぶり一杯のプリン食ってみたかったんだ!」
「…わかった。どんぶりプリンだな。ケーキは、ホールのイチゴショートでいいのか?」
「うん!イチゴショートなら、○二屋のがいい」
「よし。それじゃ、明日予約を入れておくよ」
「へへっ!楽しみだなぁ。どんぶり一杯のプリン…」
三井は、熊のぬいぐるみを抱きしめながら、うっとり呟く。
牧は、明日にでも、作り方を誰かに聞かねばと、記憶の中で人脈の総ざらいをしていた。
5月22日。
「三井。買い物してくるから、先に帰っていろ」
たまたま、クラブの練習が早く終わったため、三井と、牧、土屋、仙道と河田は、牧たちの住むマンションに向かって帰るところに、牧が、三井に声をかけた。
「うん」
土屋と牧が、買い出し組となり、残りの3人は部屋に向かった。
部屋に戻った、三井たちは、宴会が出来るように、セッティングをはじめる。
用意が終わって、部屋で待機していると、三井の電話が鳴った。
「もしもし?」
三井が、受話器を取ると、相手は、土屋だった。
『あ、三井?今な、駅前の市民病院にいるんや。牧が事故に巻き込まれてな、救急車に乗せられてしもて、今、病院に着いたとこやねん』
「な、なんだって?」
三井は、土屋の話に、愕然とした。
牧が、事故に巻き込まれた、という。
三井が掴んだままの受話器を、河田が引きき取り、内容を聞き取った。
「いかなきゃ・・・」
三井は、とにかく病院へ行こうと、部屋を、走り出た。
「三井さん」
仙道が、慌ててついてくるが、それを待たずに駅前の市民病院を目指す。
駅前の市民病院は、徒歩で、数分の道のりだ。
「!」
入り口から、ロビーを見渡すと、土屋が見えた
「土屋!牧は?」
駆け寄って、問いただすと、土屋は顎で、指し示した。
「そこ」
そこには、子供を抱いて、座っている牧がいた。
「!牧!大丈夫なのか?」
三井は、近づいて声をかける。
「三井?どうしたんだ?」
牧は、きょんとしている。
「それはこっちが聞きたいぜ!救急車で運ばれたって聞いたから、どんなに心配したか」
「あぁ、すまん。実は…」
牧が、話すことには、三井たちと別れてすぐに、子供が、ボールを追って、交差点に飛び出していくのに遭遇してしまったらしく、あいにくその交差点に車が突っ込んでくるのが見えたため、牧がとっさに子供を庇って飛び込んでいったとのこと。
車には接触しておらず、受身を取ったので、何処にも打ったところも無いようだが、念のため、診察を受けるよう言われて、呼ばれた救急車に乗せられてしまったらしい。
「とりあえず、手の甲をすりむいたんで、応急手当はしてもらったんだが…」
今は、検査を待っているところなんだという。
「じゃぁ、なんとも無いのか?」
「あぁ、この通りぴんぴんしてるよ」
「そ、そっか…」
三井は、緊張が解けて、その場にへなへなと崩れ落ちた。
「三井?」
「心配したんだぜ…」
「すまん」
牧は、三井を抱きしめたいのだが、腕に子供を抱いているため、それもままならず、ちょっと困った顔をした。
「で、その子の家族はどうしたんだ?」
「あぁ、今、電話で呼んでもらっているから、そのうち来るだろう」
「そうか」
看護婦が検査だと、牧を呼ぶので、牧は、子供と一緒に検査室に入っていった。
その診察の間に、子供の母親らしい女性がやってきた。
しばらくして、牧が戻ってくる。
「どうだった?」
「あぁ、別に異常なしだ」
子供を女性に渡しながら、牧は答える。
受付で、精算をして、牧は漸く解放された。
礼を言う、女性と子供と別れ、牧は、三井に声をかける。
「すまん、ずいぶん遅れてしまったが、今から、ケーキを受け取りに行って来るから、部屋で待っててくれるか?」
「お、おう…」
再び、牧と土屋が、ケーキ屋に向かっていくのを見送ったあと、仙道と三井も部屋に帰るべく、来た道を戻っていった。
「無事でよかったですね」
「おう、ほんとに、どうしようって、目の前が真っ暗になっちまったぜ」
部屋に戻って、待っていた河田にも事情を説明する。
どうやら、河田は最初に三井が土屋からもらった電話を、変わりに聞いて、内容はわかっていたらしいが、説明する前に、三井が飛び出していったので、仕方なく、留守番をしていたようだ。
「ったく、ミッチーはアワテンボだべ」
「うっ…」
河田にからかわれながら、牧たちを待っていると、しばらくして、二人が戻ってきた。
漸く、三井の誕生日パーティーが始まった。
パーティーといっても、ひたすら買い込んだ食糧と酒を胃袋に収めるのが、主の宴会だ。
途中で、牧が、三井のために作ったどんぶりプリンも披露されて、三井は、満足げにプリンを堪能した。
食料をあらかた食べ尽くして、土屋たちが、帰っていった。
「やれやれ。こっちは後片付けをしているから、三井は先に風呂にはいったらどうだ?」
「う、うん…」
三井は大人しく、牧の指示に従う。
三井が、風呂に入っている間に、ざっと洗い物を片付けた牧が、三井と入れ替わりで風呂に入る。
リビングで三井がぼんやりしていると、牧が、風呂から出てきた。
「そうだ、三井。ちょっと待っててくれ」
そう言うと、牧の部屋に入っていき、大きな包みを持って戻ってきた。
「ほら、希望の抱き枕だ」
「あ、ありがと」
包みを開けると中に水の入った抱きごこちはプルプルなイルカの抱き枕が入っていた。
「じゃぁ、おやすみ、三井」
牧が、三井の額におやすみのキスをする。
自分の部屋に入ろうとする牧の、パジャマの裾を三井が掴む。
「?…三井?」
俯く三井に、牧は、破顔して、がばっと、抱きしめる。
そのまま、牧の部屋に三井を引っ張っていき、ベッドに座らせる。
隣に腰をおろして、牧が三井の方を抱く。
「今日は、心配かけちまったな」
「…ん」
「大丈夫だから」
「うん…」
牧は、三井にキスを仕掛けて、そのままベッドに横たえる。
「まき…」
三井が、力を抜いて身を委ねたので、牧は、三井をいただくべく、三井のパジャマを、ゆっくりと剥ぎ取っていった。
そして、その夜…。
思いのほか、素直に牧のいいなりになる三井に、牧が暴走してしまいそうになるのを、必死で自制したらしく、三井の誕生日の夜は穏やかに過ぎていった。
2001.5.22