−任務受領−

 
 

 「アリアという娘を探せ」
 それはよくある命令の一つだった。隊長と言いつつも実際には軍の中でもつまはじき者の自分。遊撃隊と言えば聞こえはいいが、実際には軍を動かすほどのことではない、あるいは公にはできないような任務をまわされる便利屋に近い。
 随分昔、ラウゼンが帝位につくと共に王子としての地位を追われた。そのこと自体には特に思い入れはない。王子や王と言う立場に興味はなかったし、ラウゼンが帝位についたときに自分が始末されなかったことのほうが不思議だ。かと言って感謝するような気にもなれはしないが。
 今のラウゼンのやり方には怒りを感じる。もしあの皇帝が民のためを考えて帝位を奪ったのであれば、彼も納得できただろう。だが、ラウゼンがしていることは民を苦しめることだけだ。こんな強大な軍事国家を作り上げ、一体何をするつもりなのか。
 一方で彼は思う。今の自分に何ができるのか。この飼い殺しに近い立場で、自分には何の力もない。冷遇される自分をそれでも慕ってくれる部下達。彼らを守るのにさえ事欠くというのに。

 「よいな、パルマン」
「御意」
 一言答えを返し、皇帝の元を辞する。今の自分は腐りかかっている。このヌメロス帝国のように。重苦しい気分のまま早足で廊下を歩く。こんなところに長居はしたくない。さっさと部下の元へ帰ろう。
 急ぐ彼は、だが背後からの声に呼びとめられた。
「パルマン、久しいな」
 振りかえったそこには一人の男が立っていた。
「ガゼルか。いつ戻った?元気そうだな」
 ヌメロスの海軍の中でも屈指の艦長、ガゼル。この男はパルマンに好意的な数少ない男の一人だった。無骨な海の男という感じだが、それだけに裏がないと信じられる。
「まったくやんなっちまうぜ。俺には陸(おか)は合わないね。しばらくぶりに来てみれば、おべっかばかり使う奴らが増えていやがる。俺に引きたてて欲しいんなら海で手柄を立ててみろってんだ」
 ガゼルは本当に嫌そうにからだをブルッと震わせて見せた。
「あんたはこれから作戦かい?久しぶりに戻ったんだ、一杯やらないかと思ったんだがな」
 海の男の例に漏れず、ガゼルも酒は強い。パルマンも決して弱いほうではないが、ガゼルにはかなわない。ガゼルと飲むとなれば、深夜遅くまで飲んだ挙句、彼一人がつぶれることを覚悟しなければならない。パルマンは頭の中ですべきことの予定を組みたててみた。娘一人の探索。さして困難とも思えないが、準備はしておくに限る。
「そうだな、準備があることはあるが、夜ならなんとか時間が作れるだろう」
「じゃあ、夜になったら艦に来てくれないか?店で飲むよりはゆっくり話ができる。そのかわりうまい料理は期待しないでもらいたいが」
 そう言う割りには彼の船のコックの腕はいい。「海では食べるくらいしか楽しみがないからな」ガゼルは以前そう言っていたが、それは水兵達のためだということを彼は知っている。
「わかった。片付き次第訪ねさせてもらおう」

 その晩、酒の瓶とわずかなつまみを手にパルマンはガゼルの艦を訪ねた。ヌメロス内では有数の優秀な艦だ。
 誰何の声に灯りをかざすと、すっかり顔見知りになった水兵が敬礼をして迎え入れる。
「艦長は部屋でお待ちです」
 黙って頷いて何度も通った通路を船尾へ向かう。王子の地位を追われてよかったことが一つある。それは皆と気軽に話をし、今夜のように飲み、語り合えることだ。
 彼が部屋のドアをノックした時、ガゼルはなにやら書類仕事をしているようだった。だが、彼を迎え入れると机の上の書類をザーっと片隅に寄せる。
「狭くて済まないな」
 人よりも身長があるパルマンにとって、船長室と言えども首をすくめなければ歩くことはできない。
「かまわない。どうせ座る」
 パルマンは手土産の酒とつまみをテーブルに放り出すとさっさと座った。
「今度は何の任務なんだ?」
 ガゼルが遠慮がちに聞く。いくら同じ軍人とはいえ守秘義務があり、任務によっては話すことは許されない。だが、今回のは特別秘密ではない。
「アリアと言う名の娘を探せと命じられた」
 苦々しげに言うパルマンに、ガゼルも「はあ?」と呆れた。
「なんでまた。娘一人を探してこいなど、遊撃隊長のあんたにやらせるような仕事じゃないな。なにか特別な娘なのか?」
 ガゼルの疑問も最もだ。いくら皇帝に疎まれているとはいえ、仮にも隊長と言う立場のものに命ずる仕事とも思えない。
「詳しくは知らない。ただ『治安を乱す恐れがある』としか」
「治安ねえ。今のこの状態は治安が乱れているとは言わないのかね」
 この男はドキッとするようなことを平気で言う。もし皇帝の取り巻きにでも聞かれれば、今の立場など関係なく、いや今の立場だからこそなおさらまずいことになると言うのに。皇帝批判と取られればただでは済むまい。だが、ガゼルはそんなことを気にする性質(たち)ではない。根っからの軍人で上からの命令には従う。だが、理不尽だと思えば異を唱えるくらいの気概は持った男だ。そういうところがパルマンとうまが合う理由かもしれない。
「アリア、アリアか。どっかで聞いたことがあるような・・・」
 ガゼルは顎に手を当ててしばらく考えていたが、ポンと手を打つとドアを開けて歩哨を呼んだ。
「おい、ジョーンズを呼んで来い」
 しばらくすると一人の水兵が歩哨に連れられてやってきた。なにかまずいことをして呼ばれたとでも思ったのか、やけにびくびくしている。
「ご苦労」
 歩哨にそう声をかけると、ガゼルはジョーンズに向き直った。そして、びくびくしたその様子に苦笑する。
「おい、そんなにびくびくするな。なにも怒ろうってわけじゃない。お前に聞きたいことがあったから呼んだだけだ」
 ジョーンズと呼ばれた水兵は傍目にもはっきりわかるほどほっとして肩の力を抜いた。
「ジョーンズ、お前この間『歌で怪我を治す娘』について話をしていたな?」
 ジョーンズは目を丸くした。確かに下甲板でそんな話をした記憶はある。だが、艦長がなぜそれを知っているんだ?艦長の耳は下甲板まで伸びているらしい。
「へえ、艦がポルカにいた時のことですがね。そこの酒場に、そのう、まあいい小船がいたもんで」
「小船?」
 パルマンの疑問にガゼルが苦笑して言う。
「船って言うのは女性として考えるんだよ。要するにこいつは酒場の女といい仲になったってことだ」
 ジョーンズは照れくさそうに頭を掻くと、話を続けた。
「その女が話してくれたんでさあ。ポルカからカヴァロ方面へ向かう途中にウィオリナ湖って湖があるんでやすが、そのあたりにとても綺麗な声の娘が良く現れると。で、ある時ウィオリナ湖畔の宿で一人のじいさんが急な病気に往生していたら、その娘が現れて歌を歌ったそうなんで。その歌を聴いたらそのじいさん痛みが引いたどころか病気まですっかり治っちまったそうなんで」
 それから慌てて付け足した。
「いや、あっしもその女の話を信じたって訳じゃねえんすが、その女は信じてたみてえでした」
「お前、その娘の名を聞いたか?」
「へえ、えーっと、あれ、何だっけ?マリー?違うな。マリア?うーん・・・」
 パルマンが助け船を出す。
「アリア、ではなかったか?」
 ジョーンズがポンと膝を叩いた。
「そう、アリアでしたぜ」
 ガゼルとパルマンは目で頷き合った。
「よし、ジョーンズ、良く話してくれた」
「私からも礼を言おう」
 敬愛する艦長と有名な遊撃隊長の二人に礼を言われ、ジョーンズはにやにやと笑いながら部屋を出ていった。
 そのドアが閉まるのを見届けると、ガゼルはパルマンに向き直った。
「どう思う?俺は彼女を捕まえるほうがよほど治安を乱すと思うのだが」
 ガゼルの問いに、だが、パルマンは慎重に答えた。
「あれだけでは何とも言えない。伝聞だけで判断するのは危険だ」
 ガゼルはため息をついた。
「どうしてあんたはそんなに慎重なのかね。俺には想像がつくぞ、皇帝が何を考えてその娘を探せと言ったのかがな」
 彼はテーブルの上の瓶を手に取ると、自分とパルマンのグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「その娘、すでにかなりの民衆の信奉を集めているようだ。病人の治療などをやっているところを見ると平和主義のようだが、皇帝やその取り巻きはそうは思うまい。自分に歯向かって来るような勢力になられてはたまらんと言うことかな。あるいは、その娘を取り込んで、ヌメロスのために働かせる気か」
 どちらにしろろくな目的じゃないさ。ガゼルはそう言うと一気にグラスを傾けた。その様子を眺めながら、パルマンもグラスに手を伸ばす。だが、中身を空けようとはせず、グラスを手に持ったまま膝に肘を突く。
「私は・・・それだけでは済まないような気がする。あの皇帝の様子からして、そのアリアという娘でなければならない理由があるような気がするのだ。なにかもっと大きな理由が」
 まだ見たことのない娘を思い浮かべてみる。それはただのシルエットではあったが、パルマンにはその娘が人々を治療する様子を思い浮かべることができた。
「大方皇帝に入れ知恵したのはあの野郎だろうよ」
 いつもいつも「イーヒッヒ」と変な笑い方しやがって。ガゼルが名前を口にするのも嫌だというようにはき捨てた。
「それと、ブレガー、か」
 グラスの琥珀色を見つめながらパルマンが付け足す。
「全くこの国も僅かの間に随分腐っちまったな。みんなラウゼンが皇帝になってからだ」
 それからガゼルはグラスを置くとパルマンを見つめた。
「なあ、あんたはこのままこの国で腐っちまうつもりか?あのラウゼンの言いなりになるのか?俺にはその器量はないが、あんたならこの国を何とかできるんじゃないのか?」
 これ以上ガゼルにこの話を続けさせてはいけない。彼は自分の艦だからと安心しているようだが、どこに皇帝の耳や目が潜んでいるかわからないのだ。彼の気持ちは嬉しい。自分には数少ない味方と言えるから。だが、それだけにこんな皇帝批判などという些細なことで身を滅ぼさせるわけにはいかない。
「叛乱示唆の罪に問われたいか?」
 パルマンはそう言ってガゼルを睨む。
「おおこわ。わかったよ。もう言わん。だが、もしあんたがその気になったときには必ず声をかけてくれよ」
 まったくわかっていない口ぶりでガゼルが両手を上げて降参して見せる。
「酒がまずくなっちまうからその話はもうやめよう。それより会わなかった間あんたは何をしてたのか話してくれよ」

 結局その晩も、パルマンはガゼルより先につぶれてしまった。ガゼルの奴は笊(ざる)じゃなくて枠だな。いつも思うことを再認識しながらパルマンはガゼルの艦を降りる。
「また、次の機会にな」
 そう言ったガゼルに見送られ、部下の元に帰る。まずは「ウィオリナ湖」か。
 パルマンが部下を連れてアリアと呼ばれる娘を探す任務に発ったのはその翌日のことだった。


パルマンネタで初めて書いたSSでした。この頃は隊長と艦長は単なる友人だったのに(だから他の話と随分二人の性格が違う)・・・どこで道を間違えたのか(^^;)
当初パルマン×アリアネタを書くつもりだったようですが、アリアが出てこなくて、男二人の酒飲み話になってしまった・・・。
ガゼルってどんな性格なんだろう?と思いつつ、捏造しまくり。2,3しかセリフのない脇役だものね。ただ、大事なときに座礁するようなやつを「屈指の艦長」などと書いてよかったのだろうか(笑)



『風の翼』よりお預かり…頂き(どういんだろう?)隊長作品1番目デース。
えへへへ、これがまさしく艦長隊長坂道の転がり口でしたでしとも。かっこいい気心の知れた男二人の会話って萌え。特にこの二人は冬の時代、状況にたった1人本音を言えるような間柄なので友情OK鼻血でした〜
澪様ありがとうござます〜\(≧▽≦)/
(2002.9.11 ほむら)