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  海外工事 追加金交渉の心得 NEW!

 

1.前書き

 海外工事12年の経験の中で、コントラクターとして数々の交渉の場面がありました。
 それらを通して、交渉成功のためのある種の法則があることを感じています。ここではそれを述べてみたいと思います。

2.交渉の種類
 海外工事(鋼構造)において交渉する必要がでてくるのは、次の場面が多いでしょう。
 (1) 現場工事の出会い帳場での作業のすりあわせ
 (2) 追加金交渉
 (3) 契約前交渉
 (4) 外注契約交渉
 ここでは、追加金交渉に絞って述べていきます。

3.交渉とは
 交渉とは相手があり、その相手と利害を調整して、新たな共通の利益を生み出す作業だと言えます。
 交渉で相手を打ちのめして一方的に利益を得ようとするのはその場限りの成功であり、継続性がありません。下の下です。
 交渉で成功して円満な結論が得られたときの喜びは最高のものがあります。

4.交渉に臨む心構え
 交渉に臨むときの心構えは、次の言葉で表せます。
  Win-Win解決法 勇気 真剣 所属組織への忠誠心 

4.1 Win-Win解決法
 交渉に臨んでもっとも心すべき指針は Win-Win解決法です。交渉の成功の必要条件です。
 Winは自分だけの勝利も意味しますが、Win-Winは自分の勝利と相手の勝利を両立させることを意味します。
 相手にとってメリットがあり、こちらにもメリットがある解決法をどう見いだすか、交渉の要です。
 自分の側だけに都合がよくて、相手にとっては成果ゼロでは、相手が納得することはなく、その交渉は合意に至ることができません。交渉に当たって、相手にとって成果が0(ゼロ)の解決策は選択することはできないのです。
 かといってこちらに不利益であっては成功とは言えません。
 ではどの程度の比率(分け前)でWin-Winは決まるのか、それは貢献度によって決まります。ズバリいえば力関係で決まります。つまり、落としどころを探るには、貢献度・力関係を正確に把握してどの程度で決着することができるか考えなければなりません。この Win-Win の解決法を見つけることが交渉成功の最大の鍵なのです。
 数々の交渉を通じて感じることですが、Win-Winを突きつめていくと、関係するすべての人が納得する解決策はきわめて限られた範囲の落としどころに行き着きます。これは交渉人の自分勝手を許さないことであるような気さえしてきます。ここまで煮詰まれば交渉は9割以上成功に近づいています。

4.2 勇気
 交渉するには、相手の必要条件が何なのか正確に掴む必要があります。相手の条件を掴むためには相手に会う必要があります。相手に会うためには勇気が必要です。
 勇気が出ない一番の理由は、私が思うには、会いに行って相手に負けたらみっともないとイメージしてしまうことです。
 このとき、自分にだけ都合がいい解決策を心に抱いていると、自ら後ろめたい気持ちがあるので、相手と会う勇気がなかなかわきません。でもWin-Winの心で臨むなら、自分にも相手にもメリットがある最上の解決策を模索していくのですから、自分の心においても恥じるところはなく、堂々とした態度で会うことができます。勇気もそれほど必要としません。

4.3 真剣
 工事に携わっている人は皆真剣です。本当に工事を成功裏に完成させたいと思っています。自分も人以上に真剣に考えて、誰もが納得する解決策を考え抜きましょう。各者の立場、思惑、いきさつ、など配慮すべき要素は多く、考えて考えて考え抜き自分が納得する解決策が見つかるまで考え抜くことは交渉成功の必要条件です。
 また、なすべしと決まったことは、勇気を持って、また変なプライドを捨ててやりきらねばなりません。やりきることが真剣さの表れです。

4.4 所属組織への忠誠心
 自分を現地へ派遣したのは自分の会社です。会社のために自分はそこにいるのです。これは根本原則です。その上で相手との交渉があります。相手への配慮は当然ですが、かと言って自分の会社が不利益を受けることはできません。
 このようにすべての人にとっていい解決法を求めることはとても困難な作業ですが、そのために給料をもらっていると考えてしっかり取り組みましょう。交渉が成功し、いい成果を得れば会社から評価され昇給・昇格などで報われることもあるでしょう。
 すぐに報われることがない場合もありますが、こちらに実力がある以上遅かれ早かれ必ず評価されるようになります。

5.フィディック(FIDIC)を理解する
 フィディックとは、正式な意味では、国際コンサルティング・エンジニヤ連盟の略称です。しかし、一般的にはそこが編纂し、発行している契約条件書を指すことが多いです。ここでは契約条件書をさします。
 水門や鉄管の契約に使われるFIDICは「電気および機械設備工事の契約条件書(現場における組立を含む)」と呼ばれており、今でも25年前の1987年版が使われることもあります。
 契約書の中に含まれていることが多いので、契約書を見ればその条文を知ることができます。
 FIDICは通常3つのパートに別れています。@Preamble(前文) A本文 (General Conditions) B特記条件 (Special Conditions)。工事ごとに内容を追加・削除・変更したいときは、本文は手を入れずに、@とBで変更点等を記述して本文を削除、追記、変更することで、目的を達しています。Aは長く変更されていないので、一旦覚えると、@とBを読むことで工事の契約条件全体が分かることになります。

5.1 契約上の追加金の根拠
 契約書(フィディック)にはコントラクターが追加金を得るケースがいくつか具体的に書かれています。
 契約書の条件に該当しなければ追加金を得ることはできません。
 私の経験を以下に述べます。
 鉄管を据え付けるトンネルの掘削を土木業者がしているが、その掘削工事が遅れて当方は鉄管据付ができなかった。ところが、エンジニアは自ら工事の遅れをコントラクター(当方)に通知せず、Coordination Meeting(合同会議)で土木業者に発表させるという方法をとった。契約書には、工事の延期はエンジニアの通知を必要とすると書かれている。
 契約書を読み直していくと、次の意味の文があった。「工事を開始できない状況のときは、エンジニアが工事の中止を命じたものとみなす」。
 この条項により、客先・エンジニアは当方の権利の正当性を認めることとなり、追加金獲得に成功しました。
 そのほか追加金を規定した条文は、次の通りです。
  5.4, 8.2, 19.3, 23.1, 24.1, 24.4, 26.1, 29.4, 30.10, 31.2, 34.1, 40.2, 44.5, 47.2 です。
 著作権の関係から条文そのものをここに載せることはできませんが、今FIDICで仕事をしている人は、契約書を見てください。

5.2 門前払い条項への注意
 追加金の請求において「門前払い条項」ともいうべき条件があるので注意が必要です。
 この「門前払い条項」は、古い話をいつまでも持ち出すことを防止するためにあるもので、適正な運用のためにあるものです。
 つまり、追加金が発生する事由を知り得た時点から14日とか28日以内(フィディックにケースごとに決められている)請求する意図を文書で表明しなければ、請求の権利が消滅するというものです。フィディックを事前に確認しておく必要があります。
 ですから追加金の事由と思われる事実を把握したら、時を逃さずクレームの権利を留保するレター(letter to reserve the right for claim)をまず出しておくことが必要です。
 通常国内工事では営業部門が追加金を扱うことが多く、現場のSVはタッチすることがないケースが多いでしょう。しかし、海外工事では、営業部門がその事実に気づいたときは時すでに遅しということになりがちです。最初の通知については現場のSVにその認識がないと、みすみす追加金のチャンスを逃してしまうことになります。
 海外工事では、現場を担当するSVもフィディックを知っていないと大きな損をします。
 会社は、フィディックに不慣れなSVを派遣するときは、少なくとも事実の把握をしたら営業に報告することだけはよく心得させることが大事です。

6.詳細資料の作成提出
 権利留保のレターを出してから原則として6ヶ月以内に詳細なクレーム内容を示す資料を提出しなければなりません。
 請求を意図する金額も計算して出します。ここで注意すべきことは、ここで提出する金額は、交渉における上限であると言う点です。交渉の過程ではこの金額を上回ることはないと心すべきです。従い、項目の漏れがないこと、単価は実際単価を下回らないことなど注意が必要です。

7.お客様との関係の維持
 日本のODA資金を使う工事では、エンジニアは日本企業となります。コントラクターも日本企業となる場合が多いでしょう。お客様は、当然相手国の役所とか電力会社となります。
          
お客様:            相手国人
          
エンジニア:       日本人
          
コントラクター:    日本人
となります。こうなると、コントラクターはエンジニアにとても親近感を持ちます。日本を遠く離れた異国の地で、何か、問題に遭遇したら日本人であるエンジニアに相談して、何となく遠い存在と思えるお客様には、エンジニアから話してほしいと思いがちです。
 しかし、これは
大きな間違いです。理由を次に述べます。
 エンジニアはお客様に雇われていますから、お客様サイドに立っています。お客様の利益に反すること(コントラクターの利益になること)をお客様に持ち出すことなどできません。
 唯一取り上げてもらうことができるのは、コントラクターと客先が直接話をして、お客様が「この問題を解決ししなければ工事全体の成否にかかわる、何とかしなければ」と思い、エンジニアに「コントラクターの追加を認めることにするから手続きに入ってくれ」と指示した時です。
 お客様の関心事は、工事が無事終了して、発電が開始され、発電所が早期にお金を生み出すことです。コントラクターがかかえる問題が、全体の工事の遅れにつながると理解するときは、このコントラクターにわずかのお金を支払うことで全体の工期を守っていけるのなら、お金を出してもかまわないと思うのがお客様の立場です。
 コントラクターとしては、自分の利益だけを考えるのではなく、お客様のこの立場を踏まえて考えることが、追加金を獲得するための必要条件です。
 お客様にも予算獲得とか、上司への説明とか、があるので、重要なレター(クレームレターなど)を出すときは、あらかじめ相談しておく方がいいです。
 お客様から、了解をもらえば、後は、お金を出すための手続きを手順通りに進めるだけのことで、エンジニアもその通り動いてくれますから、あとはスムーズに運ぶはずです。

 FIDICに基づいて追加金を請求するのは、理詰めの一見ドライな関係ですが、お客様を大事にするこころつまり、ウェットな関係も大事にしていく中に追加金をものにするチャンスは確実になっていきます。

 追加金交渉において成功裏に妥結されることを祈ります。

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