12月9日C. モンテヴェルディ:バロックオペラ「オルフェーオ」全5幕
オルフェーオ:牧野正人(藤原歌劇団)、石川県立音楽堂邦楽ホール

酢谷琢磨

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 「聖母マリアの夕べの祈り」で有名なC. モンテヴェルディ作バロックオペラ「オルフェーオ」全5幕が石川県立音楽堂邦楽ホールで開催される。バロックオペラ、しかもC. モンテヴェルディは金沢2度目との事だが、私は見ていないので石川県立音楽堂に出掛けた。

 第1幕プロローグはややテンポの遅い序曲で始まった。古楽器を使用していないのでバロック時代の雰囲気とは異なると思われるが、プログラムに記載してあった「金沢版」と思えば納得。尚、 語りの後、音楽の精が出てきて、印象的な歌詞を歌う。紹介しよう。

Io la Musica son, ch'ai dolci accenti 私は「音楽」、柔らかな調べで
So far tranquillo ogni turbato core, どんな乱れた心をも鎮めることができます。

 次いでオルフェーオとエウリディーチェの結婚式の場面で、バレーも加わり華やか(過ぎる)な舞台であり、音楽であった。第2幕へは回り舞台の反転の後、幕前にオルフェーオ、透かしで エウリディーチェが毒蛇に噛まれて死ぬ場面が綺麗に描写された。尚、オルフェーオ役の牧野正人さんの歌唱は、オーケストラが オ−ケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーによる小編成弦楽5部で、テオルボ型リュート(フレットの長い古代ギター)とチェンバロによる和音のみの演奏にもかかわらず、レシタティーボ風に歌うソロが極めて印象的であり、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」でも出てくる「ハァハ、ハァハ、ハァハ、ハァハ」という反復音も効果的であった。
 
 休憩を挟んで第3幕以降は、オルフェーオの独壇場で、牧野正人さんの熱演であった。しかし、欲を言えば第4幕における冥界で「振り返ってはならない」と厳命されているにも拘わらず、思わず エウリディーチェを振り返る場面では、もう少し劇的な演出があっても良かったのではないだろうか。その他の登場人物については、プルトーネ及びプロセルピーナ等のソロが綺麗であり、 オルフェーオに花を添えていた。第5幕フィナーレのニンファ達と牧人達の場面では、第1幕同様華やかであったが、合唱のボリュームが不足。華やかさを強調するのであれば、もう少し合唱団の 人数を増やすべきであった。即ち、バロックオペラを目指すならば、質素な演出を心掛けるべきであり、グランド・オペラ風の華やかさを強調するのであれば、マンパワーを増やさなければならない。 今後もバロックオペラをプロデュースする場合は、これ等の点を考慮し、その方向性を明確にして欲しい。
 尚、オルフェーオが冥界(黄泉(よみ)の国)にエウリディーチェを追っていく場面で、

Ma pria che tragga il pie da questi abissi しかしこの奈落から足が離れないうちは、
Non mai volga ver lei gli avidi lumi,    その渇望する目をけっして彼女に向けてはならない。
Che di perdita eterna            ただの一瞥だけでも、きっと
Gli fia certa cagion un solo sguardo.    永遠に彼女を失うことになるだろう。

とある。我が国の古事記[1]にも、

  ここにその妹伊邪美命を相見むと欲ひて、黄泉國に追ひ往きき。<中略>ここに伊邪美命答へ白ししく、「悔しきかも、速く来ずて。吾は黄泉戸喫しつ。然れども愛しき我が汝夫の命、 入り来ませる事恐し。故、還らむと欲ふを、且く黄泉神と相論はむ。我をな視たまひそ。」とまをしき。

との箇所がある。このような黄泉の国における「振り向くな」神話がギリシャにも極東にも存在したことは、非常に興味深い。

[1] 倉野憲司校注:「古事記」、岩波書店, 1997


Last updated on Dec. 09, 2006.
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