☆ 朝
「みーつーいーさーん。あさですよー」
合宿所の朝、5号室に今一暢気な目覚ましの声が聞こえる。
「んーっ…」
起こされている彼、三井は、なかなか起きようとはしない。
「早く起きないとまた桜木が来ちゃいますよー」
困ったなと言うように、声の主、仙道は眉を顰める。
「いいんですかー?ちょっと強引に起こしちゃいますよ?」
言うが早いか、仙道は、三井が頭まで潜り込んでいる上掛けをはがし始める。
三井の頬をぺちぺちと叩くと、一層布団の中に潜り込もうとする。
その姿が、子供のようで、なんだか可愛いと、仙道は思った。
「三井さんてば…。そんなに可愛いと、オレ歯止め効きませんよ」
仙道は、上掛けの下に潜り込もうとする、三井の顔を両手で包み込むように捕まえ、自分の方に向けると、おもむろに口づけた。
ついばむようなキスでなく、ディープなキスを、ほとんど意識のない三井に仕掛ける。
「ん…?んーっ!」
三井が、息苦しくて、ようやく意識を浮上させる。
今何がどうなっているのか解らない状態で、息苦しさだけは、確実に増している。
眼を開き、目の前に仙道のアップを見つけて、驚いたように顔を背けようとして、やっと、自分が今、仙道とキスをしているのだという事が解ったようだ。
仙道の胸を叩くが、力が入らない。
息苦しさは、募る一方で、三井は夢中で仙道の頭に手をやり、彼のトレードマークの堅く固めた髪を掴むと後ろに精一杯引っ張った。
「いたたっ…」
ようやく仙道が三井から離れた。
「酷いなぁ、三井さん。髪の毛抜けちゃうかと思いましたよ」
しらっと答えて、仙道は、頭をさすっている。
「三井さん?起きてますよね?」
三井は、返事をする気力もなく、ぐったりとベッドに伏せっている。
「やだなぁ、寝ちゃったらまた起こしますよ?」
仙道が、三井の肩に手をやりうつぶせている三井を抱き起こし、再び口づけようとした。
「ま、まてーっ!わかった!起きたよ!センド…っ!」
三井が、抗議しようとした矢先、今度は軽くキスをする。
「そんなに嫌がらなくったって良いでしょう?つれないなぁ…」
「起きたっていったろっ!なんできかねーんだ?」
「今のは、三井さんへのおはようのキスですよ」
「へ?」
「わかりませんでした?それじゃ、もう一度」
「いや、待て、仙道!わかった、わかったって!おはようのキスな、うん、うん、OKわかったって」
迫る仙道の顔を思いきり手で押して、必死でガードをする。
「何もそんなに嫌がらなくても…」
不満そうに仙道がこぼすが、三井は、あえて、無視をして、仙道から離れてベッドから降りた。
洗顔道具をバッグの中から探し出し、立ち上がる。
「顔洗ってくる」
そう言うと、三井は、部屋を出ていった。
「なんだ、つれないなぁ…三井さんってば…」
残された仙道は、肩を竦めて、パジャマから着替えることにした。
一方、三井は、焦っていた。
『うひゃーっ、なんで、仙道ってば、あんなに強引なんだよっ!夕べは、結構しおらしくてかわいげがあったのにっ…』
このままでは、主導権は仙道に握られっぱなしだ。どうしたものかとあれこれ考えを巡らすが、寝起きの回転の悪い頭では、良案は浮かんでこなかった。
洗顔を終えて、部屋に戻る途中で、赤毛の後輩に会った。
「ふぬっ?ミッチー、もう起きたのか?」
驚いた顔をする桜木に、ちょっとむっとした。
「俺だって、起きるときゃ起きるんだよ」
そう言って、まだ首をひねっている桜木を残して部屋に戻る。
「ったく桜木の奴、俺が、何も出来ねぇガキだと思ってんじゃねぇか?」
ぶつぶつ言いながら部屋のドアを開けると、仙道が三井に抱きついた。
「こら、仙道、放せよっ!」
「いやです。三井さんがおはようのキスしてくれるまで、放しません」
「ったくもう…。どうしたんだよ。今朝から、なんか変だぞ?」
三井は、溜息をついて仙道に向き直り、仙道の肩に手をやってやや背伸びしながら、軽く唇をあわせた。
「したぞっ!」
さっさと仙道の腕から逃げようと、三井は、じたばたと暴れる。
「そんなに嫌がらなくっても良いじゃないですか…。そんなにオレがいやなんですか?傷ついちゃうなぁ」
「馬鹿言ってろっ!俺は着替えたいんだよ!せっかくお前が起こしてくれたのに、遅刻しちゃ元も子もねぇだろうがっ!」
「そうですね。それならそうと言ってくだされば…」
そう言うと、仙道は、三井を抱き込んでいた腕の力を抜いて、三井を放してやった。
「おう、じゃ、俺、着替えるから」
背を向けた三井に、仙道は後ろから腕を回し、三井のパジャマのボタンを外し始める。
「仙道?」
「オレもお手伝いしますよ」
「せんどーっ!!」
「いやー、一度こういうのも、やってみたかったんですよね。なんか、恋人って感じでしょ?」
「そ、そりゃそうなんだけどよ…。できたらさ、俺は、ちょっと勘弁して欲しいんだけど…」
「そんなに、いやですか?オレにこういうことされるのは…」
悲しげな声で仙道が呟き、三井のパジャマから手を離した。
「せんどー?」
うつむき加減で、三井を見ようとしない仙道を見て、また落ち込んでしまったのではないかと三井は思った。
『なんだってんだよ。こいつ、情緒不安定なんじゃねぇ?でも、こいつに落ち込まれたら、練習がはかどらねーし…』
三井は、溜息をついて、不本意ながら妥協することにした。
「わかったよ、仙道…。今日だけな。今日だけなら、それ、してもいいから…」
三井さん…と呟いて、顔を上げた仙道は、にやりと笑って、三井の正面に回り込み、パジャマに嬉しそうに手をかけた。
「せ、せんどーっ!もしかして…。テメー、ひっかけやがったなっ!」
「ひっかけたなんて、人聞きの悪い。オレは、気持ちを忠実に態度に現しただけですって。三井さんが優しい人で良かったです」
そう言いながら、三井のパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
全て外し終えて、パジャマの中にそっと手を入れ、三井の肌に触れながら、パジャマをずらして肩から落とそうとする。
「ひ、ひゃっ…!か、勘弁してくれって!俺躰触られんの弱いって…!」
三井が我慢できずに仙道を引き剥がそうとする。
「うーん…。だめですか…。さびしいなぁ。じゃ、これだけね」
そう言うが早いか、仙道は、三井の鎖骨に唇を当て、紅い痕を付けた。
「せんどーっ!何すんだよ!これって…!」
「三井さんに、変な虫が付かないようにおまじないです」
「おまじないって…」
お前が一番変な虫なんじゃないかと思いながら、三井は脱力してしまった。
仙道は、にこにこしながら、さぁ、さっさと着替えましょうと、脱力している三井にスウェットを手渡した。
昨日と異なり、何か吹っ切れたような仙道は、三井にとって、厄介大王にしか見えない。本当にこいつが好きなのかと自問自答するが、嫌いだという気持ちがわかないことに気付いて、より一層混乱する。
『ま、しかたねーか…。情けねー仙道よりゃましか…』
とにかく心を落ちつけて、バスケだと、三井は気持ちを入れ替えた。
その日、代表メンバーは三井の胸元のキスマークを見る度にペースを乱されてしまい、集中力ががた落ちとなってしまった。
三井のキスマークの相手が誰か、知りたくもあり知りたくもなしという彼らの心の葛藤は、国体まで続いたという。