気まぐれ日記

98年12月

 

12月 30日 朝、電話があった。Qちゃんこと渡辺さんからだった。眠っていた所を起こされたので、少しの間、何の話をしているのか理解できなかったのだが、どうもライブの依頼らしい。場所は山梨県都留市の福源寺というお寺。ひょっとすると、歌い納めと歌い始めが一緒くたになりそうな予感。福源寺の和尚は、僕の最初のウォーキングライブツアーの時、福井県の永平寺に泊めてくれた人だ。7年ぶりの再会、楽しみだ。その模様は年明けに「最新情報」にけいさいします。
12月 26日 また、今日も夜明け前。なんて暮らししてるんだろう。
12月 25日 機能が増えて、スピードアップされても、日記をつけようとする姿勢が無ければだめなんですよね。分かっちゃいるけど、旅をしているときのような気力が沸かず、思い出したように日記を付けています。今年も後わずかになりました。4年連続で静岡県青年の船に乗船して、年末年始を船で過ごしていたので5年ぶりの日本での正月です。けっこう楽しみにしていたのですが、娘達はすでに大人になり(次女はまだ高校生だが)長女は正月早々3日から仕事が始まり、次女はきっと友達と遊ぶ事に忙しいだろう。しかたない、嫁さんとのんびり過ごす予定でいたのだが、僕にも高知県夜須町から1月3日に成人式の仕事が舞い込んできて、飛行機のチケットは取れそうもないので、2日には家を出なければならなくなった。ゆっくりのんびりは、次の正月に持ち越しかな?。
12月 20日     
大阪市平野区の小さなお店「SUNSET BROONZY」でのライブ。静岡の船で出会った、西尾君が大阪で出会った仲間達に聞かせたいと一週間前に電話をくれて実現した。小さな店にお客さんはまばらだったが、音楽好きの集まる店、久しぶりにブルースを沢山歌った。ライブが終わった後、音楽談義に花が咲き、とってもいい気分で店を出て、夜の大阪を後にして東京に向った。今年最後のライブが大阪だった。今まで関わりを作れなかった大阪だが、来年からこの店を拠点にして広げていけそうな予感が?。
12月 19日     
奈良県明日香村でのライブに向った。会場は飛鳥寺研修会館。早く着いたので、珍しく観光する事にした。明日香は奈良時代に栄えた所、見るべき所は沢山あるが、日高靖志の体調がすぐれず、この石舞台だけを見学して会場に向った。今日のライブは奈良県青年団50周年イベントで吉野郡を一緒に歩いた仲間達が忘年会をかねて開いてくれた。下の写真のメンバーがそれだ。知り合いの多いライブ、相手に合わす事無く、久しぶりにリラックスして歌えた。滋賀県からも藤木氏と智香ちゃんが来てくれた。
    

  
12月 18日 兵庫県高砂市の県立松陽高校の芸術鑑賞に出演。昨日とは打って変わって1000人の高校生の前での演奏。女子が多いせいか、妙に乗りが良かった。でもざわついた会場が最後まで静かになる事は無かった。
12月 17日  愛知県を出発して兵庫県明石市へ。今日のコンサートは明石労音主催の12月例会。会場はサンピア明石という結婚式場もかねた他目的ホール。集まったお客さんの年齢層がかなり高く、何処まで伝わったか不安が残った。左の写真は、コンサート終了後、打ち上げをした飲み屋の前での実行委員達。左はしに居るのは、明日の高校公演をプロデュースしてくれた古田氏。
12月 16日    
ひさしぶりに日高靖志と、二人旅。出発を祝うかのように晴れ渡った空は青空。雪の帽子を被った富士山が全景を見せていてくれた。17日のコンサートの為に1日早く出て愛知県の嫁さんの実家に泊まった。
12月 13日 ありゃりゃ、11月は2回しか書いてなかったんだ。12月になって2週間が過ぎようとしているのに、初めての日記です。何も無かったわけではないんだが、毎年ウォーキングライブツアーが終わった後、2ヶ月近く呆然と過ごしてしまう。今年も同じく流れるように生きています。伸也くんのライブの模様も更新出来ないまま、もうすぐ関西地方のライブに出かけます。あ、そうそう、吉田町でパソコンを盗まれた事はお伝えしました。その後、旅の帰りに東芝のリブレット100を10万円で売っている店を見つけ、手に入れてしまいました。前のIBMのパソコンに比べずいぶん大きくなってしまいましたが、性能は10倍ぐらいアップし、モバイルとしての機能も充実しました。これからは気軽に日記もつけられそうなので、このページ期待していて下さい。
12月 7日     
 ビデオ制作に取り組む、スタッフ    丸山さんとピアニストの甫木元さん   矢島さんと、ナレーターの栗原さん

12月7日、久しぶりの雨が降る中、日本青年館に向った。鹿児島のウォーキングライブが終わって、すぐに東京に帰り、全国青年大会の閉会式で歌ったのはついこの間のように思える。今日は、その閉会式のエンディングで、スライド上映とともに歌った歌の録音と、その模様をビデオにするための編集作業の為に、当日かかわった人たちが集まった。昨年もほぼ同じメンバーでこの作業に関わった。だが残念な事に、昨年「証明」を歌ったときピアノを弾いてくれた人が若くして亡くなり、甫木元さんに変わった。命のはかなさを感じながら、だからこそ精一杯今を生きていい作品を作ろうとみんなでがんばれたような気がします。今年は、甫木元さんのピアノで「トンネルを抜けて」を歌いました。

ピアノ伴奏だけで歌う高橋忠史を見れるのは、日本青年館大ホールで行われる全国青年大会の閉会式だけです。そのシーンがビデオに収められていないのが残念です。


録音と編集作業は6時間に及んだ

12月 1日 掲示板でおなじみの伸也君が、ぜひうちの町でと企画してくれた、宮城県三本木町に向かって自宅から車を走らせたのは、10時を回っていた。たかだか400km、たいして時間はかからないとたかをくくっていたが、世間は早、師走。高速に乗るまでにあちらこちらで渋滞。高速道路は雪にそなえてそこらじゅうで道路工事。約束の3時には到底間に合わず、かなりぶっ飛ばして走ったのだが、会場の三本木町商工会館に着いたのは4時を回っていた。6時間近く車を走らせたのだが、休憩は一回だけ、着いたとたんに疲れが襲ってきた。実は昨日の夜、あまり眠っていなかった、当然眠気も襲ってきた。リハーサルを終えたら何処かでひと寝入りしようと思っていたのだが、妙に気合がはいって、普段、さっさと止めてしまうリハーサルを、一時間近くやってしまった。今日のコンサートの為に頑張ってくれた伸也君に、本番では唄いそうも無い、でも聞いて欲しい歌が沢山あったからだろう。その後少し時間はあったのだが、伸也君の友達で昔(約15年ほど前)から僕の歌をしっているという人と話したり、そうこうするうちに、奥の細道ウォーキングライブツアーで昨年お世話になり、今年の夏、伸也君との出会い(詳しくはLC通信を見てください)を作ってくれた、素敵なコンサートをしてくれた高橋君が鳴子町からやってきて、結局コンサートが始まるまで休める時間は作れなかった。1時間半の予定が2時間を越えてしまった、でもお客さんは誰一人として帰ろうとしなかった。控え室に戻ると、奥の細道で協力してくれ今年の宮城県青年大会にも歌う場所を作ってくれた、宮城県の登米郡の青年団員達がどかどかと入ってきた。コンサートが始まった時には確認出来なかったかのだが、1時間以上かかるこの町まで、車を飛ばして来てくれたと思うと、心の中で涙を流すほど嬉しい事だ。同じ県に住みながら今まで出会ったことの無い人達の出会いを作れた其の事に、今日のコンサートの大いなる成果があったようなきがする。そんな彼らを見送ってから、今日のコンサートの実行委員である商工会のメンバーと打ち上げに出かけ、伸也君と共に代行で隣町の古川市のホテルに。二人だけで話がしたくて、町の飲み屋さんに出かけ、眠い目をこすりながら、深夜まで飲んだ。

ちなみに伸也君はお菓子屋さんだ、彼の作った(写真)新製品のチーズケーキは、とにかく美味い。これで一個80円は安すぎると怒ってしまったぐらい美味い。三本木町に立ち寄る事があったら「大正堂」という店を探してください。新製品のチーズケーキを買って食べてみてください。なにせ、ケーキ大好きな我が家の娘達が、今まで食べた事が無いほどの美味しさだと、太鼓判をおすぐらい美味いのだ。

    
 いざ三本木町へ、東北自動車道   ライブ後、伸也君と宮城県の青年団   伸也君の作った新製品、美味すぎ

    
     帰り、福島県にて   帰り、ノートパソコンを買ってしまった   気がついたら新しいパソコンと、朝を迎えていた

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