「こ、こんなの着るのか?」
バスケット部員新二回生一同は、衣装の山の前で唖然としていた。
「さぁ、さっさと自分の衣装を取って、着始めてや。和服の着付けと化粧は、こちらのお姉さん方がしてくれはるからな」
土屋は、元バイト先のお兄さん(お姉さんになってしまっているのか)たちを助っ人に連れてきていた。
助っ人達は、てきぱきと、彼らに和服を着付けていく。
「三井?」
下着から、コルセット、広がるドレスまで、一式を目の前にして、三井は衣装の山の前で、途方にくれていた。
「これ、どう着るんだ?」
「待ってろ、ちょっと聞いてくる」
牧は、助っ人の所に行って、三井の衣装のつけ方を、たずねている。
どうやら手伝ってくれるようで、助っ人を連れた、牧が戻ってくる。
三井が、コルセットの締め付けを受けて、フラフラになりながら、着付けを終わり、化粧をしてもらい終わったのは、一番最後だった。
「三井、大丈夫か?」
アラブの民族衣装を身に纏った牧が、三井のところにやってくる。
「牧ィ…。苦しい…。息できねぇよ」
三井が、牧に訴える。
「少しの辛抱だからな」
「さーて、みんな終わったな?ほな、いこか」
スリットがギリギリまで入っている腰に手を当てて、周囲を見ている真っ赤なチャイナドレスの美女がそう言って一同を促した。
「土屋か?」
三井は、土屋の変身振りに驚いて、回りを見渡した。
そこには、可愛い女子高生や、色っぽいバニーガール、凛とした花魁が、その横に立つものすごい迫力のオカマバーのママの視線から逃れたくて居心地悪そうにたっていた。
「みんなスゲー嵌ってるじゃん」
「おおきに。そういう、ミッチーもめっちゃ似合うとるで」
そういうと、にっと笑った土屋は、一同に勧誘コーナーへ向かうよう再度促した。
ぞろぞろとキャンパスのホールへ通じる通路の一角に設けたテーブルに向かう。
「なんか、思い切り注目されてないか?」
一同の中で、一番小柄な田村が、セーラー服の短いスカートの裾を気にしながら呟く。
「ソリャ、この格好は目立つだろうな」
花魁の衣装で、足元が不安定で歩きにくそうな、長身の森本が答える。
「目立つのが狙いなんだから、仕方がないとはいっても、この格好は、親に見せられねーよ」
ウサギの耳を振り振り諦め顔で歩く清水が、大きなため息をついた。
衣装をつける前にセッティングしておいたテーブルを前に、パイプ椅子に腰掛け1回生を待つ。
「三井、その状態でシュート打てるか?」
牧が、心配そうに三井を見る。
「ん?そうだな…。多分大丈夫だと思うけど」
少しなれてきたのか、三井の機嫌も少し上向いているようだ。
三井はウエストのきゅっと締まった衣装を着ている。
化粧で、普段の顔から、いっそう、彼の母や姉に似てきて、かなりの美女に仕上がっている。
「えぇか?三井。ステージでまず、シュートの前にお辞儀するんやで」
土屋がそう言って、スカートを軽くつまんで膝を少し折るお辞儀をして見せた。
「可愛らしくするんやで」
妖艶なチャイナ美人が、フランス人形に顔を近づけてにっと笑う姿は、なかなか怪しい雰囲気で、周囲の注目を一心に浴びていた。
「み、つ、い、さーん!」
そのフランス人形の背後から、いきなり抱きつく能天気な声の主が現れた。
「どわっ!せ、仙道?」
「どうしたんです?この衣装。すごく可愛いじゃないですか!それに他の先輩方もなかなかお美しい。いやー、目の保養ですねぇ」
そう言うと、もがく三井を今にも頬摺りせんばかりに一層抱きしめた。
「なんや、はようホールに入りや。俺らも、もう少ししたら舞台袖にいくんやで」
「そうだ、さっさと決められた席につけ」
仙道から三井を取り戻して、、牧がしっかり腕の中に三井を取り込む。
「わかりましたよそれじゃ、先輩方失礼します」
そう言うと、仙道はホールへと向かっていった。
「やはり油断のならない奴…」
仙道を見送って、牧がこぼした。
「あーびっくりした…」
三井が、牧の腕の中で、ほっと力を抜いた。
「こらこら、そこ、いつまでもいちゃついてるンとちゃうで。さっさと離れンかいな」
三井が慌てて、身体を牧から離す。
牧と三井が、付き合っているのは、土屋と河田が知っているだけだと、三井は思っているが、本当のところは、他の3人も知っているかもしれない。
三井の、何気ない仕草が、牧に甘えていると取れなくもなく、同郷とはいえ、ルームメイトになることから考えても、何となく怪しいと思っているような気配を牧は感じ取っていた。
今も、ふと、視線を彼らに移すと、何となく居心地悪そうに目配せをしているのがみえた。
牧自身は、ばれようが何ともないのだが、細かいことが気になる三井には、心臓に悪いかもしれないと思い、牧は彼らが、三井から見えないように体の位置をずらした。
「さぁ、ぼちぼちいきましょか?」
土屋が、一同を促して、ホールへと向かう。
舞台に、牧と河田が、簡易ゴールポストを押し出してくると、固定する意味で、森本、田村、清水の3人がポストの足元に腰をかける。
「えー、みなさん、こんにちわー。バスケットバール部でございます」
マイクを片手に、土屋が、にこやかに挨拶をする。
「NBAのおかげで、バスケもかなりメジャーになってきましたが、まだ、競技人口はそう多くありません。で、わが部も、さほど部員が多いわけではないので、こうやって、新入生の皆さんを勧誘にやってきました。身長の高い方は、ダンクシュートを、さほど高くない方は、ロングシュートをマスターしてみませんか?部員一同、初心者の方も懇切丁寧にご指導いたします。もちろん、経験者も大歓迎。そのうえ、今回は、女子マネージャーも熱烈大歓迎でございます。興味をお持ちになられた方は、ホールを出た先に、バスケ部のコーナーがありますので、ぜひお立ち寄りください。さて、こうやって、しゃべっているだけでは、バスケ部らしくないので、ほんの少しですが、デモンストレーションでもご披露しましょう。まずは、バーのママさんの豪快なダンクシュート。そして、可愛い女王様のロングシュート5連発です。うまく決まりましたら拍手の程お願いします」
そう言ってウインクして舞台の横に控える。
はじめに、牧と河田が舞台中央にやってきて、牧がドリブルを軽くしながら、ゴールポストに近づき、着物の裾をからげてゴール下に走りこんできた、河田にパスをする。
河田はパスを受けて、ダブルハンドのダンクシュートを豪快に決める。次にワンハンドダンク、を同じように決め、最後に牧のパスでアリウープを披露した後、一礼して舞台を去った。
そして、舞台の反対側に三井が現れて、先ほど土屋に教わったように可愛くお辞儀をした。
三井はゴール下にいる牧から、パスを受けて、あっさり部隊の反対側にあるゴールにシュートを決める。続けて合計5本、すんなりとシュートを決めて、再び可愛くお辞儀をして、舞台を降りた。
舞台に残った牧と、ゴールポストを支えていた3人が軽く一礼してゴールポストを舞台袖に引き込んで舞台を降りる。
「はーい。いかがでしたか?バスケ部のデモンストレーションでした。ホールの外で待ってますから寄ってくださいね」
そう言うとにっこり微笑んで一礼し、ついでに投げキッスを投げて、舞台を降りた。
「ほんとに来るのかなぁ」
元のテーブルに戻って、一回生が、ホールを出てくるのを待つ。
「これまだ着てるわけ?」
「一回生が全員通り過ぎるまでは、そのままや。あっ!こら、おまえら、股広げて座るんやないで!」
そうこうするうちに、一回生がホールから出てきた。
やはり効果があったのか、数名の入部希望者がやってくる。
そして、能天気な声も聞こえてくる。
「みついさーん」
「なんだ、仙道。お前はもう入部届を出してるから別に今日はこっちにこなくてもいいんだぞ?」
「そんなつれないこと言わないで下さいよ」
「つれなくなんてないそ。今日は自主練の日だからって、お前がサボっていいとは限らないんだからな」
「三井さんたちはどうするんですか?」
「俺?、俺は、勧誘が終わったら着替えて練習に出るぞ」
「ほんとうですか?」
「こんなことで嘘ついてどうするよ」
「わかりました。じゃ、俺、先に体育館にいって待ってますね」
そういうと、仙道は、三井の右手を取り、手の甲にキスをした。
「ば、ばか!何すんだよ!」
「今の三井さんの衣装に合わせたんですよ。今の俺はフェルゼンの気分なんですから。じゃ、先に行ってますね」
仙道は機嫌よく、部室のほうに歩いていった。
「ったく、油断も隙もないな」
牧が、三井の右手を取って両手で包み込むようにする。
「フェルゼンってなんだ?」
「ベルばらのアントワネットの恋人だよ。スウェーデン大使の」
「あいつ良く知ってるよな」
「確かに、この衣装を見てアントワネットだとわかるのが、すごいな」
「すごいのはわかったから、お前らも、手ぇ握ってンとこっちきて、受付手伝わんかいな」
土屋が手を腰に当てて凄んでいる。
「う、すまん!」
あわてて、牧が受付の手伝いに入る。
「ほんまに春やからって、ぼんやりしすぎやで。ほら、ミッチーも、そっちのマネージャー希望のお嬢さんの受付せんかいな」
「お、おう!」
新入生の勧誘会は、盛況の内に終了し、推薦組5人と一入部が10人、女子マネージャーが3人新たにバスケット部に加わることになった。
おまけに、仮装のパフォーマンスのせいか、バスケ部にはアラブの王族の子息が留学していて、ハーレムを作っているとか、女王様を巡って熾烈な争いをしているとかいった、変な噂がしばらくの間流れていた。
また、三井周りでは、新たに入った一般入部の部員の中で、親衛隊が発足し、そのグループ名が、『アントワネット様をフェルゼンとアラブの王族から守る会』といい、そのネーミングが気に入った土屋が、名誉会長に就任したりと、なかなか、心休まらない状態になっている。
一方アラブの王族の仮装が、正装と言われた牧には、国に帰るときにぜひ、ハーレムに連れて帰って欲しいというお嬢さんたちがアタックをかけて来て、三井の機嫌を損ないかねないため、この状態から、抜け出すためにどうしたらよいのか、頭を悩ます結果となっている。
三井と牧が落ち着いて暮らせるようになるのはいつの日だろうか?
1999.5.5初稿
2001.6.3改稿