宵闇が訪れて不思議な時間がやってくる…
それはいつものように、フェイがシタンの家を訪れて
いつものように夕食をごちそうになり、ぽんぽこ風呂というものに
いれてもらい、そして本を読んでいてもらっているときだった。
フェイは、この時間になるといつも、ここがのんびりしていてと暖かいので
そしてシタンの声があまりにもやさしいのでうつらうつらと寝てしまう。
シタンはゆっくりと本を読み続ける。
まるで眠りのなかにも今の暖かい雰囲気を伝えるように。
穏やかな空気と優しい時間…。
しばらくしてシタンはぴたりと本を読むのを止める。
そしてうたた寝をするフェイの方をじっと眺める
。
眺めるというより見つめるに近い。
まるで彼の全てを知ろうとするように…
まるで彼の中まで見通すように。
彼の中に捕らわれたまま声一つ上げることを許されない存在まで
見取るように、
ただじっと…。
宵闇は暗く消えかけたランプの明かりでは
何一つ映し出しはしないのに…。
やがてシタンは、おもむろに立ち上がると
目の前の少年に近づき、そっと囁く…。
「待っていて下さい…
きっと救い出してあげますから…」
届くか届かないかの
つぶやきはそれでも誓うような強さを宿し
吐息に紛れて額に触れた。
「ん?せんせ…い…?」
「ああ、目を覚ましましたか?」
「あれ?また寝ちゃったの?」
「ええ、でもいいですよ、またその前から読んで上げますから」
「ごめんね」
「いいんですって、それよりほら、麓に帰る時間でしょう?
玄関まで送りますよ」
「うん、ありがとう先生!」
二人が出ていきドアが閉ざされ、部屋は暗闇のみが支配する。
ここに微かに残るのは宵闇に隠された
わずかな逢魔ともいえる時間と…
床に残る一本の赤い…髪…。
もしくは跡すらも残さぬ一筋の涙…