ダンスを踊ろう



 


「やめなさい!カプリ!」
悲鳴にも似た命令。
心を失った姫君には何一つ届かなくても…。
 
 

空を切り耳を震わせる旋律は銀糸の舞。
鳴らすリズムは一糸乱れぬ一組のステップ。

ミラー
シャドウ
ユニゾン

一歩進めば一歩引く、
けして乱れることのない刹那の呼吸。
歌は悲鳴とくぐつの軋む音。
たとえ虚空に満ちるのは血の臭いであってもだれも止めることは出来ない。
聴衆は見守るしかできない。
囚われの姫と騎士になれなかった道化師の舞。
命を削る戦いの舞を…。
 
 

 ◆ ◆ ◆
 
 
 

「ダンスを…おどってはくれんかな…?」
 

それは、不器用な愛情。
無口でぶっきらぼうで照れ屋のおじいさんがそれこそ照れまくって目の前の小さな淑女に手をさしのべる。
「おじーちゃん?」
首を傾げて不思議そうに見上げていた少女は次の瞬間嬉しそうに顔を笑みでいっぱいにしその手を取る。
 

 いきなり二親を亡くした少女は年に似合わずしっかりした子供だったけれども
やっぱりとても無口になった。
「だいじょーぶだよ?おじいちゃん
あいーだ全然平気。
ほら元気だよ?
しっかりしなくちゃね。
なにしろ面倒見無ければならない子供達が大勢いるもん。」
そう気丈に言ってはいても顔だけで笑う…
かなしい笑顔。
せわしなくくるくると動き人形達に話しかけていた、その言葉を失った。
やはり残された人付き合いが下手なおじいちゃんはそれでも一生懸命その少女のためにと考えて、昔自分の妻に教わったダンスに少女を誘う。
口べたなおじいちゃんがたった一つだけ可愛い孫娘にしてやれたコミュニケーション。

「おばあちゃんが得意での…
そのこれしか教えてやれるようなことはないが…」

おじいちゃんはそっぽを向きながらも熱心に教えてくれた。
その心は少女をもとの明るい子供にもどしてくれた。
 

こんにちは、初めまして私アイーダっていうの。
新しい子ね、よろしく。仲良くしてくれると嬉しいわ。
これが出来上がって初めて動かす、心を入れるときの
アイーダのはじめの挨拶だった。
大事な大事な家族の一員に対するはじめの一歩。

それから少女は大事な弟にいつもそうするようにきゅっと抱きしめる。
あえて嬉しい。
そうして一歩後ろに下がり恭しく挨拶をして次の瞬間顔を上げて
笑顔で手をさしのべる。
そして言うのだ。

ダンスをおどろ?

話したくてもお前はしゃべれないから、だからお前の心が、ご機嫌が
そしてお前がどれだけすごいのか、私にも分かるように
一緒にダンスをしましょう。

そういってからはじめてアイーダは指に操り糸を巻き、
くるくると軽やかに踊る。
人形と喜びの踊りを…。
そして回りをなぐさめる優しい踊りを。
 

おじいちゃんが新しいダンスを教えてくれたのよ?
今度お前達にも教えてあげるね。
そして一緒におどろ?
そうして少女は自分の大事な弟たちとも呼べる人形と踊る。
 

貴方は私の鏡
貴方は私の影
そして私達は調和する

もともと上手だった少女の人形の操り方が、ダンスを踊ることで数段の進歩を見る。
くるくるとリズムに乗って楽しげに踊るアイーダと人形。
それはどんなダンサーにも引けを取らない一対。

ダンスを踊ろう?
見ているものが楽しくなるような。
悲しみも何もかも吹き飛ばして陽気に高らかに笑いながら。
そんなのが好き。
 

ねぇ踊ろう?
 

◆ ◆ ◆
 

この ハイヤクは カギりなく マチガいデス。
 
 

でも 舞台に上がれば、踊りを止めることはできない。
 

いつ マデ?
 

踊りが終わるまで。
どちらかが死ぬまで。
 
 
 
 

踊りは続く…
ひいては押し押しては引く…。

受ける攻撃は糸をつたい少女の身体に一本、また一本と赤い糸を纏わせる。
それでも少女は前を向き一糸乱れぬ呼吸で人形とダンスを続ける。

一緒に踊るのはもう首のない相棒。
そしてもう一人の相手は迎えに来た大事な弟。
囚われの姫君。
間違いだらけの配役。
 

ねぇちゃんと踊ろう?
こんな誰かに教えられた悲しいだけの、痛いだけの道化師の踊りじゃなくって
ちゃんと私達の踊りを…。
誰もが楽しくなるような、みんなが踊り出したくなるような…そんな踊り。
君と踊るのをずっとずっと待っていたんだよ?
おじいちゃんが作った大事な大事な私の弟。
君が目覚めるのを、ずっとずっと待っていたんだよ。

泣くように語りかけるそれは悲しみの歌。
 

こんな踊りはしたくない。
それでも…
 

ごめんねカプリ…
 

身体がきしむ音がして最後のステップを踏み終わる。
壊れていく道化師達。
 

 指に絡まる銀の糸はもうどこにも繋がってはいないけれども、それでもそれが在れば
ダンスを続けられるとでも言うように、アイーダはその糸をたぐりよせては引っ張る。
踊っている間は一度も崩れなかった膝は、もう立ち上がることもできない。
滴る血で道を造りながら、それでも這うように、求めるようにアイーダは自らが壊したパペットに近づいていく。
 

踊り終わった道化師達。
間違えた踊り。
そして壊れてしまったパペット。
足がないのでもう踊れない人魚姫。
 

アイーダはその頭に傷だらけの身体で手をのばす。
そして頭を抱きしめる。
 

ようやく帰ってきたね私のカプリ…
自分よりずっと小さな子と踊るときは背中を抱けないから頭を抱えるの。
だから今私が頭を抱えてあげる。
もう悪い夢は終わったの。
もう起きて動く時間。

おきて…カプリ。

ミラー
シャドウ
ユニゾン…

貴方は私の鏡
貴方は私の影
そして私達は調和する。
 

起きて、今度はちゃんと私と…
 

解れ破けた服にも
落ちる涙にすら気付かない。
ただ言いたいことは一つだけ…
 

大事な大事な私の弟
ダンスをおどろ?ね、カプリ…
 

「は…イ……ア、イーダ……」
 
 
 

「ねぇ…フォルちゃん…」
「ウーナ?」
「…いまカプリしゃべらなかった?…」
 

しゃべるはずのない人形。
もう踊らない道化師。
観客は言葉無く顔を覆う。
それでも少女は小さな慟哭を、言いたかった言葉を何度も何度も繰り返す。
答えはもう銀糸の先にすら感じられなくても…。

ミラー
シャドウ
ユニゾン…

貴方は私の鏡
貴方は私の影
そして私達は調和する

そうして影が一つになるように。
 
 

ねぇカプリ、一緒にダンスをおどろ?
 
 



 
 

ミラー云々はたぶんダンスからじゃありません(爆)

もともとオフライン用にほむら氏に捧げていたものですがこっちにお引っ越ししてきました(笑)。アイーダ好きです。実はあのシリーズで一番好きなんじゃないかと思うくらい…トーマスにはやらない(爆笑)
いえ、私トーマスファンですけれども。
(2001.12.10 リオりー)