争奪戦
「き、来たぞ」
「よ、よし。じゃあ俺は隊長が戻って来ないように引き止めておくから」
「わかった。こっちは俺達が上手く追い返す」
「頼むぞ」
「そっちこそな」
こそこそと囁き声を交わし、俺達は二手に別れた。ドルクとラテルは隊長が部屋へ戻って来ないように引き止めておくため、俺とグレイはやってくるはずの厄介ものを何とか追い払うため。
カツン、カツン。
遊撃隊長の執務室へ続く廊下に足音が響く。
やがてその足音は扉の前で止まり、扉のこちら側で俺達は息を顰め扉を見詰めた。
ゆっくりと扉のノブが廻り・・・
カチャ。
「パルマンはいるか？」
扉の影から現れたのは、真っ黒に潮焼けした体躯の、眼帯をかけた男。
「・・・でたな、人攫い」
隣でポツリとグレイが呟く。
「何か言ったか？」
「いえ、何でもありません。で、『海軍』の艦長であるあなたが『遊撃隊』の隊長殿に一体何のご用でしょうか？」
「用事が無きゃ来ちゃいかんのか？」
ヌメロス海軍の若き実力者は、機嫌を損ねるどころかむしろ楽しそうに答える。
「あなたが何をしようと我々には関係のない事ですが、隊長の執務の邪魔をされるのは困ります」
グレイが眉間に皺を寄せてニヤニヤ笑いを浮かべている男を睨みつけるが、どこ吹く風。俺では到底太刀打ちできないのは判っているので、敵への対応は全てグレイに任せてある。とにかくここが正念場だ。ここで奴の主張を押し通されては、折角の俺達の計画が全て水泡に帰す。
昨年も、その前の年も、隊長を招いて開くつもりだった新年のささやかなパティーは失敗に終わった。なぜならこの目の前で腕を組んでニヤニヤ笑っている男が我らが隊長を一人占めしてしまったのだ。おかげで俺達は来ない主賓を待って一日中お預けを食わされた。
だから今年こそは奴を出しぬこうと前々から隊長にも何度も予定を空けておくように頼んであったし、海軍からの手紙も使者も全て隊長に届く前にドルクが全て検閲している。あとは、この艦長自らが実力行使に出るのを防ぐだけだ。
「お前達ごときに俺の邪魔ができると思うか？」
───この余裕が気に入らない。確かにこの男は我らが隊長の一番の理解者で味方であるが、それとこれとは話が別。
「あなたは新年祭で既に隊長殿を一人占めしていたとうかがいましたが」
・・・グレイの声がブリザードだ。乱暴な口を聞く奴がたまに丁寧な口調になると実に恐ろしい。
「生憎俺は貪欲なんでな」
居たたまれない空気に俺の気力が挫けかけたその時、廊下に数名の足音が響いた。
「隊長！お待ち下さい！」
時間切れに気がついた俺達が舌打ちするのと、かの艦長が唇を歪めて勝ち誇った笑みを浮かべたのは同時だった。
「よう、パルマン」
「ガゼルか、何の用だ？」
扉が開いて我らが隊長が顔を出した途端、今までの冷やかな笑みが嘘のように、海の男は陽気に笑った。
「今日は暇かと思ってな」
「くっ、この人攫いめ！」
「親衛隊の敵」
グレイと俺の絶望の声は、傍らで偉そうにふんぞり返っていた艦長にしっかり聞こえていたはずだが、見事に無視された。だが、上着を脱ぐために窓辺に移動していた隊長にはどうやら俺達の失言は聞こえなかったらしい。忌々しい男の言葉に、ただ「困った奴だ」と言うように首を左右に振った。
「お前は記憶力がないのか？今日明日は隊員達との親睦があると言っただろう？明後日以降ならあいているということでお前も承知したはずだ」
隊長は幾分飽きれた口調だ。ざまあみろ、艦長め。
が、その優越感も次の言葉を聞くまでだった。
「判ってるって。ただ、お前の部下たちが俺が今日お前を攫って行く事を期待しているみたいなんでな、期待に答えてやらねばなるまいと思っただけだ」
・・・つまり、俺達はこの男に踊らされて、しなくてもいい苦労をし、胃を痛めていたと言う訳なのか？くそっ、やっぱりこの男は親衛隊の敵だ。
「・・・悪趣味だぞ、ガゼル」
「何を言っている、お前を選んだ時点で俺の趣味は十分良い」
「・・・馬鹿なことを言うな」
「馬鹿じゃないさ、なあ？お前達もそう思うだろう？」
急に話を振られ、俺は言葉に詰まってしまった。・・・趣味が良いのは認める。だが、この男に同意するなど絶対したくは無い。横を見ればグレイもドルクも、ラテルさえもが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「・・・隊長を選んだあなたの趣味が良いのではない。隊長ご自身が良いのだ」
グレイの苦肉の（意味がわかったような、判らないような）答えに、だが、ガゼル艦長は大声で笑うと
「じゃあ、明後日にな」
と言って大股に部屋を出ていった。
「全くあいつも強引な奴だ」
隊長殿は苦笑しているが、我らにとっては笑い事ではない。
どうやら今年もあの艦長に引っ掻きまわされるのかと思うと、新年早々ため息がこぼれるのをとめられなかった。
終