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隊長の戯言


2004/8/25 (水)

 思わずモブ・ノリオを買ってしまった。「作品よりも顔の方が面白い」との専らの評判であり、その奇行ぶりには反感すら抱かれてるのだが、小生は妙に好感が持てる。
 本名不詳。芥川賞授賞式には首にタオルを巻いて、スキンヘッド、Tシャツ、野球帽、白ぶちのサングラスという芸術的な出で立ちで現われ、会見席ではわざとコケ、連れ立ってやってきた友人達のハヤシには「うるせぇ!」と一喝。
 「芥川受賞の際には、受賞コメントの場を使ってマーク・スチュワートのファーストアルバムの再発を嘆願したいと思います」と言いつつ、本当にやってしまった。イカレとるね。とりあえず読もう。


 文藝春秋を片手抱えて本屋を出れば、小学校時代の級友に会った。「へらへら隊、最近更新しとらんやん」
 というか、ホームページの存在を教えた覚えはないんだが、なぜ知っとる? そう問おうとしたところ、「いやァ知り合いにはどんどん紹介しとるよ。○×や□△や俺のオフクロも見てるし。あっ、そうそう彼もよく見てくれとるみたい」と、級友のそばにいた友人を紹介される。当然、小生の全く知らぬ御仁。
 「えっと、彼が“あの”へらへら隊の隊長ね。自由奔放でやりたい放題やっててムチャクチャで空手やってるわるいやつ」
 すごい紹介もあったもんだ。一瞬にしてこれだけの言葉が並べられるとは感心した。実はキャッチコピーのセンスがあるんじゃないか。あるいは、よほどわしがイカレてるかだ。


2004/8/23 (月)

 持ち運びに便利で空気を入れて膨らますゴム製のカヤックを「ダッキー」または「インフレータブル・カヤック」と言う。へらへら隊で初めて購入したのもこの「インフレータブル・カヤック」で、当時わしは高校生だった。世界で一番安いカヤックだったとはいえ、購入に当たってはひとまず全額をサトー副隊長に負担してもらった。後々に折半するという取り決めであったものの、わしは未だに払っていない。
 さておき、先週の日曜日には「インフレータブル・ドール・リバーレース」というものがロシアで開かれた。「インフレータブル・ドール」に乗って110 kmの川下りを行なう。「インフレータブル・ドール」とはいわゆる「ダッチ・ワイフ」である。ハラショー、ロシア。

 ロシアのユーモアセンスは秀逸で、ロシアンジョークで言えば数こそ少ないけれどもそれぞれが珠玉の光りを放っている。本、映画、音楽に限らず、優れた作品には抑圧や逆境から生み出されたものが大半だが、ロシアの場合はソ連時代の言論統制下があのブラックジョークを生み出した。「フルシチョフはバカ」と言った男が侮辱罪に加え、国家機密漏洩罪で逮捕されるジョークは大好きな部類だし、とりわけロシアのシモネタジョークというものは相当にドキツイものが多い。
 日本も同様に、狂歌、川柳、滑稽本が生まれたのは単に印刷技術が移入したから発展したというだけではなくて、徳川幕府の厳格な風俗統制が影響したのではないかと思う。歌舞伎だって元々はお上に逆らって誕生したものだ。人間は凡そしたたかに出来ているのである。
 平和な世の中ではなかなか秀逸なジョークは出てこないけれども、近い将来に某国は相当なユーモア大国になれるのではないかと注目している。ほら、何と言ったっけ、北緯38度線付近に位置するあの国だよ。


2004/8/19 (木)


 おれが普段かけているメガネである。ツルとレンズが着脱可能なので収拾が便利だ、という訳ではなく単に壊れているだけである。
 装着する時はレンズをツルにはめこむ。直径0.5ミリの凹凸部分にはめこむだけなので簡単につけられる、という訳ではなく簡単につけられる代わりにすぐ取れる。
 
 レンズが脱落する寸前には「ポコッ」と心音程度のごく小さな響きが生じるので、それをすばやく察知、またはそれを体感してはめ直しを計らねばならない。俊敏な動作が要求される一瞬だ。考えている暇はない。思考回路を飛ばして運動神経を働かせるのだ。その僅かな機を逃せば、たちまちにしてレンズは地面に下降転落キリモミ落下。相当の熟練者ではない限り、この働きは果せないだろう。おれはこのメガネを三ヶ月近く装用している。
 最近では、「ボコッ」という音が生じる前に予防策を計れるようになってきた。これはまったく無意識下の動作である。思わず自分を尊敬してしまうひとときだ。


 「いや、ここはラグ組みがなきわかれで台割の合い番ですよ」
 「でも半自動流し込みのションベン垂れ流しであっぱっぱーですね」
 などというかなり真剣な仕事上の打ち合わせをしていると、「ボコッ」がなかなか察知出来ない時がある。しかし安心されよ。こういう場合に処置するテクニックも存在するのである(下図参照)。打ち合わせの間はこの姿勢を保持すれば、まず間違いは起こらない。ただし若干の握力と羞恥心を捨て去ることを必要とされるが、おれは熟練者だから簡単に出来る。凄いな、おれ。


2004/8/13 (金)

 ハードディスクの整理をしていたら次のような画像が出てきた。その作成目的及び用途については遥か記憶の彼方にあり、しばしのあいだ悩む。作成日は二年前の夏。


 梅雨の長引いた暑い夏だった。今夏は至上の暑さと言われているけれども、小生自身はあの夏に適う暑さはなかったと断言する。アスファルトに反射する太陽熱には意識朦朧となり、歪む視界は陽炎か、目の霞みか。
 
 結局、全て野宿で通した。大路の横にゴロリと寝たこともあった。羞恥心を感ずるよりも休息を取ることが専行された。テントはあえて持っていかなかった。
 疲労がピークに達すると、逆に眠れなくなる。疲労を乗りきる為に上げたテンションは夜半過ぎまで持続し、肉体はヨレヨレながらも精神は爛々と輝きつづけた。
 もっとも辛かったのは、蚊の存在だった。どこからともなく集団で飛来しては、一時の安眠を妨げてくれた。
 
 最初の一週間は思考錯誤が続いた。寝袋に包まっては暑さに悶え、寝袋を蹴飛ばしては蚊の攻撃にさらされた。靴を履いたまま寝れば蚊にはさされないが、疲れが取れない。強烈な蚊になるとジーンズ生地の上からでも刺してくる。重要なのは生地の丈夫さではなく、生地の厚さなのだ。それが二枚重ねになると頑丈な防御壁ともなり得る。生地と生地の間に空気層をいれれば、涼しい上に厚みがでる。
 
 
 そんなわけで、上記画像に近い格好で九州各地を浮浪したことを思い出した。寝ている最中に突然警察官の懐中電灯の光りを浴びせられ、叩き起こされ、職務質問を受けたことは数多く、その度に腹を立てていたが、今考えればもっともなことだと思う。
 警官は大抵2人組だった。おれが逆の立場だったら、怖くて近寄れない。


2004/8/6 (金)

 記憶力にもっとも直結する感覚は嗅覚である、という学者がいる。なるほど、この一説は確かに頷けるもので、例えば「昨日会った友達が着ていた服」が「今日会った友達の服」の色と一緒だ!とはなかなか思えるものではない。一方で「昨日会った友達が出した屁」が「今日会った友達の出した屁」の匂いと一致した場合はたちどころにこう思うはずである。「あっ、この臭い屁は一緒だ。そうだった。懐かしい」
 スーパーマーケットでは鮎が売られているのだけれども、小生はあの麗しき鮎の香りを嗅ぐとたちどころに思い出が蘇る。鮎の刺身を食って食中毒になったこと、キャンプ中に鮎を“拾って”食ったこと他。

 ところで、異国を思い出すとなると、小生の場合は嗅覚以前に聴覚が発揮される。
 それというのは国によってそれぞれの音楽があるのだ。民族音楽ではなくて、国そのものの生の音である。中国の喧騒に混ざる自転車を漕ぐ音、混沌としたインドにとけるジンリキシャの鈴の音、モンゴル草原を駆け抜ける風の音と馬のいななき。
 異国の地を踏み、異国の匂いを嗅いでもなかなかそれを実感できないけれども、国特有の音を聞いてようやく異国情緒を実感出来ることが多く、またそれらの音は深い記憶として心に刻み付けられている。
 
 と、ふと思ったのですが、日本はミソの匂いがする、と外国旅行者には言われるものの、日本特有の音とはなんなのでありましょうか? 自動車の排気音、電化製品のモーター音、選挙カーの騒音ってのは何だかなァ。
 そういえば、何も録音されていないレコード(しかもひどく高価)が売られている未来の世界を描いたSF小説がありましたな。小説のオチは販売員の一言で、「未来で一番高いのは無音です」と。ありゃ、筒井康隆だっけ。
 そんなわけでその言葉を借りるとこうなる。
「日本で最も貧しいものは、音です」


2004/8/4 (水)

 三日ぶりに米を食った。5キロ1500円で買える近所の米屋が長期休暇を取ったせいだ。2000円の米を買ったつもりにして開店まで我慢し、代わりに500円のトリスウイスキーを買ったせいだ。
 メガネ拭き(黄色の布)をアジの干物と見間違えた時には、二重のショックを覚えた。「ついに幻覚を見るようになったか」「このメガネ拭きが食えりゃあいいのに」との二点でショックである。

 本日、当ホームページを見ている常連さんより大量の鮭トバと北海道の地酒が送られてきた。九州の酒飲みにとっては憧れの二点セットだ。普段の食生活からすれば、三輪車からハーレーダビッドソンに乗りかえるようなものである。起死回生の大逆転劇。
 我が人生と併行して食生活も浮き沈みが烈しい。スリルがあって楽しいなァ。


2004/7/29 (木)

 クレジットカードお作りになりませんか。申請用紙にご記入頂くと、この場で1000円分のビール券をプレゼント致します。
 と、酒屋に行けば真ッ黄色のTシャツを着たオバちゃんが言いやがるのである。バカ言え、こんな貧乏人がカード作れるか。
 と思ったが、いや、ちょっと待て。これはタダ酒にありつける絶好のチャンスじゃないか。小生は悩むふりをしつつ、「じゃあ、作ろうかな」と答える。

 わしはそのまま記入場所まで拉致され、申請用紙の記入事項を次々埋めていく。職業、年収の欄はあえて空欄のまま差し出した。
 「へぇ、お若いのに持ち家ですか? 申請には有利ですよ」
 築50年のゴキブリ雨漏りボロ屋敷でも一応持ち家である。それを聞いたオバちゃんの目がキララと輝く。
 「で、失礼ですがご職業は?」
 強いて言うならば、売文業か。文章でメシを食っていることには変わりない。もっとも、普通の売文屋は「書く→金もらう→メシ」だろうが、小生の場合は「金もらう」という経緯が省かれ、メシを奢ってもらうというケースが大半だ。
 しかしオバちゃんはイヤらしい笑みを浮かべつつ益々喜び、あまつさえワンランク上のカードを勧めてくる。相当勘違いしているようだが、知ったこっちゃない。続けての質問。
 「失礼ですが、年収は?」
 やっと来たか。ここで小生キッパリと、
 「いちまんえん、です」
 今年初の収入はエッセイコンテストで得た一万円ポッキリだった。今年の収入はこれっきりだろう。ここで駄目押し。
 「じゃあ、申請よろしくお願いします。あっ、“申請したら”ビール券もらえるんでしたよね」

 数日後、カード会社から手紙が来た。
 「あなた様の申し込みにつきまして検討したところ、ご希望に添えぬ結果となりました。何卒ご容赦下さい」
 とんでもございません、ご希望に添える結果でした。ビールをありがとう。





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