その電話は唐突に
「○×△□!!アサショーリュー! チャンピオーン!」
と言ったのである。
イタズラ電話かと思ったら、モンゴルの友人からの電話だった。
あまり長くは話せなかったが、あちらモンゴルではやはり朝青龍フィーバーで湧きに湧いているようだ。街中には朝青龍の巨大な氷像すら建設されているという。
金と女と体制と因習に捕らわれた相撲界は大嫌いなのだけれども、朝青龍の活躍はやはり嬉しい。
遠く離れた同郷の人間が大成功を収めた、モンゴルを故郷と思っているわしにとってはそんな感がある。
もっともモンゴル人力士は「優勝するのが遅すぎた」とすら思うけど。
朴訥寡黙なモンゴル人(遊牧民)はあまりベラベラと喋る事はないが、どの遊牧民も決まって口にする言葉は「馬に乗ろうや」 「相撲しようぜ」である。彼らは「こんにちは」と同じぐらいの感覚で、この言葉を吐く。それだけモンゴルと相撲の関わりは深い。
遊牧民とコミュニケーションを取るには言葉は無粋。「相撲」か「酒」が最良の手段だ。
それにしても遊牧民は胆力が違う。見た目は痩せぎすのヒョロそうな青年も、いざ組み合うととんでもないパワーを秘めている。物心ついた頃から、馬に乗っているからだ。モンゴルの乗馬法は『立ち乗り』といって、相当な筋力がないと満足に馬を操れない。
わしがモンゴル西部の片田舎に行った時もやはり相撲攻めの歓待にあったのだが、その時は村中のモンゴル人を全員投げ飛ばしてしまい、村公認の「チャンピオン」になってしまったことがある。
空手家でもあるわしは調子に乗って「日本の空手家は世界一ストロングなんだ」と叫んでいたのだが、そんなある日一人のモンゴル人に呼び出された。
「タカに会わせたい男がいる」
そのモンゴル人と馬に乗って駆けることしばらく、草原の彼方にやたらとデカい男が立っているのが見えてきた。
「アイツだ。ぜひアイツにあってもらいたい」
「ちょっと待て。何者だよ、あの男。妙にゴツすぎないか」
遠目から見た限りでも、それははっきりと分かる。わしは190cm近くあるものの、それよりはるかにデカい。二メートルはありそうだ。おまけにプロレスラー以上の体格を持っている。
すると、案内役は嬉しそうに言った。
「あぁ、アイツはモンゴル相撲のチャンピオンなんだ。しかし、あまりにも強すぎるので相手がいなくて困っているらしい。大丈夫。オマエならヤれる」
「スミマセン。帰らせて下さい」
と言いたくなりましたね。絶対殺されるな、と思いましたね。
で、結末は。
「えむねれけくとぅふるげうぐのなどぅべれんおーふふえ!!!!」
と、そのチャンピオンはわしを見るなり、満腔の笑みを浮かべて飛びかかってきて、わしは服の袖を引きちぎられ、何度となく草原の彼方に吹っ飛ばされて行ったのである。
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現在、わしの部屋のタンスには袖のない服と、服の袖の部分だけが大事にしまわれている。
実はわしもチャンピオンの袖を引きちぎっていたので、ちぎりあった袖を互いに交換し合ったのだ。
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