乱反射1


 
 それは全てではなくただ一つの世界のもの。
全ては自分であり、自分は一つである…
矛盾は何一つ無く、そして答えだけ無い。
ただあるのは白日に曝された瓦礫のような色のない現実。
全ては自分のものであり…全ては否である。

そして、名前だけがない…。


 
 


 天を仰ぎ、地を眺める。
天は暗く、地は黒かった。
 

 はじめてこの場所に足を踏み入れたとき
何て恐ろしい場所だろうと思った…。
天は覆われ日の光は線のように針のように注ぎ大地に模様を描くだけであたりを照らすことはしない。
大地は道をほとんど持たず、大きな木々は朽ちて倒れ、また苔生して人の行く手を遮る。

むわっとした空気があたりを覆い、木々や獣のざわめきが四方からせまるようで気がつくと右手で左腕を抱きしめるようにしていたのを憶えている。
 

ケモノは多く、草木も生い茂りしかし道しるべになることもなく…。
 

 ただあたりは暗くどこまでも闇に捕らわれた空間が広がり、
目を凝らしてもなにも見えなかった…。
 
 
 
 
 

 さくり…
踏み出した足の下からもう今は聞き慣れた音がかすかにする。
 さくり…
次の一歩…雪を踏みしめる音。
 さくり…
新雪と言うのもばかばかしい辺り一面の白。
足下に目をやりながら一歩一歩進んでいく。
 

 天を仰ぎ
地を眺める。

 天は白い光に満ち
地もまた白い。
 

 ここは黒月の森。
もうそう呼ぶにふさわしい景色は残されていなかったが、それでも雪から顔を出す枯れ果てた黒い木々の梢達がその名残を残す。

 ここは黒月の森、かつてそう呼ばれた場所。
しかし、木々は葉を落としもう太陽を遮ることもない。
降り注ぐ光は雪の照り返しをうみ、世界は白い光に満ちたまばゆいものにかえる。
もうあのときのような鬱蒼とした空気はなくただ冷たい風が
遮るものもない森の隙間を駆け抜けて頬をなでる。
生き物の気配は…もうない。

ただあたりは白く…
それは目を焼くほどに…。
フェイはその目の痛みをこらえるように唇をかみしめて
足下を…その先の雪の道を睨み付けるようにゆっくりと歩く。
 
 

「あ、こんな所にいた!」
「………」
 振り返らずとも、忘れようも無き声に、それでもフェイ振り向いては少し何かを思い出すようにしてからゆっくりと口を開いた。
「バルト…」
 そしてすぐに向きを戻し、またゆっくりと歩き出す。
ただ足下を見つめて…。
「よくここがわかったね」
「ほっとんど偶然。砂漠の隠れ家にパーツがあったことを思い出して取りに来たら
この黒月の森の入り口にゼノギアスを見つけた」
 ゼノギアスは白い機体だから見つけるのがこの雪原では大変だけどな、そう笑ってバルトは並んで歩き出す。
早くもなく、遅くもなくただゆっくりと…森の中を…。
「パーツは見つけたのか?」
「あ?ああ、さすがに砂漠はそもそも水が少ないせいであんまり雪が積もっていなかったんだ。わりと楽に掘り出せたぜぇ」
 にかっと笑うバルトの笑顔は何も知らなかった頃となんら変わること無い印象で
フェイはそれにほんの少しだけ笑顔を見せる。
何も考えていないようで、やけに広い度量のこの男の態度にフェイはどれだけ救われたか。
フェイはこの男がとても大事だった。
そう、フェイにとってはとても…。
堂々巡りする思考に、それっきり口を開かず雪を一歩一歩踏みしめて先に進む。
「しかし、本当にこの辺は何もねぇなぁ…」
 そんなフェイの隣に並んで口笛を吹きながらバルトはあたりを見渡す。
「そんなことはないよ」
 くすりと笑ってフェイはゆっくりと、そして淡々と言葉を紡ぐ。
「ここは真っ暗で…、草木は覆い、ケモノがあたりに潜んでいて…」

一旦言葉を区切って…そしてやはり思い出すようにぽつりと…。
「恐かった…」

「そんなにここの獣って強かったっけ?」
「そうじゃない…ここは真っ暗で何も見えなくて…」
 この森のことをよく知っていたらきっとそれほど恐くはなかったのかもしれない。

「俺はあの時自分のことも、森のことも分からなかったから…」
 自分の行き先が分かりさえするのなら…まだましだったのかもしれない。
人は暗闇に自分の恐れるものの影を見るという…。
あの時何を見たのか…いや見えないのが恐かったのか。
「どこにも行くところも居場所もなくて…」
そういって、何かを考えるようにまた口を閉じる。

ああ、この話は誰のことだっけ?
 

あの時何も分からなかったのはフェイ。
何も見えなかったのもフェイ。
何も見ようとしなかった臆病者…。
全てを拒絶せざるを得なかったイド。
お互いの姿が…本当の意味で見えるわけもなく。
だからざわめく世界のなにもかもに怯え…そして
それすらもつかれて出来なくなってしまっていた。

そしてその中で居場所がないことを知っていたのは…。
交差する感情。
二重螺旋の時間。
 

ゆらりと赤いオーラがゆらりと空気を揺らめかせた気がして
バルトは2,3度瞬きを繰り返してフェイの方をじっと見つめる。

「イド?」

そんな気配がしたようでしないようで…。

「………」

「…フェイ?」

でも目の前の姿は確かにその男のもの。

今感じる雰囲気は…。

「……それなのに…」
 

「それなのに今ここに来てみたら全然変わっていて」
「そりゃぁ木が全部枯れちまって雪も積もってすっかすかだもンな。」
「恐かった…はずなんだけど…」

 恐かった…何もかも分からずに。
自分すら分からずに暗闇のざわめきを聞くのは…
自分の中に済む何かに怯えるのと同じく…
それなのに…
 

「はずなのに…」

今はもうすべてが白日の下に曝され
恐れるものもその正体もわかり、そして飲み込んだ…

それは自分のもので他人のもの…。

「あの時の方がよかったかもなんて…いや、それすらも…」

「おいどうした?」

「ちゃんと思い出せないなんて!」
「フェイ!」
「いや思い出せないのではない、知っている、俺は
あの時恐かったことを知っているんだ!」
 

「ああ、そうか…俺は…もう知っているんだ…」

そう、自分は知っている、あの時フェイがとても怖がっていたことを…
それを通り越して疲れ果てていたことを…
知っている。
でも知っているって何?
他人事のように、ただの事実のように。
 

「なんだよ…それは」
「何って?言葉通りさ…。俺はそのことを…知ったんだ」

そういったのはフェイ?
ちがう
でもそう。
イド?アベル?キム…それ以外のあまたの意識…。
頭の中に存在し闇の中に埋もれ…
それでも声を上げていたあの頃。

自分のうちすら理解できずに怯えていた…
今全てが繋がり暗闇は晴れ、世界はたぶん光に満ち
物陰すら雪に跳ね返る光に照らされ
陰る所など無いというのに。

もう隠れる所などありはしない。

何もかも知っている。
でも自分のことではない。
1人の記憶に他の意識が反発する。
たぶんそういうこと。
全ては自分のものであり…そして何一つ自分のものではあり得ない。
 

ああ、この森で何一つ知り得なかったあの頃。
暗闇の中わずかに感じられる気配に怯えお互いにそっぽを向いていた。
だから手の内に何一つ無くても自分は自分一人の物だった。
全てを一つにして新たに生まれた意識は
過去の全てを記憶の凍土の中に閉じこめて…

目の前に広がるは何もない荒野…。
すべては臆病者の…
イドのもので
フェイのもので
自分のものではないのだ…。
でも全ては自分自身で…

満ちる光を綺麗だと思う。
刺すような光を厭わしいと思う…。

この意識はフェイの?
それすら何一つとして…。

跳ね返る光と大地の下は
失われた記憶がもう生き返ること無い死んだ凍土に埋もれているだけ。
ならば光を照らすことに何の意味があるのか。
黒い彼果てた木々はまるで過去の墓場のようにくっきりとその姿を浮かび上がらせ
影を作ることすらも出来ずに。
そしてその墓標に書かれた名前は…

アベル…
キム…
ラカン…
グラーフ…
イド…
そしてフェイ…。
 

「おい、フェイ?」
「………」
答えはない…。
ただちらりとのぼるオーラは不安定に色を変え…。
 
 

「イド?」
「……」
薄々とながらバルトはこのオーラの元に気付いたようだ。
複数にして一つなるもの。
「えーっと…、アベル…?」
「………」
「…………」

答えたくない…。
答えようもない。
すべては自分で
自分自身ではない…
全ては一つになり、そしてすべては自分ではない。
ならば自分は誰でもないのだ…。
いつもはフェイと問われて答えてもいたが、
いまはとても答える気にはなれない…。

ただ白いばかりの地面を眺めて歩くだけ…
 
 

「おいこら!そこの接触者!」
いきなりとんできた怒声に振り向くと
バルトはいつの間にか歩くことをやめ仁王立ちにフェイのことを睨んでいた。

続く…すまない…


最初はシタフェイでかいていたのに…
話しに救いが無くなってきたので
バルトにしてみたらまぁかきやすいこと(苦笑)…

(2001.11.7 リオりー)