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高橋忠史・音楽の森(旧勝坂小学校)
鬼が2頭、橋を支えている その奥にある神楽茶屋 橋を渡って左に曲がって小学校へ
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| 2007年 | ||
| 5月 | 10日 | 高橋忠史の中で何かが煮詰まっている。 今はそれがどんな味になって煮切た料理を作れるのかわかっていない。 音楽にも、家族との生活にも、一個の人間としても、ぐつぐつと煮詰まっている。 |
| 12日 | 明日から一泊二日で、草津温泉に、久しぶり(4年半ぶり)の家族旅行。高橋家は4人なのに、なぜか6人で出かけてきます。 | |
| 13日 | 前日に家で眠っていたのは4人、でも、高橋家の普段の構成員とはちょっと違う。男三人に女三人。高橋家の普段は、男一人に女3人。 6人での旅に、いつもの車では定員オーバー。レンタカーでの旅だ。家で寝ていなかった二人がレンタカーを借りて我が家にやってきたのは、朝9時。 6人勢ぞろいで、男女3人の高橋家最後の家族旅行が始まった。とにかく賑やかなのは人が増えても同じ。草津温泉まで話の途切れる事が無い。宿について温泉にはいって、良いも悪いも話のネタになり、体調不良に成る人間が居ても言葉の途切れる時間は無かった。 |
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| 14日 | みんなで朝早くおきて、ホテルを9時には出て、西の川原露天風呂へ。晴天の草津温泉、大露天風呂で最高にいい気分。 帰りは軽井沢経由で食事をして、我が家に戻ったのは午後9時。 |
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| 19日 | ![]() 町田市にある曹洞宗のお寺 簗田寺 両家の家族とゆいの友達一人だけが参加した結婚式 |
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| 7月 | 13日 | 久しぶりに日記を書いてみたくなった。時折、このページに出かけてくださっている人達には、本当に期待はずれな2007年の高橋でごめんなさい。 今、午前6時ちょうど。 今日は、嬉しい日になった。と言っても今日は始まったばかりなのだが。 数日前、ラジオで、13日の午前零時(12日深夜)から明け方にかけて、流星がたくさん飛ぶと聞いた。その上、月も無く、晴天らしいと言う情報だった。 子供たちが小さい頃、典子さんの実家のある岡崎市の山の中に出かけて、車の来ない小路に毛布を敷いて、みんなで寝っ転がって、夜空のスターショーを歓声を上げながら見たことを思い出した。 その頃には東京に帰っているつもりだったので、娘達は無理でも、典子さんと出かけてみたいなーと思ってメールを打っておいた。11日には東京に戻ったのだが、典子さんも急がしそうで乗り気では無さそうだった。今年だけのものでは無いし、また来年にでもと思っていたら、仕事から帰ってきて食事が終った頃典子さんは、お腹の大きなゆいも旦那のミッチャンも見に行きたいと言ってるという、ちょうど帰ってきた志乃とも話していたら、彼氏のウッシーも行きたいといっていたと言うことで、急遽深夜にスターショーを見に出かける事になった。 奥多摩の方に行けば辺りは暗いから大丈夫かなとは思いつつ、もっと近い場所は無いかと、インターネットで調べていたら、昔、ダスキンで営業の仕事をしていた頃出かけていた、陣場街道(八王子市から神奈川県に抜ける街道)の県境にある和田峠で素晴らしい星空が見えたと言うブログを発見。そこに出かけることにした。 ミッチャンの仕事は遅く、11時ごろに帰ってくるという、ウッシーは12時まで仕事をしていると言う。仕事を終えたウッシーが志乃を拾って現地に、典子さんと私は三鷹のゆいのアパートに迎えにいって、ミッチャンと二人を乗せてそれぞれに和田峠を目指した。 お盆休みの東京の車の数は半端で無いぐらい少ない。小平の自宅から三鷹市のゆいのアパートまでは、普段、最低でも50分弱はかかる、出発したのは12日午後11時半過ぎだったが、東京はそんな時間でも車だらけ、だが今夜の東京は、春野町の雰囲気だ。信号が多いのでストレートには走れないが、なな…なんと、20分で着いてしまった。13日午前零時、三鷹市を出発した。 お盆と、正月の東京は家の建て込んだ田舎町だ。走る車はほとんど無く、信号に引っかかる以外はスイスイスイと走りぬけ、和田峠には1時過ぎに到着。峠にある駐車場は、ぎっしりと車が詰まっていた。たくさんの人達が、今夜のスターショーを見学にやってきていた。志乃達は我々に遅れること1時間弱、険しい山道に難儀しながらも到着。かなり高度の高い場所にある和田峠。肌寒かった。 たくさん人が居るのに、みんな無言。流星が流れる瞬間に駐車場のあちらこちらで「アッ…。」という声が、その後みんな無言になるのだが、高橋家族6人は、話しっぱなし。回りに居た人達はさぞ迷惑だったろう。1時間ほど見て帰るつもりだったのだが、最終的に家にたどり着いたのは、すっかり夜が明けて、お日様まで顔を見せた午前5時40分。 書きたいことはたくさんあったが、書ききれない。 ゆいとミッチャンの結婚の前に草津温泉に6人半(ゆいのお腹の命)で出かけた以来の、高橋家族全員集合の小旅行。疲れたが楽しかった。 |
| 9月 | 20日 | 滋賀県に向かわなきゃ成らないのだが、一睡もしないで朝を迎えた。 チャレンジャー忠爺は、眠っていたわけではない。ある目的に向かって、この5ヶ月間ほど、眠る間も惜しんで作業に没頭していた。 残念ながら、執筆活動ではない。それは、もうすぐ始めようと思うが、日夜頑張り続けた作品がついに一つ完成した。ニュウーアルバムではない。 とにかく、今は充実感で一杯だ。 少し仮眠して、滋賀県守山市に向かおう。 |
| 25日 | 孫誕生。(女の子) 娘(ゆい)と誕生する孫の為に、家族の中で唯一現場サポート(新井家の人達も高橋家のみんなもサポーターに決まっているが、今日この日に動けたと言う意味で)できた事に感動しました。永い一日でした。 |
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| 26日 | 志乃も典子さんも仕事。フリーなのは僕だけ、出産したばかりの娘の為に何も出来ない親父だけど、病院に行って付き添ってやりたいと思っていたのだが、思いのほか疲れ切っていた。 昼ごはん時に、赤ちゃんの面倒を見て、ゆいがご飯を食べれるように…その思いは遂げられなかった。とんでもなく眠くて、その時間眠ってしまっていた。3時過ぎに、やっと身体を起こして病院へ。 お茶をが無くなったので買ってきてというメールをもらっていたので、お茶を買って4人部屋へ。爺が行く前に、昨日も来てくれていた、「はとこ」の、まよちゃん(親戚であり同級生でありお母さんとして六ヶ月先輩)が同級生と共に来てくれていたと報告を受けた。ちゃんと仲間作りが出来ている。母になった瞬間(いや、その前からか)から、親父なんかに頼らなくても生きていく手段を身につけていた。 我が子におっぱいを飲ませている「ゆい」に母親の姿を見た。たくましきかな母。 |
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| 27日 | 我が家の猫が、怪我をして、そこが悪化して病院通い。前回は僕一人で病院に連れて行ったのだが、今日は典子さんが休みだったので二人で猫の病院へ。治療を済ませて家に連れ帰り、その後、「ゆい」の居る産婦人科の病院へ。 産まれて二日たったが、孫娘は小さいままだ。2444gで生まれて来た孫娘。我が家の猫より小さいのだ。でも、立派に人間の姿をしている。当たり前のことなのだが、そんなちっぽけなことで感動しているのは孫馬鹿ちゃんりんか。 滋賀県守山から帰って、ドキドキの毎日。みんな仕事をしていて、動けるのは僕だけだったから、疲れはピーク。と言っても、心地よい疲れなのだ。とにかく眠い、眠い眠いと思いながら動き回り、今日も一日が過ぎていった。 今夜は、欠かさず呑み続けている酒も飲みたいと思わないまま眠ってしまった。 |
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