99年6月
| 6月 | 28日 | 何日も、書けないまま、過ごしています。「天平の風」の詞は、ほぼ出来上がりました。とってもいい曲になりそうです。7月10日のライブで、発表しようとおもってます。昨日おとといはひどい雨でした。春野町では全面通行止めになった道もあったぐらいです。今日も郵便局に出かける用事があって10km先にある、気田の町まで出る途中あちらこちらで、落石していました。今日は今から東京に帰るのですが、通行止めにならなくて良かったと胸をなで下ろしてます。僕の住んでる小学校のすぐ横に、普段水の流れていない沢が有るのですが、昨日はすごかった。山が崩れるんじゃないかと思うぐらいすごい勢いで水が流れていた、が雨が上がった今日、静かに水を落としている。思わず大雨の中デジカメを持って沢を撮った、そして今日の沢の状態も。自然はものすごいパワーを秘めている。あなどれないぞ。 ![]() すごい流れだ 沢と言うより滝だ 今日はこんなに穏やか |
| 6月 | 23日 | 昨日も今日も、勝坂小学校に居着いている。この敷地から一歩も出ていない。アニメ映画「天平の風」の詞が書けない。思いっきり煮詰まっている。曲はこの小学校に居着いてすぐに出来たのだが、詞がどうしてもまとまらない。これが書き上がるまでは何処にも出かけられない、いや、出かける気なんぞ何処にもない。昨日は昼間天気が良くて、校庭に出て青空を見上げながらイメージを膨らませたのだがだめだった。気分転換に校庭の隅の雑草を30分ほど抜いてみたが、何も浮かばなかった。あーーー煮詰まる、いらいらする。夜には雨が降り出した。 今日は朝から雨が降り続いていた。その雨の中、部屋の中で僕は、煮詰まりすぎて汁の無くなった、おでんの具のように心身共にしなびている。誰も来るはずがないお昼時、雨音に混ざってなにやら人の気配がした。窓際に行って外を覗いたら、赤いバイクが止まっていた、ごそごそと音がしたかと思ったとき、郵便屋さんが雨合羽を着て、窓のそばにやってきた。あわてて勝手口を開けると、手に持った封筒を差し出し「これ、ここでよろしいんでしょうか。」と言って僕に見せた。ここの住所と僕の名前が書いてあった。「ここでいいです、これからもよろしく。」と言って受け取った。郵便屋さんは、声に出さず(わかった)と会釈だけして、雨の中、バイクで去っていった。うれしかった、届いた手紙はNTTからの電話設置の通知だったが、この住所に僕がいて、そこに郵便物が届いたと言うことに、なんだか春野町に居る事が認められたようで、一人ほくそ笑んでいた。今日はその瞬間が嬉しかったが、そのすぐ後からは煮詰まりっぱなし。明日、制作者の磐田青年会議所の人たちと逢う。ホテルまで用意して僕を待ちかまえている。なんとか明日までに作り上げなくては。 ![]() 山の天気は急速に変化する。 |
| 6月 | 22日 | 朝4時に、勝坂に戻ってきました。うっすらと空は明るくなり始める気配はあったけど、まだ暗い。積み込んできた荷物を部屋に運び込み始めたが長距離運転の疲れで、やる気が出ない。3分の1ほど運び出して、後は起きてからにすることにした。目覚めたら10時、疲れているはずなのに午前中に起きてしまう。昼過ぎまで眠っていられない何かのパワーがここにはあるのかもしれない。目覚めたら雨。こんな事なら、全部運び出しておけば良かったと思っても後の祭り。車を玄関に寄せて、とりあえず全部運び込んだ、部屋の中はもうぐちゃぐちゃ、棚が欲しいよう。荷物を運びながら山の景色を堪能していた。雨の勝坂もなかなかいいぞ。
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| 6月 | 17日 | 今日は大都会、浜松(勝坂に居ると夜の明るさが新鮮だ)の夜をかっぽしてきたぞ。本来なら東京に帰るつもりだったが、磐田JCの作るアニメーション映画のエンディングテーマ曲(素敵な曲が出来ている)の詩のイメージが膨らんで、もう一日勝坂に居て、何とか完成に近づきたい、そんな思いがあって、気分転換に浜松に出かけた。 距離的にはずいぶん遠いが、車を走らせてみると2時間かからないでたどり着けた。2時間は遠いと思う人が圧倒的に多いだろうが、勝坂に居ると、町に出る2時間はけっして苦ではないのだ。まずは銀行へ、今日ローン会社から電話があり再度の引き落としが出来なかったので、振り込んで欲しいと言われてしまった。その分ぐらいはまだ大丈夫だと思っていたのに、いやーまいった。手持ちの金と手帳に残っていたお金でぎりぎり払い込むことが出来た。高橋忠史大ピンチだぜ。8月からライブの予定と可能性は有るので、生きてゆけるが、6月7月はどうしよう、ひょっとしたらみなさんの所に僕からの突然の電話が掛かるかも知れませんがよろしくお願いします。もちろん、おひねりライブの依頼です、助けて下さい。優柔不断に生きている奴でごめんなさい。 とりあえず、借金のことは何とかなって、すでに勝坂へ二度も来てくれている小山さんを訪ねて、遠州文化連盟の有る商工会館へ。遠州文化連盟で出している機関誌「Happiness」に、春野町勝坂からの、僕の書いた記事を連載で載せてくれないかと、お願いした所、快く応じてくれた。その打ち合わせもかねて、先日小山さんと一緒に勝坂まで、すき焼きの材料から調理器具まで持って来てくれた押切さんと、夜の浜松に繰り出した。軽く飲みながら、色んな話が飛びだしたがそれは、シークレット。勝坂に来てくれたときの話になると、2人ともはしゃぎだす。小山さんも押切さんも忙しい人達だ、その忙しい間を縫って勝坂まで来てくれた。何もない僕の暮らしが、どこかで息抜きになったのかも知れない。圧巻は、夜帰りに鹿を3度も目撃したと言う話だ。僕もまだ見ていない。「狸」や「はくびしん」や「野ウサギ」は見ているが、鹿は間で僕の前に姿を見せてくれていない。それなのに、2人は帰り道、3度も遭遇したらしい。それも僕の住んでる小学校のすぐ裏で逢ったと言う。くやしい。夜中近所を散歩してみようか、そしたら出会えるかも知れませんね。そういえば、昨夜、虫と格闘して朝まで起きて居たが、明け方近くギャーギャーと言う声が聞こえていた。勝坂の人達の話によると、近頃猿が降りてくると言う、きっとあの鳴き声は猿達に違いない。勝坂はすごいところです。クリエイティブな仕事をしている50歳近い男達を興奮させるほど。 話しているうちに、あくびが出てきた。もう、遅い時間だろうと時計を見ると、まだ8時半。すっかり、この一週間で山の暮らしに慣れたようだ。夜はまだ早かったが、小山さん達、僕の帰る距離を知っている。さっさとお開きにしてくれた。 1時間と少しかけて、勝坂に戻ると雨だった。おかげで今夜は虫が居ない。やったー。 ![]() 浜松の繁華街で、小山さんと僕 押切さんと小山さん |
| 6月 | 16日 | 今日は、電話の取り付け工事でNTTの人が来たが、訪問者は無かった。静かな夜だ、と言いたい所だが、昨夜から蒸し暑くなったせいか、虫の数が激増して、暗闇の中、明かりのついた隙間だらけの古い木造校舎に、電気香取線香の力及ばず、部屋の中は小さなものから大きな蛾までそろって虫だらけ。畳の上には虫の死骸だらけ。あまりのすごさに、昼の間に、隙間と言う隙間をガムテープで封じ込めたつもりだったが、まだ隙間が有ったのかー!。今日はさすがに大きな虫は侵入してこないが、ぶよのような小さな虫が部屋に侵入しては、電気香取の毒にやられて死んで往く。その多さにびっくりしてしまう、すでに畳の上の死骸を処理するために二回もほうきをかけた。寝る前にもう一度掃除しなきゃ。参った。明日は、もっと徹底的に隙間をふさぐぞ。 電話が付いた。音楽の森が、世界に(ちょっと大げさかな)通じたぞ。残念な事に明日の夜にはいったん東京に戻って、音楽の森に帰ってくるのは22日になります。 |
| 6月 | 15日 | 飲み過ぎたせいか、朝早く目が覚めてしまった。なんと4時起き、まるで老人のようだ。眠るにも体力がいると言うがほんとだ、飲み過ぎて体力が低下しているようだ。でも朝の勝坂は空気が冷たく、鳥達の鳴き声以外の音は無く、思わず勝手口を開けて校庭にでた。夏なんですね4時だというのに、空はすっかり明るく澄み切った青空の下、まだ陽のささない山は緑が深く、思わずウォーと歓声を上げてしまった。早起きは良かったのだが、酒が残っているらしく調子は良くない。でも、せっかく起きたんだから、今日急に思い立った、「音楽の森」初ライブのダイレクトメールをはがき印刷し始めた。 「音楽の森」初ライブのお知らせ 7月10日土曜 静岡県春野町勝坂 勝坂小学校2階講堂 6時解放、8時開演 6時からは、お客さんの飛び入りタイム。歌っても踊っても語っても良し。何でも有りの2時間。そして、高橋忠史ライブは8時から、料金はおひねり。 泊まりたい人は寝袋持参で参加して下さい。 と言う内容だ。この日記を見た人も、良かったら参加して下さい。待ってます。 午前中に、出来上がったとりあえずの200枚のはがきを、気田の郵便局のポストに入れてきた。はがきには、大城さんの好意で引いてくれる、電話番号も乗せた。 「高橋忠史・音楽の森」の電話番号は 0539−89−1411 です。 今夜は、磐田JCの江間さんがやってくる。毎晩誰かが来てくれる、嬉しいことだ。磐田JCが35周年記念事業で作るアニメ映画のエンディングテーマソングを作るために、実は今、この勝坂に居る。曲はすでに何日か前に出来ているのだが、詩が生まれてこない。江間さんが来る前に何とか、詩のイメージだけでも作り上げて起きたかった。が、昨日の酒が、抜けない。昼寝をしようとしても詩の事が気になってすぐに起きてしまう。でも、彼らがやって来た6時までに何とかイメージと、サビの詩が出来た。約束通り6時にやって来た。酒とつまみを持って。困ったものだ又今夜も酒盛りだ。出来上がった曲とサビの部分の歌を聴いてもらい、ほぼ納得してもらった。その後は、世間話になっていったのだが、8時頃突然、勝坂地区の自治会長の大石さんが30分ほどいいかなといって、家で作ったという煮付けを持ってきて、話の中に入った。なんだかいい気分で話しているうちに10時を回り、お開きになった。 自治会長の大石さんは、この地域でキャンプ場とバンガローを経営している。なんとその中に、高橋忠史の為のステージを作ってくれるそうだ。今年の夏は大変だー。
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| 6月 | 14日 | やっぱり今日も、9時起き。世間の人にとっては遅い時間なんだろうが、僕には健康的な朝早い目覚めだ。初夏だというのに勝坂の朝は肌寒い。起き抜けに、さっそく湯を沸かし、コーヒータイム、昨夜、大城さんが置いていってくれたクリーミングパウダーを入れたやわらかなコーヒーだ砂糖も入れてよりマイルドなやつを頂いた。普段はストレートで飲むのだが朝はやっぱりマイルドなのがいい。昨日作ったちょっと焦げ臭いカレーはまだたっぷり残っている、今日の昼食はカレーライス。ご飯が炊きあがった頃、役場の平島さん達が仕事のついでにきてくれた。用事はなくても顔を見に来てくれるのは独りぼっちの僕にとってありがたい事だ。しばし話して帰っていった。何もない暮らしがたんたんと過ぎて往く、僕には性があって居るのかこののんびりした時間の経過が心地よい。 2時過ぎに大城さんに電話した。電話は水曜日の午後工事に来てくれるそうだ。電話の権利を貸してくれただけでなく、工事料金も払ってくれると言う、本来なら、それは僕が払いますと言うのが当然なのだが、金欠状態の今、素直にお言葉に甘えてしまった。このお返しはなんとしてもせねば、何時になるかは分からないけれど。とにかくこれで、水曜日から、電話の有る生活に入る、よかった。 おっとそうだ、まな板を手に入れなければと思ったら4時を過ぎていた。昨夜、大城さんが、まな板なら神楽茶屋で売っていたと言っていたのを思い出したのだが、残念、すでに店は閉まっていた。なにせ人の来ないところ、11時に開店して3時に閉店してしまう。都会では考えられない世界だが、勝坂ではこれでいいのだ。火曜と金曜日はお休み、まな板はあさってまでお預けになってしまった。 携帯電話の留守電が気になって、車を走らせ、4kmほど川下に下ってアンテナの線が一本立つ所で聞いたら、なんと5件もの留守電が入っていた。1件は遠州文化連盟の小山さん、風呂に入れない事を心配して、知り合いの旅館を紹介してくれた。ありがたい。あと4件は磐田JCの高塚さんと江間さんだった。今日来ると約束していたのだが、来れなくなった、でも明日の夕方に来てくれるとの伝言だった。今夜は一人か、と思っていたら。すぐに小山さんから電話が掛かってきて、広告代理店を経営している、押切さんと夜、食料をもって出かけるから晩御飯は食べないで待ってるようにと言うことだった。又今夜もお客さんだ。嬉しいことだ。夜7時頃、鍋とコンロと食材を持って押切さんと小山さんがやって来てくれた。何が始まるかと思いきや、すき焼きだー。いやー、大ご馳走だ。机も何も無い部屋を物色して、あり合わせのテーブルを作り、12時前まで、たった3人の大宴会。話は尽きることなく酒と料理に舌鼓を打ちながら、素敵な夜を過ごした。勝坂の刺激的な日々は何処まで続くのだろう。 ![]() 窓際の風景 押切さんと小山さん 宴の後の静けさ |
| 6月 | 13日 | 9時に起き出して、窓を開けると、車が2台泊まっていた。今日は日曜日、資料館に人が居る気配も無かったので、ここに車を止めて、どこか散歩しているのか釣り客なのか。その後も何台か車がやってきて資料館に入っていく人を見た。 お湯を沸かしながら、まずはギターを持ち出して、昨日作った曲をもう一度見直して、しっかりしたメロディーをつけた。いい感じだ、後は素敵な言葉を乗っければいい曲になる。インスタントコーヒーと、うぐいすの鳴き声、毎朝の恒例だ。一息ついて、今日はカレーライス作りだ。まな板がない、仕方ないので果物ナイフを使って、手の中でジャガイモ、人参、タマネギを切り砕くのだが、時間が掛かる。肉は、熱海の井上さんがくれた、干し肉を小さく切って入れた。炊き込む準備が出来るまで30分、炊き込み初めて1時間、カレーのルーを入れて仕上げなのだが、さっき作り直した曲が気になって、弱火にしながら、ギターをもったのが間違い。あーしよう、こーしようと曲をいじくっている間に、なにやら焦げ臭いにおいが、あちゃー!、やってしまった、せっかくのカレーが焦げてしまった。捨てるのはもったいない、仕方が無い、炊きあがったご飯にかけて食べた。自分で作ったものはみな美味い、美味いのだと言い聞かせて、いっきに食った。食べ終わったら12時を過ぎていた。やっぱり、まな板を買わないといけない。それに、ご飯をよそう、しゃもじも無いし、カレーをすくうおたまも無い。気田の金物屋さんに出かけたが、今日は休み、その近くのコンビニに行ったが、じゃもじとおたましか買えなかった。あー明日もまな板のない生活。じゃがいもにんじんタマネギを手の中で切り裂いているうちに、自分の手の親指も少し切っていた。明日も又、傷が増えるのかなー。料理は格闘技じゃないぞー。 夕方、神楽茶屋のお母さん達が、そばが残ったからと言って、炊き込みご飯と漬け物を添えて持ってきてくれた。夜もカレーライスと思っていたが、思わぬご馳走だ。ありがたい。ちょっと早かったが5時に夕食。腹一杯になったら眠くなって、寝てしまった。気が付いたら8時過ぎ、部屋は真っ暗になっていた。明かりをつけて、この日記を書き始めようとしたら、車の音。立ち上がって窓の外を見ると、「高橋さん、こんばんわ」と声がする。外は暗くて誰だかわからない。でも、僕を訪ねて来てくれた人に違いない、2人連れだ。なんと、浜北市から大城さん夫婦がやってきてくれた。僕のファンであり支援者だ。この日記を夕方見て、何か持っていってあげようと、こんな時間に遠方から来てくれた。食料品をいっぱい持って。ありがたい、ここに来てから、人の暖かさをいっぱいいっぱい感じてます。旅の話や、この勝坂での暮らしぶりを話していると、大城さんから電話の事を持ち出された。電話は引きたいのだけれど、今すぐはお金もないし引けないと言うことを話すと。ご主人が、単身赴任していた時の電話の権利が有るから、それを貸しましょうと言ってくれた。なんとありがたい事か。大城さんのご好意に甘えて、これで権利を買わなくて電話が引ける。やっほー。おまけにご夫婦そろってNTTに勤めているという。手続きまでしてもらえるという。早ければ今週中に電話が付く。嬉しい夜が続く。お茶も出さずに帰してしまって事が悔やまれる。 この日記を読んでくれている、大城さん。ほんとに有り難うございます。さきほど頂いたとうもろこしを食べながらこの日記書いてます。 |
| 6月 | 12日 | 昨日、気まぐれ日記の更新の為に、近くにある(徒歩30歩)資料館(なんと出入り自由なのだ)の電話を借りたついでに、勝坂の地区長さんにこれからよろしくの電話をしたら、30分もしないうちに駆けつけてくれて、ほんの30分ほどお邪魔するよ、と言いながら2時間近く話して言った。おかげで、炊きあがったご飯は冷め切ってしまった。でもうれしかった。都会ではあり得ないことがすでに起こっている。明日、男連の会合があると言う。当然、僕も参加させて欲しいと言ったら、気持ちよく了承してくれた。昨夜の食事は、地区長の大石さんが帰った後、どんぶりに盛った冷や飯の上に、熱海の井上さんにもらってきたベーコンを炒め、そこに卵を落として焼いたものを、ぶっかけてその上から醤油をたらした、即席のどんぶりで済ました。真っ暗な小学校、部屋のきしむ音と、窓の外から獣達のざわめきが聞こえる中、なぜか気持ちよく眠る事が出来た。 朝7時、今日も「スミレの花〜」で起こされたが、9時過ぎまで眠っていた。朝飯の用意はしてなかったので、湯を沸かして鳥達の鳴き声を聞きながら、インスタントコーヒーを一杯。なんだか気持ちよくてギターを取り出して弾き始めた、部屋の中で弾いているのがもった無いほどにいい天気、職員室のガラス戸を開けて、そこに座って校庭に向かって弾いているうちに、曲が出来てしまった。歌詞はまだ付いていないが柔らかな素敵な曲です。後ご期待。 12時過ぎ、腹が減ったので、橋の向こうにある、地域のお母さん達が運営している「神楽茶屋」にそばを食べに出かけた。ざるそばを注文して、持ってきてもらったときに、小学校に泊まっている高橋ですと自己紹介したら、テレビに出ていた人ですねと言って、他のお客さんに内緒で、炊き込みご飯をごちそうしてくれた。住み始めてまだ2日だというのに勝坂では僕のことが知れ渡っているようだ。なんだかとってもいい気分。食べ終わった後、まだまだ必要な生活必需品があるので、何処に行けば買えるのかと聞いたらていねいに教えてくれた。ここに来て良かった。都会では感じられないふれあいがここには有るぞー。 さっそく、勝坂から7〜8kmほど南にある、春野町の中心街、気田(けた)に出かけて、野菜類と調味料そしてフライパンを買って戻ってきた。買い出しに出かける時、携帯の通じる所まで来て、ふっと気になったことがある。そう言えば、何日か前、何年も前から親しくしてもらっている、浜松市の遠州文化連盟(静岡では名の知れたイベンター)のボス的存在の、小山さんが週末遊びに来ると言ってた事を思い出し、電話をかけたら、向かっているという。初めての訪問者だ。なんだかわくわくするのはどういう訳なんだろう。 橋の所まで迎えに出ていたのだがなかなか来ない。道がわからなくなったと思い、資料館に有る電話を使って、小山さんの携帯にかけたら、やっぱりそうだった、分かりにくい道では無いのだが、あまりに遠いので、引き返してしまったらしい。でもとにかく、予想していた時間より30分ほど遅れて、到着した。遠方より友来る、嬉しいものだ。 雑然とした部屋の中、ひとしきり話した後、僕が風呂に入って無いという事をくんでくれて、温泉にでも行こうかと言うことを小山さんが言いだした。ところがこの近くに温泉は無い。地図を見ながら探してみたが、やっぱり無い。あきらめかけていた時、隣町の水窪町(みさくぼちょう)に温泉が有るのを小山さんが見つけた。すでに3時になっていたが、駄目もとでもいいから行ってみようという事になった。小山さんの車で出かけたが、勝坂から水窪に続く道は半端でないくねくねの急勾配。一時間半かかってやっと着いたが、無情にも3時までで終了、小山さん悔しくて、温泉の主に食い下がったが駄目。諦めて帰るしかない。山道はこりごりしたので国道152号線を戻った。龍山村にさしかかり、春野に向かうために国道をはずれ秋葉ダムを渡りきった所に、なんと、地図には乗っていなかった、「トロン温泉」の小さな看板が見えた。さっそく行ってみると、最近出来たらしい、村営の施設だった。大きくは無いがあまり知られていないらしく、お客さんは少ない、ゆっくり風呂に浸かることが出来た。大満足、大満足。「捨てる神あれば、拾う神あり」の言葉どうりの出来事だった。さっぱりして春野に戻ったのは7時前、小山さんはお客さんを迎えに、掛川駅に七時過ぎに出かけなければいけなかったようだ。迷惑をかけてしまった。でも、ありがたかった。 小山さんが帰ってまもなく、勝坂地域の男衆の会合の時間が迫っていた。早く帰ってきたら、カレーライスを作るつもりで居たのだが、その時間はない。まもなく大石さんがガラス窓ごしに顔を出して、会議が終わったらみんなに紹介するから、それまで待機していてくれといって、目の前の資料館(会合場所)に消えていった。1時間ほどして、大石さんの呼ぶ声。ギターをもって資料館へ。勝坂の男衆全員では無かったが、主要メンバーの7人に、挨拶をすませ、名刺代わりに一曲歌って、軽い飲み会。僕に対してみなさん好意的で嬉しくなってしまった。僕より若い人は居ない、でも勝坂の若衆だ。一時間ほど飲んで世間話をしてお開き。なんだか、暖かい人達ばかりだ。僕はこの勝坂にとけ込み始めている。 色んな事が有った一日だった。都会育ちの僕にとって、このとんでもない田舎の勝坂は刺激的な所だ。明日は絶対、カレーライスを作るぞー。 |
| 6月 | 11日 | 僕の借りたのは、小学校全体ではなく、小学校の職員室だった所だ。部屋には町の有線放送が設置されていて、朝7時と夕方5時と夜6時に宝塚歌劇団のテーマソング「スミレの花〜咲く頃〜」のメロディーが流れる。のどかだ。宝塚歌劇団の創始者はこの町から出ているらしい、もちろん町の花はスミレだ。7時にその有線放送に起こされたが、長距離運転の疲れが残っていて、また眠ってしまった。9時頃起き出し、鳥の鳴き声を聞きながらの朝食。静かだ。部屋の中はまだ何も整理が出来て無くて、雑然としたままだが、気にならない。嫁さんが居たら角を生やして怒るだろう。一人暮らしの気楽さだ。11時過ぎに役場に向かい、平島さんに会いに出かけた。車で30分の距離だ。農協に一緒に着いていってもらい10キロ入りのプロパンガスを買ってきた。これで煮炊きも出来るようになる。少しずつ、生活が出来る状況が整ってきている。今夜はご飯を炊いて、あっ、おかずを買い忘れた。近くに店は無い。仕方がない、ご飯だけ食べることにしよう。独身時代に戻ったような気分だ。 昨日、携帯が近じか使えるようになると書いたが、平島さんがドコモに問い合わせてくれていて、実は早とちりだったと謝っていた。アンテナが立つのは10月頃らしい、やっぱり電話を引かないとだめか。くそー、金は無いぞー。どうしよう。 |
| 6月 | 10日 | ぐだぐだしているうちに、時間が過ぎて、それでも積めるだけの荷物を積み込んで自宅を出たのは2時を過ぎていた。まずは高坂氏の家に立ち寄り、いらなくなった炊飯器や鍋・やかん・食器などをいただいた。まだまだ足りないものは沢山あるが、これから色んな人に話しかけていただく事にしよう。その後、熱海に向かった。ウォーキングライブツアーの時、熱海でCDを買ってもらった井上さんを訪ねるためだ。車を駐車場に入れて飲みに出かけたものだからCDを頼まれたとき、タクシーの運転手さんに委託する事にしたのだが、あわてていて「明日に続く道」を二枚渡してしまったらしい。一枚を「闘う人」と交換するためにちょっと寄り道をした。熱海を出発したのは6時半を回っていた。そこから、三島に出て1号線のバイパスを西にひた走り袋井〜森〜春野と走り続けて、勝坂に着いたのは11時、長い旅だった。車の荷物を部屋に運び終わったのは、12時を過ぎていた。 |
| 6月 | 9日 | いよいよ明日から、勝坂小学校「音楽の森」での一人暮らしが始まる。ウォーキングツアーの時に何度か泊まったが、高坂氏と二人だったりようよちゃんと3人だったり、初めての一人きりの夜だ。自宅でやり残していることが多いし、明日は猫の蚤殺虫薬を買いに行かなくてはならない用事もある。春野に向かう途中、高坂氏の家に寄って使わなくなった炊飯器や食器類をいただいて、熱海に向かい、井上さんにCDを渡しそんなこんなで、結局「音楽の森」に着くのはあさっての明け方になってしまいそうだ。 役場の平島さんから昨日、吉報の電話があった。勝坂は携帯が届かない地域なので電話を引かなければならないと思っていたのだが、ドコモのアンテナが近じか着くことになったらしい。少しの間、携帯の留守電に電話してもらう事になるが、一ヶ月以内には携帯電話が通じるようになる。ラッキー!。 |
| 6月 | 7日 | 今年のウォーキングライブツアーも終わり、東京の自宅でくつろいでいます。色んな事が有りました。リアルタイム旅日記だけでは語れない事も沢山ありました。それは何時かライブの中で話して行こうと思ってます。 |