日本から輸出された桜はオーストラリアでは何故10月に咲くのか?
酢谷琢磨
1. はじめに
南半球に位置するオーストラリア、メルボルンへ海外出張した1996年10月1日、メルボルン大学からホテルへの帰途一公園で桜が咲いて
いるのを発見した。学会会場で知人にこのことを話すと、「桜はオーストラリアでは自生せず、日本から輸入されたものだ」と
教唆された。そこで、「北半球における日本で4月に咲いていた桜が何故オーストラリアでは10月に咲くのか」との疑問が生じた。知人は「
2度咲いたのだろう」と推測していたが、根拠は薄弱であり、現在まで結論には至らなかった。
最近、『桜』[1]が出版された。註[1]で、桜は「5℃の低温刺激がなされると休眠が解除される」との記
述に遭遇。この記述を基に、日本からオーストラリアへの出荷月毎に開花状態を検討した。その結果、日本の冬季に出荷さ
れたものは4月と10月に2度咲く可能性もある。しかし、日本の春以降に出荷された桜はオーストラリアでは必ず10月に咲く
ことが明確となった。
本文は、これらの結果を論述する。
2. 『桜』
右図はメルボルンとは峻別しにくいが、オーストラリア、メルボルンの一公園における桜を示す。註[1]では、
桜が咲く仕組みとして、休眠が解除された後は気温が高くなれば早く咲くが、休眠解除のためには低温刺激が必要である。低温
刺激には5℃前後の温度がもっとも効果的で、 (中略)現在の東京では1-2月に充分に低温刺激をうけて休眠解除がおこなわれて
いると思われる。
とある。
そこで、日本からオーストラリアへ桜を輸出する場合の低温刺激を考察する。この場合日本とオーストラリアでの低温刺激
月が異なるため、一括した考察は不可能であり、出荷月毎に検討する必要がある。この検討結果を下表に示す。下表において2行目
は日本の四季、5行目はオーストラリアの四季を示す。4行目は日本からオーストラリアへ輸出した場合であり、出荷月は日本の季
節に対応し、開花月はオーストラリアの季節に準拠している。即ち、日本で1月低温刺激(休眠解除)を受けた桜がオーストラリアへ
輸出されると、オーストラリアは夏なので4月に開花する可能性はある。この桜がオーストラリアで栽培されると一旦は休眠状態に
なり、7月には低温刺激を受け10月に再び開花すると推測される。それ以降は毎年10月に咲くことになる。日本の1月に低温刺激を
受けない場合も想定されるので、表では(開花)と表示する。2月、3月出荷分は間違いなく低温刺激を受けるものと思われ、オース
トラリアでは4月に開花し、しかもオーストラリアでの低温刺激により10月にも開花する。日本で4月に出荷した分を考察すると、
この場合オーストラリアの4月は秋であるから開花するかどうかは不明。従って、(開花)である。この桜も7月にはオーストラリア
で低温刺激を受けるため10月には開花する。
次に、日本から5月、6月に出荷された桜について考察する。この桜はオーストラリアで7月低温刺激を受けるため10月には開
花する。7月出荷分については、オーストラリアで低温刺激を受るかどうか疑問もある。しかし、日本での休眠状態が維持されてい
るとするならば、オーストラリアは春に向かうため開花すると考えられる。8月以降12月出荷分については、その年の10月には
開花せず、翌年7月オーストラリアでの低温刺激を受け10月に開花する。即ち、オーストラリアで桜は10月に開花することが明
証された訳である。
尚、日本では10月桜が存在する。この桜をオーストラリアへ輸出した場合は、4月と10月の2度咲きは無く、全て10月に咲
くと考えられる。
3. おわりに
本文は、日本から輸出された桜はオーストラリアでは何故10月に咲くのかについて検討した。その結果、日本で4月に咲く桜
は、オーストラリアでは10月に咲くことを論述した。尚、日本で1月、及び4月出荷分に関し不確定要素が存在する。前者につい
ては、1月出荷と概括しても日本で低温刺激を受けたかどうかについては特定できないからである。後者は、4月出荷とし
ても日本で出荷前に咲いた桜の出荷か、咲かない遅咲きの桜かによってオーストラリアでの桜の開花状況が異なるからである。
又、オーストラリアの冬に相当する7月に日本より出荷した分については、オーストラリアで低温刺激を受けるかどうかは不確定であり、
その年の10月の開花は不明確でもある。しかし、翌年の10月には必ず開花すると考えられることを付記する。
註
[1] 勝木俊雄:『桜』、岩波新書、2015
Last updated on Nov. 23, 2015.