ダンスをしましょう♪4

 

 ふわりという音すらも立てずにマイルが降り立ったところは船長室だった。
「…おう、マイル殿か。何用だ」

 迎えたのはもちろんヌメロス海軍旗艦艦長、そして今は特別大使パルマンの側近も兼ねるガゼルだ。
テレポートなんて見慣れたモノでもないだろうに、わずかながら驚いた風情を見せただけですぐに普通に対応してくれるあたりに余裕というからしさが感じられて、マイルはほっと少しだけ息を吐くと笑顔で会釈を返した。

「申し訳ありませんいきなり…」
「まったくだ…まぁこの鏡が光ったから何か連絡だろうとは思ったが」

 ガゼルが指さしたのはミッシェルから預かった特殊な鏡。
今回ヌメロスの客分扱いとなる彼らとパルマンが連絡を簡単に取れるようにミッシェルが特別に作った物。遠くからでも簡単な連絡が出来るというもの。
 合図が送れるという程度で、それほど便利なものではないが。
もちろん今回のようにテレポートする時のための目印にも使われる。
さもなければ動いている船の上なんていうところに正確に出ることは不可能だからだ。

「まず用件を言ってくれりゃぁ」
「すいません、ちょっとあそこから話すには不都合が…」
「ふーん?」

 パルマンは今は大使としての仕事ででているらしい。
ま、いいや話せ、と後ろにあるソファーを顎をしゃくってみせるガゼルの粗雑な仕草が、今のマイルにとっては心から安心できる。
 マイルはやっと何かから解放されたような気分になって、勧められたとおりにそのソファーにどかっと沈み込んで今までの事情を話した。
 

「ふーん、でお前達はなんとかあの町から脱出をはかりたいわけだ」
「ええ、まぁ有り体に言えばそうです」

 カヴァロ脱出…。

 こういうことではなかったはずだが気分的にはモンスターよりアホウな腐れ軍人よりも暴走木人よりもよっぽど恐い。何しろ倒すわけにはいかない、無敵で不死身の善意軍団。

「どうしてだ?いい暮らしさせてくれるだろう?」

 にやっと笑って、ちょっと含みがあるような言いぐさ。
それに気付けないマイルではなかったが。

「もちろん、そうなんですけれども…」
「ま、いいや、もともとそちらは俺達ヌメロスの客分となっている。そちらがヌメロスに帰りたいというなら、もちろんもとよりうちが預かるつもりだったから依存はないさ。向こうにはこちらから、どうしても必要な打ち合わせ事項が出来たと言えば返してもらえるだろう」
「ありがとうございます。それももちろんお願いしたいんですけれども…」
「なんだ?まだあるのか?」
「ええ、その…ヌメロスでダンスの先生を1人紹介して欲しいのですが」
「ダンス?そんなのカヴァロで憶えて来ればいいじゃないか。お披露目なんてたかが一曲だろう?」

 その一曲が問題、というかその一曲にたどり着いていない。
なんだか一月経っても行き着けそうにないのが問題なのだ。
先生は一流ダンサー、丁寧な指導。おまけに三食昼寝観光おみやげ付き。
文句なんかいったら罰が当たる…のかもしれないが。

「そうなんですけれども…その…なんていうか…向こうの先生って丁寧すぎると言うか…その」

 言いにくい理由に一生懸命言葉を探すマイルに、ガゼルがにやりと人の悪い笑いを浮かべて、

「”基礎のステップをきっちり身につけなければ後々変な癖が残って人の笑いモノになりますよ!曲に合わせて通しで稽古するのはもっと先の話です”だろ?」
「そうで…あれっ?」

ガゼルから発せられた言葉は几帳面で神経質そうな、あきらかに彼のモノではない台詞、モノマネ。
どこかで聞いたことのあるような…。
いやどこかもなにも…。
 
 
 

 そこへノックもなく扉が開いて1人の男が顔を覗かせた。

「ただいま…っておや?マイル君じゃないか、いらっしゃい」

 そんなことが出来るのはもちろんただ1人、この船の長であるガゼルの上司であり、全権大使であり、プライベートでは誰よりも信頼できるパルマンである。

「すまないな、話し中だったか?」

 出直そうかと目で語るパルマンにマイルが慌てて手を振る。

「いいんですよ、パルマンさん。ぼくパルマンさんに会いに来たんですから」
「わたしに?」

 その言葉にパルマンは部屋にはいるとマイルの前、ガゼルの船長机の端に軽く腰をかけて、なんだ?と仕草をマイルに返した。
 見えている片目だけをちょっと見開いて、ひょこっと首を傾げる仕草が妙に似合う背高な軍人さんというのも珍しい。彼についてまわるもの慣れない雰囲気は軍人の持つ、特に真面目なパルマンが持っているはずの堅苦しい雰囲気を見事に中和してあまりあるかわいさがある。

「それなんだがどうやら今回は俺の勝ちだな」

 机に頬杖ついて行儀悪く横から口を出すガゼル。その言葉を聞いてパルマンが、ああと、何かに納得したような顔をする。

「……ああ、一週間か…?もっと保つ思ったんだがな」
「は?」
「ばぁか。お前は曲がりなりにも元王子で王宮生活もしたことがあるだろう?お前は堅苦しいのも無駄に豪華なことにも苦手ではあっても忍耐は付けてある。彼らはお前以上にそういうものに縁が無いんだぜ。俺はお前の限界10日以上は行かないと思ったぜ」
「あのー」

 妙に分かった風というか…謎の会話をしだした二人についていけないマイル。

「まぁ確かにあそこはちょっと違うからな」
「贅沢が当たり前と言うより、あの文化がかなり日常だから、こっちの当惑は理解されないと言うわけだ」
「それにしても…まぁいいわたしの負けを認める。しかしお前は賭けの勝利時の条件を…」
「賭け?」

 二人のやりとりを聞くうちにうすうすと…いや、賢いマイルにはだいぶはっきりと会話の裏が見えてくる。
 

「…要するにあなた方はこうなるだろうと分かっていて…。おまけにそれを賭けのネタにしていたんですか…」

 マイルに地の底から響くような声でそういわれて、賭けの話に熱中しかかっていた二人はハッと己のまずい現状に気付く。

「え?あーと、別にこうなると分かっていたわけでは…」
「質問に答えて下さい…。カヴァロのことは知っていたんですか…?」

 言い訳たらたら。だって妙に低い声でゆっくりと喋るマイルはかなり恐い。一見大人しい人間ほど怒らせると何があるか分からない的な雰囲気が漂っている。後ろめたい人間がびびらないわけもない。

「そりゃぁ…俺ら経験者だもんな」

 そんなマイルの前でもそれなりに自分らしいフランクな物言いを失わないのは、流石海軍司令官であるガゼルであるが、そんな彼も心なしか腰が引け気味である。

「経験者…」
「君たちに対するほどではないが、当然私は王子として大使としてかなり前にも何度か訪問したときがあって…それなりの歓迎も受けているから…」

 パルマンはとっくにいやな目に遭い済みだったということだ。

「あの文化人街の感覚がかなり違うことは知っていたんですね…」

 もしかしなくても自分が逃げ出すために生け贄にしたのかも知れないという考えは、ここでかなり信憑性を帯びてくる。

「まぁ…それなりに…」
「仮にもフォルト君達は芸術家だし。一度はあの街で最上の文化と芸術にひたるのもいいかと思ったんだが。」
「そうそう、必ずしもイヤになるとは限らないしな」

 もちろんその辺もウソではないだろうが…言い訳じみて聞こえるのはもうどうしようもないだろう。

「そしてそのことでひとをダシに賭けをしてたんですか…」

 追求のとどめ。

「…」

「まぁ、ちょっとだけな」

 おまけにその賭けが両名とも耐えきれなくなる方に賭けていたんだから、かなり確信犯的犯行である。
 ここで攻撃魔法の一つも飛ばなかったのは、マイル持つ魔法特性ではなくマイル自身のそれなりの性格によるものであるが…それでも最凶クラスのオキサイドリングの一つもカマせるものならカマしてやりたい気持ちにはなったマイルであったりする。
 
 

「……ま、いいですけどね」

しばらくマイルは最低温の気配を飛ばしながらなにやら考え込んでいたが、それ以上は溜息を一つはくに留まった。追求してもお互いにいいことはないと計算したためである。今怒りをぶっぱなすよりそれをネタにこき使った方がいいに決まっている。
 

「それよりも今現実の問題なのですが」

さらりと何事もなかったように話を変えるマイル。しかしその語尾に妙な強さを感じるのは聞く二人の精神的な問題か。

「ああ、いいとも。呼び戻すのは簡単だ。そのための文章も用意してある」

やっぱりパルマンですら耐えられないとほぼ確信していやがったらしい。用意のいいことである。

「それはいいんですけど…」
「ああ、ダンスの先生が必要らしいぞ」
ガゼルがパルマンが来る前に話していた話をかいつまんで説明する。
「ああ、ダンス…」
少し困ったような表情のパルマン。
「ダメでしょうか?」
王子であったパルマンなら心当たりの一つや二つあるだろうと踏んでいたのだが…。
「ダメではないが…王宮を事実上解体してしまったから心当たりの先生が今どこにいらっしゃるか」
「…あ…」
そうだ、すでにヌメロスは王政ではない。子供が跡を継ぐこともないからお抱えの家庭教師も王宮にいるわけはない。前にいた先生はきっと他の教え場所…たとえばどこかの貴族の子供のお抱えになっていたり、教室を開いたりしているにちがいない。
「被害確認の時に死んではいないのは分かっているんだが、私もいちいち居場所を把握してはいいないからなぁ…」
時間があればそれらを探し出し、都合をつけてもらうことも可能だろう。しかし、それをするには今となっては時間が足りなさすぎる。

「だめですか…」

もちろんマイル達が自分で調達するのはもっと難しい。酒場で踊るのと、踊り子の踊りと、王宮舞踏では全然種類が違うのだから心当たりすら無い。
最大の問題を解決できる事が出来ずにうなだれるマイル。アヴィンに何と言えばいいだろう。

「まぁ、まて。おい、マイル君。先ほどのお詫びに俺がヌメロスで一番うまい先生を紹介してやる」
「一番うまいですか?」

 かわいそうなくらいしょげ返るマイルにガゼルは悪戯っぽい言い方で声をかける。

「ああ、それも教え方のうまい先生だ。特にこういう一夜漬け的な特訓は天才的な奴」
「それは願ってもない話です。お願いします」
「おいガゼル…」

 誰か心当たりでもあるのか?と驚いたような心配そうな顔のパルマンにガゼルはニヤっと笑う。

「じゃぁきまりだな。パルマンちゃんと教えてやれよ」

「パルマンさん?!」

「私か?!」

 マイルも驚くが言われた当人はもっと青天の霹靂だというような顔。

「ああ、そうだ。ヌメロス元第一王子にして、ヌメロスの持てる最高の教師が舌を巻いた、もっとも優秀な生徒にして、荒くれ者遊撃隊の一夜漬けの天才的教師だ。言って置くがこれ以上場数を踏んだ教師は我がヌメロスには他にはいないぜ」

「お、おい」

 とんでもない美辞麗句に大慌てのパルマンとは反対に自信たっぷりのガゼル。
マイルにとってはこれ以上にない渡りに船の話である。

「いいんですか?」
「ことわらんだろう?」
「まぁ、私ごときでよければいいが…」

 苦虫をかみつぶしたようなパルマンの表情。先ほどの大慌ての態度の割にはあっさりと引き受けてくれるあたり、やはり経験はあるとみてとれる。
もちろん断る理由などどこにもない。

「ぜひよろしくお願いします!!」

そうしてパルマンの即席ダンス教師が決定したのである。
 

 その後、パルマン達は即カヴァロにフォルト達の引き取り手続きをとり、マイルは喜んで事の次第を告げ、カヴァロを引き払う準備をしに帰った。もちろん賭けの件はマイル1人の胸に納められた。
 
 
 

そしてガゼルの自信が正しかったとその一週間後には証明されることとなるのである。
 




 
 



次回やっとダンスです。
やろーばっかりのダンスです。
予定よりも雰囲気が危ないカモですね…。
そんな自分がヤダヤダ(笑)

でもこれでやっと綺麗で可愛い(大爆笑)パルマンさん
がかけるかな〜?
ほむら氏とのお約束だしね。
どんなのでも心して受け取るように。
 

(2004.1.1 リオりー)