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☆ 海にいこう!


 静岡遠征から戻って帰宅した三井は、家族総出の出迎えを受けた。
 「ちゃーちゃん!」
 両親と、帰省している姉夫婦、そしてその息子(三井の甥っ子になる)が、玄関で、お出迎えである。
 「なっ、なんだよ?何かあったのか?」
 あまりのパワーに圧倒されて、三井は、一瞬びびってしまう。
 部屋に荷物を置いてまといつく甥っ子をあやしながら、ドアを開けた瞬間に日常に戻ってしまった我が家で、旅の思いを三井は心の隅に追いやる。
 「あ、そうだ、ほら、おみやげ」
 ドラムバッグから、静岡の駅で買った新幹線のおもちゃを甥っ子に渡す。
 「ちゃーちゃん!ありがと!」
 おもちゃを胸に抱いて喜ぶ甥っ子に、三井はほっとした。
 内心、こんなチャチなおもちゃで、喜んでもらえるか不安だったのだ。
 大好きな三井にもらったものなら何でも宝物なのだから、気にすることはないのだが、三井は、今一つ甥っ子の心理をわかっていなかった。
 彼を連れて、土産のお茶の葉っぱを手に、リビングに向かう。
 静岡の新茶を家族で味わっているとき、電話が鳴った。
 「ちゃーちゃん、牧さんからよ」
 三井は、部屋に戻って子機をとる。
 「おう、牧。どうした?」
 (そろそろ、遠征から戻ったんじゃないかと思ってな)
 「するどいなぁ」
 (まぁな…。ところで、明日も練習か?)
 「イヤ、明日は、調整日って事で休みだけど…?」
 (そうか…。それなら明日、、逢えないか?予定があるなら良いんだが…)
 「明日か…。甥っ子を遊びに連れてってやるって約束しちまったんだ」
 (そうか…なら仕方ないな)
 牧の残念そうな声に、三井の頭に、ふと名案と思えるものがうかんだ。
 「牧、お前、子供苦手か?」
 (イヤ、さほど苦手じゃないが?)
 「それなら、お前もこねぇ?海に行くだけなんだけどよ」
 (いいのか?)
 「おう、チビと二人だと、目が離せねぇから、実は連れがいた方がいいんだ」
 (なら、行くよ)
 「そうだ、お前、練習無いのか?」
 (ちょっと、明日は体育館が使えなくてな、急な休みなんだ。こんな時期に呆れるだろ?)
 「うちも、休みだからよそ様のことはいえねーよ」
 (それじゃ、明日どこで待ち合わせるんだ?)
 「そうだな、確か△△の駅が、お前ん所だったっけ?」
 (あぁ)
 「なら、9時頃にホームに行くから、待っててくれよ」
 (わかった。そうするよ)
 「じゃぁな、またあした」
 (あぁ、おやすみ、三井。また明日)
 「おやすみ」
 話を終えて、三井は、居間に戻り、明日、牧も海に行くことを告げる。
 母や、姉は牧という三井の新しい友人に興味を持って、海までついて行きたがったが、それだけは拒否した。
 翌日の約束の為に、三井は、早々に躰を休めることにした。
 
 「おはよう、三井」
 海南の最寄り駅のホームで、牧が待っていた。
 ラフなシャツとジーンズをきた牧は、どう見ても高校生には見えない。
 「おはよ。こいつが、甥っ子のノリト。祝う人って字を書くんだ。祝人、俺の友達の牧だ。」
 三井は、甥っ子に牧を紹介する。
 「祝人君か、よろしくな」
 牧が、子供の目線までしゃがんで、手を差し出す。
 「よろしく…」
 祝人は、恥ずかしそうに、牧の手を取り、三井の顔を見上げる。
 「なんだか、三井によく似てるな」
 「あぁ、なんかそうらしいんだ。俺と姉貴が割と似てるからだろうけど、旦那さんも結構よく似たタイプだし…」
 三井の父母も親族での結婚だったためか、かなり三井と義兄と姉は似ていた。
 そのため、その子供である祝人も、三井の子供の頃によく似ているともっぱらの評判だった。
 「さ、いくか?」
 三井は、甥っ子と、牧の対面が、割とうまくいったので安心した。
 実は、泣かれたらどうしようと不安だったのだ。
 『牧ってば、妙に迫力あっからな…。それに高校生に見えねーし…』
 幸い、甥っ子が、泣かずにいてくれたので、牧を誘った手前、礼を失することが無くてよかったと、胸をなで下ろした。
 電車に再び乗り込んで、近くの海水浴場に向かう。
 「あ、そうだ、牧、これ」
 三井は、背中に背負ったリュックから、キオスクの包みを取り出し、牧に手渡す。
 「?」
 「土産だよ。静岡名産お茶煎餅」
 「…」
 「なんだよ!俺の土産に文句があるのか?」
 「い、いや、三井が俺に土産をくれるなんて思ってもみなかったから、驚いてしまった…。ありがとう、三井。嬉しいよ」
 牧は、にっこりと微笑んで三井を見る。
 「おう、どういたしまして。結構考えたんだぜ。メロンまんじゅうとか抹茶まんじゅうとかよ。」
 「三井は、饅頭が好きなのか?」
 「ちげーよ。お前が食べそうなやつがわかんなくてよ」
 「俺が?」
 「なんか、縁側で饅頭喰って茶ァ啜ってるイメージが、頭ん中ぐるぐるしちまってよ…」
 「…」
 「で、考えて、試食して回ったのよ。結局これが、一番あっさりしててうまく感じたんだな」
 「そうか…。三井のお墨付きなら、うまいんだろうな。ありがとう。気を使わせてしまったな」
 牧は、内心、なんで自分が、縁側で茶を啜っているイメージなんだと抗議したかったが、とりあえず、三井の気持ちの中に、自分は土産をくれるくらいには友達として認識されているのだと考えて、気を取り直した。
 「イ、イヤ、それほど大したことじゃねぇし…」
 三井は、改まって礼を言われて、照れてしまった。
 実際は、湘北のメンバーと土産のコーナーをあれこれ試食し歩き、甘いものを食べ過ぎて、味覚が麻痺してしまった後に、困ってしまい、売場のおばさんに一番甘くないものを教えてもらって買ってきただけなのだ。
 本当はもっとセンスのあるものをと考えていたのだが、所詮駅の土産コーナーに、センスを求める事自体が間違っていると、開き直って、お菓子にしてしまったのだ。
 牧は、自分のバッグに三井からの土産をしまい込む。
 そうこうするうちに、電車は、海岸へとさしかかり、三井達は大勢の海水浴客にもまれながら、電車を降りた。
 適当な海の家で、水着に着替えた。
 「三井、何か塗らないと後が辛いぞ」
 「おう、俺は、直ぐ赤くなっちまうから、日焼け止めの方がいいんだ…」
 三井は、日焼け止めを躰に塗り始めた。
 「背中塗ってやろうか?」
 「あ、すまねー」
 三井から手渡された日焼け止めを手に取り、牧は、ゆっくり、三井の背中に乳液を塗っていく。
 『思ってたより肌理が細かいな…』
 牧は、滑やかな肌に手をやって、満悦だった。
 「できたぞ」
 背中全体に、しっかり塗りつけて、牧は、声をかける。
 「サンキュ、あ、俺も背中塗ってやる」
 三井が、今度は牧の後ろに回る。
 「牧は、オイル塗るのか?」
 「いや、あまり焼きたくないし、日焼け止めの方がいいな」
 「オッケー」
 三井は、牧でも日焼けを気にするんだと、なんだかおかしくなった。
 それぞれ、たっぷりと日焼け止めを塗ってから、子供にも忘れずに塗ってやる。
 三井が、日焼け止めを塗る間に、牧は肺活量と脚力(小さいビニールの足踏み式空気入れを持参していた)にものをいわせて、浮き輪や、ビニール筏を膨らます。
 やっと、準備が整って浜辺に出る。
 三井と牧は、甥っ子の手を引いて、波打ち際までやってきた。
 波が、少々強めだ。
 波打ち際に立っていると、足下の砂がさらわれていく様な気がして、子供には怖く感じるかもしれない。
 甥っ子に浮き輪をもたせた。
 まだ、小さいのでもしもの事を考えて、両腕にも浮き輪(ライフガード用の浮き)をつける。
 甥っ子を浮かして、進ませながら、三井と牧は、徐々に深いところへと向かっていった。
 元々、泳ぐのが目的ではないので、胸元よりやや下くらいの適当な深さのところでビニール筏や浮き輪に躰を預けて浮いている。
 少し大きめの波に乗って、ゆらゆらと漂っている間、二人の話題は、もっぱらバスケの話だった。
 甥っ子が、疲れてきたようなので一旦浜に戻ることにする。
 預けていた荷物を受け取り、適当な場所にビーチマットを広げる。
 平日だったため、浜辺はさほどごった返していないため、かなり周りとの間隔がゆったりと取れている。
 ビーチパラソルは持ってきていないから、やはり暑い。
 牧が、少し離れたところから、長めの棒を探してきた。
 それを砂にさして、バスタオルで日陰をつくった。
 少しは気休めになるが、この炎天下でジッとしていると、日焼け止めも塗っていてもかなり焼けそうだ。
 念のため子供にTシャツを着せる。
 牧や三井も、後でひりつくのがイヤなので、Tシャツを着る事にする。
 ビーチマットに寝ころんで、一息つく。
 子供は、隣で砂遊びをし始めた。
 牧が、浜茶屋へ飲み物を買いに行ってくれる。
 礼を言って受け取り、程良く冷えたウーロン茶を飲む。
 「ところで、三井。御子柴は大丈夫だったか?」
 牧が、ふと思い出したように、三井に尋ねた。
 「え?あ、あぁ、別に…」
 「そうか、俺の勘違いだったかな?」
 「うーん…」
 「なんだ、何かあったのか?」
 三井は、御子柴に呼び出された話をした。
 「ま、直ぐに離してくれたし、別に良いんだけどよ」
 「いや、三井、よくないぞ。宮城がやってこなければ、どうなってたかわからん。インターハイでは、気をつけろよ」
 牧は、慌てて三井に注意を促す
 「気をつけるって、何を?」
 「いや、だから、御子柴は、やはりお前のことを諦めていないだろうってことだ」
 「それって…」
 「襲われたくなかったら、むやみに近づかないことだ」
 「…」
 「三井?」
 「なんで、俺、男にばっか言い寄られるかなぁ…」
 溜息をついて、三井はウーロン茶を飲み干す。
 「うーん…。何と答えたらいいのか…」
 「その上、みんな、俺とお前が付き合ってるって思うんだよな」
 「それはそれは…。で、三井はそれが嫌なのか?」
 「だって、ダチだろ?何か、恋人なんて、変じゃねぇ?」
 「いっそのこと、そう言い切っちまえばいいんじゃないか?」
 「はぁ?」
 「だから、口実だよ。口説かれたら、俺と付き合ってるからって言って断ればいい」
 「でも、それじゃ、お前ホモだぞ」
 「まともなやつは、付き合えと言って迫ったりしないさ。まともじゃないやつは、何言ったって一緒だろ?」
 「ま、まぁな。そうだけどよ…」
 「今度から、そう言って断るといいよ」
 「う、うん…」
 三井は、確かに、牧を知ってるやつなら牽制できるかなと思い、少し安心した。
 『でも、牧ってば、自分はホモだって思われても良いのかな?』
 若干の疑問は、残っているが、鬱陶しい連中から逃げるために、防波堤になってくれるなら、とってもありがたいことだと思った。
 『牧って、イイヤツだよな。祝人のことも邪険にしないで、いろいろ気をつけてくれるし…』
 三井の単純な価値判断能力はこのホンの数時間で、牧はイイヤツとの認識をしてしまっていた。
 牧は、三井が、これで自分を認めてくれればいいがと思った。
 『他の奴等に一歩リードできればいいんだが…』
 湘北の1年コンビや陵南の極楽トンボから、三井に少しでも近い位置にいられればいいのだ。
 『そうなれば、ガードは、俺の十八番だからな…。守りきってやるさ』
 甥っ子の砂のトンネルを一緒に作り始めた、三井を横に見て、牧は眼を細める。
 最初はからかうとおもしろそうだと思ってみていただけだったが、今ではかなり執着している。
 御子柴のことは言えない。
 見る度にいろんな表情を見せてくれる彼は、思っていたよりも神経が繊細らしい。
 その割に、物事には無頓着で、そのギャップが何とも言えない。
 気がついたらはまっていた。
 いつもなら、こんな先の見えない勝負はしないのだが、三井が賞品なら、やってみたいという気になったのだ。
 『俺らしくないかもな…』
 かといって今更引くわけには行かない。
 仙道や、流川や、桜木や、ましてや御子柴になど、この、三井を渡してなるものかと気持ちを奮い起こす。
 「三井。腹減らないか?」
 かなり大きいトンネルを、真剣に掘っている三井に、牧は声をかけた。
 「お、おう、そうだよな…」
 「何か買ってこよう。三井は、何が良い?」
 「うーん…。お袋が、おにぎりつくってくれたから…。追加でヤキソバ…かな?」
 「わかった。祝人君もそれでいいのか?」
 「うん、たぶん…」
 牧は、二人をそこに残して、浜茶屋へ再び足を向けた。
 『結構おれもマメなやつかもな。女と来るときはここまで世話はやかないが…。三井といると、自分が世話焼きになった気がするな…』
 自嘲の笑みを口に掃き、牧は、店を物色していく。
 『焼きそば…だな』
 ソースが鉄板で焦げる匂いが、食欲を誘う店を見つける。
 人だかりが出来ているので、注文をするのに少し時間がかかりそうだが、仕方ないと、順番を待つことにした。
 一方、三井は、苦戦していた。
 砂のトンネルが壊れそうなのだ。
 少し水の含み具合が足りないのか、砂の強度以上に設計しすぎたのか。
 おそらくその両者だろう。
 甥っ子は、ハラハラして、三井を見ている。
 「ちゃーちゃん、こわれちゃう?」
 「うーん…。あんまり、もたないみたいだな。も一回作り直そうか?」
 「うん!じゃ、こんどもっとおっきいのつくる!」
 「よしっ!じゃ、かいじゅーがきたぞーっ」
 そう言って、三井はトンネルの周りを踏みつけ始める。
 「かいじゅーっ」
 甥っ子もマネをして、周りで砂を踏み始めた。
 苦労していた砂のトンネルは、周りの振動で崩壊してしまった。
 「あー、うまっちゃったー」
 「よーし、もう一回な」
 三井は、今度は、土台からしっかりと固め始めた。
 海水を掬ってきては、砂にかけ、ぎゅっと押し固めていく。
 甥っ子とマジになって砂山を作り始めた三井は、周囲の日焼けを目的に浜で寝そべっている、お嬢さん達の絶好の暇つぶしになっているのに気がついていなかった。
 そこそこの砂山が出来て、一息ついた三井にいきなり、背後から影が忍び寄る。
 「みーつーいーさーん」
 まさか、浜辺で抱きつくやつがいるなどと、思いつかなかったせいで、三井は、とっても驚いてしまった。
 それはもう、文字通り硬直してしまったのだ。
 「ちゃーちゃん」
 甥っ子が、驚いて三井に声をかける。
 「三井さーん。見つけましたよ。あれ?どうしたんです?固まっちゃって…。そんなにビックリしました?」
 「せ、せんどー?」
 三井は、ようやく自分に抱きついてる男が、自分が知っている陵南のエースだという事に気がついた。
 「ハーイ、仙道彰でーす。三井さん、探しましたよ。お宅に電話したら、牧さんと海に行ったって言うじゃないですか?沿線の海水浴できる浜を、いくつか探しちゃいましたよ。」
 「な、何か用だったのか?」
 「三井さんに逢いたかったっていう理由じゃだめですか?」
 「はぁ?」
 「おや?ちっちゃい三井さんがいる?」
 仙道は、三井の陰に隠れている甥っ子を見つけた。
 「甥っ子なんだよ」
 「へぇ。かわいいなぁ。三井さんもきっとこんなにかわいかったんでしょ?」
 「さぁな…」
 仙道は、にこにこと子供に愛想を振り撒いている。
 「なんだ?仙道じゃないか?」
 そこに、手に焼きそばと飲み物を抱えた、牧が帰ってきた。
 「おや、牧さん。先日はどうも」
 「何しにきたんだ?」
 牧は、呆れたように尋ねた。
 神出鬼没のこの陵南のエースに、牧は驚いている。
 「三井さんに逢いたくて、居ても立ってもいられなかったんですよ。ところで、牧さん、その姿、なんだかマイホームパパみたいですね。ちっちゃい子供にご飯を運ぶお父さんですよ、まるで」
 三井は、その比喩に思わず笑いが漏れるところだった。
 確かに、飲食物を抱えた牧の姿は、子供の好物を買い込んできたお父さんという設定そのものだったのだ。
 『誰が、お父さんだ!』
 牧は、心の中で仙道に罵りながらも、ここで切れては信用がなくなると、ぐっと堪える。
 「好きに言うがいいさ。三井、どうする?休憩するか?」
 牧は、仙道を無視して三井に尋ねる。
 「お、おう。そうだな。ちょっと手洗ってくるよ」
 三井は、そう言うと、牧と仙道を残し、甥っ子を連れて浜茶屋の方へ向かった。
 「牧さん。抜け駆けはナシですよ」
 「馬鹿な。今日は、三井が海に行くからと誘ってくれたんだ。別に無理やり誘ったわけじゃない」
 「へぇ…。」
 「お前こそ、今日は練習はなかったのか?」
 「えぇ、今日は他の部が調整で体育館を使うらしくて、うちは強制的に休みですよ。インハイに行けない部は、こんな待遇に甘んじなきゃならないんですよね」
 「そりゃ、まぁ、気の毒といえばいいのか…」
 「おかげで、こうして三井さんに逢うことが出来たんでラッキーかもしれないですね」
 まるで、応えていない様子の仙道を見て、牧は、呆れてものが言えない。
 「そうだ、この浜に来る前に、別の浜を探してたら、何故か流川や桜木がいましたよ。もしかしたら、三井さん探してたのかもしれませんねぇ」
 「泳ぎにきてたのかもしれないじゃないか」
 「浜辺で、しっかり上着にジーンズでですか?」
 「…」
 「もしかしたらこの浜にもきてるかもしれませんねぇ…」
 何が嬉しいのかにこにこと、仙道は笑っている。
 牧は、仙道の他に桜木や流川までやってきては、三井の気持ちが落ち着くことはないなと、内心、これからの対策を考える。
 『慌てず焦らず余裕を持って…だな』
 ビーチマットに、買ってきた食べ物をセッティングしながら、三井の帰りを待つことにした。
 仙道は、とりあえず無視だ。
 「へぇ…。これからお昼ご飯ですか?良いなぁ、俺もまだ昼食べてないんですよ…」
 「言っておくが、これは、3人分しかないぞ。俺と三井と、三井の甥っ子の分だ」
 「わかりましたよ。自分で買ってきますって」
 仙道は、そう言うと、浜茶屋の方に向かう。
 途中、甥っ子の手を引いた三井とすれ違う。
 「あ、三井さん!ちょっと自分の分の食料調達してきます。直ぐにそっちに戻りますから」
 「お、おぉ…」
 呆気にとられた三井を残し、仙道は浜茶屋へむかう。
 三井は、とにかく食事をするべく、牧の居る場所まで戻る。
 「すまねー、待たせたか?」
 「いや、それより、仙道と逢ったろう?」
 「おう、自分の分を買い込んで来るっていってた」
 「こっちはこっちで、始めるか?」
 「そーだよな。腹減ったし、食べ始めっか?」
 ビーチマットに腰を下ろして、牧のセッティングしてくれた食事に、母が持たせてくれたおにぎりやフルーツの類を鞄から出して、お昼の食卓ができあがる。
 「いただきまーす」
 手を合わせて、昼食の開始だ。
 甥っ子の面倒を見ながら、食事をする三井の姿に、牧は三井の別な一面を見たようで内心感心した。
 「あー。先に始まっちゃってる。つれないなぁ、三井さん」
 仙道が、お好み焼きや焼きそばなどを買い込んできたのだ。
 「ま、こっちに座れよ」
 三井は、マットの一角に腰を下ろすようにと、仙道に勧める。
 「そうですか、じゃ、お言葉に甘えちゃいます」
 マットに腰を下ろして、食事を始める。
 「仙道、暑くねぇか?」
 仙道は、ポロシャツにジーンズという出で立ちだ。
 かなり浜辺にいるには暑いのではなかろうかと思える。
 「えぇ、ちょっと暑いですね。食事が終わったら、少し水着に着替えて泳ごうかな。実は、ジーンズの下には海水パンツ履いてきたんです」
 「そっか、やっぱ暑いよな。浜辺じゃ、結構目立ってるけどさ」
 「こんな格好で目立ったって仕方ないでしょう」
 「そうだよな。…あれ?向こうにも浜辺でジーンズのやつらが…」
 三井の視線の先に居るのは、やはり浜辺では場違い異な印象を与える男達だった。
 しかも、三井は彼らを知っている。
 「桜木…。流川…。それに、桜木軍団の…」
 視線の先もこちらに気付いたようだ。
 「ミッチー!」
 桜木が嬉しそうに駆け寄ってくる。
 後を桜木軍団のメンバーが続き、最後に流川がついてくる。
 「ミッチー探したぞ!」
 「なんだよ?何か用なのか?」
 「せっかく休みだから、ミッチーと遊ぼうと思って誘いの電話かけたら、じいと海にいったっておばさんからきいて、一緒に泳ごうと思ったんだ」
 「お前達もひっぱりまわされたのか?」
 桜木軍団に視線を向けると、水戸が肯定の意味で肩を竦める。
 「流川はどうしたんだ?桜木達と一緒にきたのか?」
 犬猿の仲の流川が桜木達と行動をともにしているのが不思議で声をかける。
 「センパイとバスケしよーって思って電話かけたら、海行ったっていわれた。どあほうとはそこであった」
 「バスケったってここは浜だしな」
 「オレも泳ぐ」
 そう言ってバッグを指す。
 さしずめ海水着がはいっているのだろう。
 「そっか、じゃ、午後は、水泳大会かな」
 三井は、牧の様子をそっと窺う。
 どうやら怒ってはいないようだ。
 『なんか、牧といるといつもこうだよな』
 気を使うよなと、思いながらも、牧が特に憤慨したようでないので安心する。
 牧は、甥っ子の紙コップに缶ジュースを注ぎ分けてくれているところだった。
 「ふぬ?じい子持ちだったのか?」
 桜木がとんでもない事を聞く。
 「桜木。子持ちはひどいな。この子は祝人君といって、三井の甥っ子君だそうだ」
 「そう言えばミッチーに似てるな…」
 軍団と桜木が子供の顔をのぞき込んだ。
 牧は、子供が怯えないようにさりげなくガードしてやっている。
 『牧ってイイヤツ…』
 三井は、相変わらず牧が祝人のことを気にかけてくれているのを見て、嬉しかった。
 「さぁ、三井。それじゃ、さっさと食事して午後から泳ごうか?」
 牧は、三井に問いかける。
 「おう!そうだな。さっさと喰っちまおう」
 食事を再開すると、桜木達が、浜茶屋で食事をしてくると離れていった。
 流川も、それについている。
 三井と泳ぐという前提の前に、日頃の仲の悪さは影を潜めているようだ。
 確かにこんな浜辺で乱闘でも起こされては、インターハイの出場どころか部活動停止もやむをえないかもしれない。
 そんなことにならないでよかったと、三井は胸をなで下ろした。
 食事を速やかに済ませ、持ってきた物を片付ける。
 仙道が、浜でさっさと服を脱ぎ、海水着になる。
 牧や三井も、Tシャツを脱いで、再び日焼け止めを塗る。
 桜木達も着替えて合流した為、大人数になった一行は、見栄えの良いものが多く、甲羅干ししているお姉さま達の新たな楽しみとなった。
 軍団の高宮が、日焼けのために泳がず、マットで寝そべっていると言ったため、荷物番を頼み、一行は、水に入った。
 甥っ子がいるので、沖までは行かず三井は、先程ぐらいのところにいる。
 他のもの達は沖のブイまで行って、三井のところまで戻る競争をすることにした。
 「三井は、行かないのか?」
 「おう、祝人もいるし、この辺で良いよ。牧は?」
 「うーん」
 「行って来いよ。お前、泳ぎ苦手じゃないだろ?」
 「そうだな。すまん三井ちょっと行って来るよ」
 三井に断って、牧も競争に加わることにした。
 競争の結果は、牧と仙道がほぼ同タイム、桜木と流川がその後直ぐといった状態だった。
 水戸達は、やはりスポーツマンのスピードに勝てず、途中で勝負を諦めブイで一休みしている。
 「うわー、おめーら、やっぱ速えーよなぁ」
 三井の感心を得るために、真剣勝負になってしまったが、結局あまり差が付かなかった。
 「なかなか良い勝負でしたよね」
 仙道が、三井の争奪戦も簡単には先んじさせませんよと、牽制のつもりで牧に声をかける。
 「そうだな」
 牧も、心の中では渋々だが、表に出さず普通に対応する。
 三井に気付かせないように、だが、熾烈に、勝負が行われているようだ。
 浅瀬に戻って、水の掛け合い等をしているうちに、時間はたっていった。
 
 「そろそろ帰るか?」
 甥っ子が、かなり疲れた様子なのを見て、牧が声をかける。
 「そうだな…。ノリトもう帰るか?」
 「…うん…」
 それではと言うことで、みんなも帰ることになった。
 「お前等まで、別にいっしょに帰らなくたっていいんだぞ」
 三井が声をかけるが、三井のいない浜で遊んでいたって仕方がないと思うものがいるため、行動が覆ることはなかった。
 海の家で着替えて、帰りの電車に乗る。
 みんなが三井の駅までついてこようとするのを甥っ子と二人で帰ることにするからと固辞して、最初に桜木軍団と流川を次いで仙道を電車から降ろした。
 最後に結局、牧が残る。
 「牧、すまなかったな…。その…今日付き合わせちまって…」
 「いや、たのしかったよ。海であんなに泳いだのも久しぶりだしな」
 牧の最寄り駅に着いた。
 「あれ、牧、降りないのか?」
 「送っていってやるよ。祝人君がそんなじゃ、荷物まで持てないだろう?」
 甥っ子は、遊び疲れて、三井に凭れてうとうとしている。
 「すまねー」
 本当に気のつく奴だと、三井は感心した。
 確かに海水着や浮き輪などの入った鞄を持ち、甥っ子を抱いて帰るのは大変だ。
 電車を降りて、三井が甥っ子を背負い、牧が荷物を持って、三井の家までゆっくり歩く。
 「ここなんだ。済まなかったな。寄っていってくれよ」
 三井が、牧に礼を言い、家の中にと誘う。
 「いや、今日は帰るよ。寮の当番で点呼しなきゃならないんだ。今度また誘ってくれ」
 「牧…」
 「じゃ、また電話するよ。今度逢うのはインターハイかな?」
 「あ、あぁ、そうだな」
 「同郷対決できるまで勝ち残れよ」
 「おう!今度は負けねぇぞ」
 広島での対戦を約束して、牧は帰っていった。
 後ろ姿を見送った三井も、近づくインターハイに気持ちを移す。
 まけられない。
 安西先生と全国制覇だ!
 明日からの練習に、気持ちを奮い起こして、三井のインターハイ前の休日が終わろうとしていた。