振り返る無かれ鮮やかなりし光の道を…


 
 
それはあまりにも鮮やかな光景だった。
青年は立ち上がり迷う事無く己の正義を掲げる。
それは正義であっても険しいもので、仰いで良いものか、時代に適したものか分からなくても
彼は間違いなくそれを選び取り指し示す。
そしてそれが皆の仰ぎ見る星となる…。
彼の言葉は風を起こし剣の一振りで嵐となって火をあおる。

強く…強く凄烈な魂よ。
天軍を率いる破軍の将よ…
マイクロトフ…マチルダの愛する軍神…。
 
 
 

「気がつきましたか?」
トーンの低い落ち着いた声でぼんやりしていた意識がゆっくりと覚醒する。
「ホウアン殿…」
「まだ寝ていてくださいね、傷の手当てはすんでいますが体に蓄積した疲労は並大抵ではありませんから…」
言われて動こうとしたがからだが言う事を聞かない事に気づく。
動かそうとすると間接がぎしぎしと悲鳴を上げる。
見覚えのある天井、でも医務室でも自分の部屋でもない…。
「ああ、本当だ…すいません動けないみたいです」
あちこちに巻かれた包帯。
「あたりまえですよ、あれだけの活躍をなされたのですから…」
「ありがとうございます。お世話になったみたいですね」
 

最後の戦い…それはまさに血で血を洗う戦いとなった。
マチルダ騎士団は騎馬隊で最前線に展開し城までの道を切り開き、そして両団長はそのまま城主の側について獣の紋章と戦った。
最後と呼ぶにふさわしい激戦となった。
生きて帰れたことが信じられないくらいに…。
 

「いいえ…私はこれしかできませんから…。それによくあの状態でソラ様を連れて脱出してくださいましたよ、マイクロトフ様なんて出血がひどくて失血死寸前でしたから…」
ほら…とホウアンが指差すすぐ隣には全身を包帯で覆われたマイクロトフが死んだように眠っている。
「マイクロトフ…」
あわてて呼びかけてみるが返事はない。
手を口元に当ててみると、寝息は穏やかで命に別状はなさそうだが、心なしか顔色が悪い。
体中が包帯に覆われていてまるでミイラみたいだ。
「同じベッドですいません。なにしろ負傷兵でベッドが足りないものですから…」
落ち着いて周りを見渡せば自分がいるのは来賓用の客室でそこの広いベッドに二人並んで寝かされていたらしい。
 

あの戦いで幾度意識を失いかけたか…最後は気力のみで戦った。
そんな中でもマイクロトフは皆を庇い常に一番前に立ち続けた。
どこで倒れたのかもう憶えていない。
でも最後の記憶にあるのは崩れ落ちる城。
火が起こす突風にはためく破れた青い長衣。
そして崩れ落ちそうになりながら足を引きずりでも前を睨み付ける黒い夜色の瞳。
 

「…いえ、破格の待遇といったところですね。われわれは床でも良かったのですが」
運んで下さったのですね、と頭だけで礼を言おうとしてそれを止められる。
「いいえ、この戦いの英雄にそれはできませんでしょう?シュウ殿もちゃんと休ませてやるように…と」
「ソラ殿や他の方は…」
「ソラ殿も他の方も、出陣なさった方はもちろんお休みになっておられますよ」
ほっとため息が出る。
「シュウ殿は…」
「事後処理で忙しくしておられますよ。特に新しい国になるための宣言書は早く作らねばならないとか
あと獣の紋章のせいで難民がたくさん出ているのですよ。それの対策に追われているようで…
私も治療が一区切りしたらそちらに向かおうと思っています…」
難民の対策,新国家の宣言…それはもう新しい組織、国作りが始まっているという事か…。
「ああ、それはお引き止めして申し訳ありませんでした。こちらはもう大丈夫ですからどうぞ次に行ってあげてください」
「ありがとうございます。では傷が痛むとか熱を出すようでしたらこちらの薬を…」
てきぱきと薬の説明をして疲れを見せようともせず出ていこうとする背中にカミューは独り言のような問いかけを投げる。
「終わったんですね…」
いきなりつぶやくように発せられた言葉にホウアンは首をかしげて…そして笑顔を浮かべて答える。
「…ええ」
「我々は勝ったんですね…」
「…ええ…我々の勝利です。もうこのようにひどい戦いは無くなったのです…」
「……」

ぱたんとドアが閉じられて部屋が暗闇に包まれる。
外は騒がしい分この部屋の静謐はその闇に沈む。
カミューは痛む体をゆっくりと起こし窓から外を覗いた。
外はもう夜中であろうが火がたかれあちこちで忙しく働く人、浮かれて騒ぐ人々が見える。
「終わったのか…」

終わらなければいいなどとは一度も思ったことなど無いが…

「おわったな…」
「起きていたの?マイクロトフ」
振り向くと目をぽっかり開けてこっちを見ているマイクロトフと目が合う。
「意識だけな…体はまともに動かん」
「寝ていたほうがいいよ…」
見事にミイラだから…と安心させるように笑顔を見せる。
「目が冴えてしまったから…外はどんな感じだ?」
「だいぶ騒がしいね」

「終わったからね」
「終わったから…」

戦いの終わりは新しい始まり。
再建の数々、国の形を…、そして関係の…
 

『もうすぐこの戦いも終わるね…』
決戦前夜ぽつりと呟いた言葉。
この戦いが終わったらどうなるんだろうね…みんな。
ハイランドと戦うために集められた軍が…
明日決着が付く。
そうしたらこの軍はいる意味を失う。
みんなどうするんだろうね…
『おまえは…どうしたいんだ?』
『さぁ…今はそれを考える時じゃないから…』
明日に集中して全ての力をかけなければ。
生き残る保証もないしね。
でも生き残ったら教えて上げる…
ずっとここに来てから考えていたことを…。
「これから…どうするんだ…カミュー」
「これから…?」
「戦いは終わった、事実上マチルダ騎士団はもう無い…おまえを縛るものはない…
これからおまえはどうするんだ?」
「………気付いていたんだ…」
「いろいろと考えていたことはな…でもおまえの考えは俺には読めないから…」
 

「私はね、マイクロトフ…マチルダを出ようと思うんだ…」
「………」
「驚かないね」
「そう言うと思っていた…」
「ずいぶんと読みがいいじゃない」
「……お前が俺に触れないようにしていたからな…」
「忙しかったからね…」
「普段手を触れるのもためらうほどにか…今更ごまかすな!」

別れを決めたときに未練が無いように触れ無いように自分を戒めた。
忙しければお互いそういうことは無しにするのは人の命を預かるものとして当然のことだ。
だからマチルダの頃から忙しければ何日も仕事の顔しか見ないときもあった。
同じ立場に立つ二人だから個人的な時間を過ごせなくても
隣に毅然と立つ友の姿を見るのは騎士として、同僚として別の喜びであった。
でも、そういう忙しいときに限ってカミューは何故か軽い悪戯を仕掛けることが多かった。
人のいない廊下の隅ですれ違いざま触れるだけの口づけをする…。
怒るほどのことでもない、たわいない触れ合い。
まるで殺伐とした空気が続く時間にほんの一口の暖かいお茶を望むようなものだった。
ここに来てからそれが無くなった…。
明らかに意識的にそういうことを避けている。
マイクロトフにも分かるくらいにはっきりと…。

そのくせ、たまに夜を共にするときは食い尽くすかのように求めた。
わかって当然だったかもしれない。
別れたくない別れを前にして、それを押さえることなど出来はしなかったけれども…。

「ごまかすつもりはないよ…」
ただ…、自分もまだまだ甘いなって思うけど…そういって窓の外に視線を落とす。
外は篝火が焚かれ、はしゃぐ人々の声が遠くこの部屋まで届いている。
まだまだこの戦勝のうかれた騒ぎは終わりそうにない。

「…もう平和になるのは確実だしね。ここはマイクロトフがいれば大丈夫だし…」
「勝手な事を…」
「ふふ…信用しているんだよ、これでも…とってもね」
思わず笑ってしまう。
変わらない、何一つ。
理想も純粋さも強さもすべて、すべて好きだったよ。
過去形になんかしたくないけれども…
「そうか…」
以外にあっさりとマイクロトフはため息をついてそっぽを向いてしまう。
 

出て行かせてもらうよ、どちらの望んだ形でもきっとないけれど。
団長になったときの事を思い出す。
一つ階段を上がるたびに考えずにいられなかったあの不安はこれで終わり。
色あせた旗を眺めそのたびに目の前の彼を失うことを恐れた。
側からいなくなることではない…彼の本質が変わってしまうことを…。
 

「ふふ…」
「何を笑っている」
「見事なミイラだなぁって」
「お前もそうかわらん」
こんな軽口後何回たたけるのか。
本当に笑える。
でも、笑ってしまうのは自分のあの時の考えがあまりにもばかばかしかったから。
マイクロトフははじめからあの城の頂上にかかっていた旗など関係ない所にいた。
彼は最初から仰ぐべき、掲げるべき旗を自分で持っていた。
己の正義という名の…。
そしてあの時彼はそれを高らかに掲げてみせた。
そして今の騎士達はその旗の下に集っているといっていい。
あの時からその旗は、そしてマイクロトフ自身が新しい反乱軍に組したマチルダ騎士団の旗となった。
もちろん私も力を貸したが、それはあくまで彼の正義に共感したというスタンスに近い。
別に彼はたった一人でもその旗を掲げ首を上げて前を向いて進んでいっただろう。
自分は危なっかしくまだ弱かったあのころの立場、
力をほんの少しだけ強くするためにいたようなものだ。
あの旗は彼のもので今では彼自身ですらあった。
マチルダの騎士達の愛する…そして私にとってもまごう事なき愛さずにはいられない軍神。
ならばこの次に必要とされるマチルダ騎士団が仰ぐ人間は一人しかいないのだ。

そして自分は…?
彼の下につくのか?
ここでそうだったように彼の補佐に…?
No.2が嫌だというのではない。
平和になるこれから、この地位に付随する仕事を私はたぶんマイクロトフよりもうまくやれるだろう。
マイクロトフももちろん誰よりも尊敬に値できるトップとなれる。

彼のしたに就くといっても彼は自分を風下になんか決しておかないだろう。
そういうのだって自分にとっては全然悪くはないんだけれども…。
でも、それが問題。
最大の障害。

無能なトップが一人は最悪だ。
同じ立場、力量のトップが二人だというのならそれなりにうまくいくだろうが意見が分かれた時
下が二つに割れるだろう。
トップと限りなく対等に誓いNo.2も実は不和をまねく要因となる。
ましてや平和の時の施政の類はどちらが得意かというと…。

これは当人の思惑とは別のところでくだらない陰謀や画策を引き起こす種にしかならない。

「このままいても窮屈になるな…」
自分が窮屈なのだって堪えられないのに
その上マイクロトフにそんな思いなどさせたくない。
それなら自分がいる意味など無いのだ…。

有能なトップが一人なら申し分ない。
そう、一人で十分…
いや、トップと対等な存在などいるほうが害にしかならないのだ。
マイクロトフならばできる。何一つ心配しなくてもあの己の旗を忘れない限り
古いマチルダの影に惑わされる事無く歴史に残る騎士団長となるだろう。
戦乱の英雄でなく平和を守る騎士として…。
 
 

「信用しているよ…だから出て行かせてもらうね…」
心から信じている…と、もう一度繰り返す。
決めてしまったことだと告げるように。

信用しているよ、愛するマイクロトフ。
おまえの道に光が溢れている事を…
もう同じ道をたどる事はなくなってしまったけれども、見なくても分かる。
目をつぶれば簡単に想像できてしまう。
だから、それでいい…
でも、そう何年かして、またここに来る事があればきっと見せて欲しい。
おまえの作ったマチルダを…。
 

「どこへ行く気だ?」
「とりあえずグラスランド…かな」
「おまえの故郷だな、しかし今あそこは部族同士のいざこざで内乱状態だと聞くぞ…」
「だから行くんだよ、まぁ親戚筋からいろいろ打診があるというのもあるんだけれども…」
無視するとお墓を作ってもらえなくなりそうじゃない?
冗談めかして笑っても彼はいつものようには笑わない。
騎士らしく穏やかにしかし凄みのある笑みを浮かべて見せてくれる。
「敢えて流血の公路を行くか…」
「騎士ならばそれもいいでしょう?」
「…おまえらしいな」
たとえ表面上は冷静であっても中味は誰よりも熱い炎色の騎士服が誰よりも似合う男。
本物の笑顔がみえる。
たとえ考えることがわからなくても本質は決して違えることなく…。
知っていたと思う。
だから信じていられたと思う。
 

「出るのはいいが少しまってくれないか?」
控えめにマイクロトフが申し出てくる。
「いいよ、どれくらい?」
「新しい国でとにかくついてきてくれた騎士達の居場所を確保したい」
「マチルダ騎士団を再建するんだろう?もちろん手伝うよ」
後始末はやるし、そこまでが今回の仕事の内だろう。

「よかった!なら一緒に出られるな。」
後から追ったんではたどり着ける自信がないから…そういってちょっと恥ずかしそうにマイクロトフは笑う。

「…なに?」

「俺はまったくそっちの方は知らないから案内を頼むな」
「ちょ…っと…」
何を言っているのか。
「マイクロトフ…おまえついて来るというの?ここを離れるというのか?」
何故自分がこの国を、この男のそばを離れようとしているのか。
それでは何の意味もないではないか。
「そのつもりだが…」
「何を言っているかわかってる?」
お前はこのマチルダ騎士の旗、そして軍神に愛されたもの。
または軍神そのもの。
理想を掲げ騎士達を率いてきた張本人。
騎士達がどんなあこがれと尊敬の目でお前を見ているか…。
お前はここにいなくてはいけない人間…。

「お前こそ何を言っている。俺がたった一人勝ち目のない反旗を翻したとき側にいて助けてくれたのは
お前だったじゃないか。そのお前が今戦いの道を一人で行こうというのに俺が側にいないわけないだろう!」
「あれはたまたま私がそうしたかったからそうしたまでで恩になんか着て欲しくない!」
「…そんなつもりで言ったんではない。ただ…あの時は本当に嬉しかった…そして恐かった…
己の勝手な運命にお前を巻き込んだような気がして」
「で、今度一緒に来てくれると言うの?」
そんな同情は何一つ欲しくない。
「話は最後まで聞け!…でのあの時違う、自分の意志でここに来たんだ
見くびるな…って言っただろう。その言葉そっくり返すぞ!だから恩に着てとかそういうことではない。
これは俺の意志だ!」

「…………まったく」

思わず深く息をつき額に手を当ててしまう。
ある意味では望まずにはいられなかった言葉。
これからも共にあるという甘い夢。
なんてこいつは自分の立場を考えない奴なんだ。
いや、この事態は予想していた。
離れると決めたときから、私は予想していたはずだ。
己の勝手な期待でもなく、甘い夢でもなくこの男がこの私を案じて、一人で旅立たせなどしないことを
私はちゃんと知っていたはずだ。
だから何度も考えた。
分かりきった結果を何度も繰り返した。
このための言葉は用意したあったはずだ。
彼を突き放す言葉。
壁を作る言葉。
お前と私は同じ旗の下になんかいたことはなかった、別の道を歩む人間なのだと…。
 

「違う…マイクロトフあの時のことはお前は誤解しているよ…」
「誤解?」
でも言いたくなかった言葉。
これを言えばきっと彼は怒るだろう…。
お前を助ける振りをして、同調する振りをして本当は…

「じゃぁもう少し本当のことを言ってあげようか?」
「本当のこと?」
「あの時私はお前を利用したんだ…といったら?」
「利用?」
「私はあの時すでにあの国をすっかり見限っていた…といったら?」
「何…!?」
「そう、私はとっくに腐敗したあの騎士団を抜けたいと思っていた。でもこういう時勢で団長が離脱すると言うことは
あまりに良くない。騎士団の体面にもかかわることだ。抜けることは許されないのはわかっていた。
悪くすると殺されかねない。だが私一人では何も動かせない…」
だからお前を止めなかった。本来なら止める方法も丸め込む方法も100以上考えつけそうな状況で
おまえに過酷な現実に、あまりに悲惨な現実にあえて送り出した。
進む手助けをしこそすれ止めることは自分としてはあり得なかった。
お前に口火を切って欲しかったから…。
純粋なマチルダの出身。
騎士達の絶大な人気、人望、真っ直ぐな信用できる人柄。
彼なら黙っていないとわかっていた。どこまで動いてくれるかわからなかったけれども
決してそのままにしない男だから…陰に隠れて画策する男でもないから
必ず騒ぎが起きるはずだった。
そうなれば自分はそれに同調すればいい。
赤青騎士団長が同時に異を唱えれば事は違ってくる。
もともと今の状況を良く思っていない多くの騎士達を動かすこともできるだろう。
そして嵐が起きる。
自分を自由にするための…。
その嵐は多くの人を巻き込むだろう。
沢山の血が流れるだろう。
そうだったとしても自分はあの時は…
「だからお前は怒っていい…私は自由になるためにお前を利用した…そして今もね…」

私はお前をおいて自由になる。
「だからお前に全てを押しつけて出て行くんだと責めていいんだよ…。マイクロトフ」
全部真実。でも必ずしも全て本当でもない…。
私はお前を止めたくなかっただけなんだよ…本当は…。

…今は言えないけれども…。
ただ、今は道が分かたれたのだと…はじめから違うのだと…。
それが壁。

「利用したと言ったな。では俺は…役に立てたのか」

「ああ、とてもね…私の軍神…マイクロトフ。ああまで見事に行動を起こしてくれるとは思わなかったよ。
お前は見事に己の正義を掲げ道を示した。この嵐は間違いなくお前の起こしたものだ。
お前はこの軍の正義のシンボルだ。この新しいマチルダの生きた軍神だ。そのことをこの戦いの中で
前線でお前は幾度も証明して見せた。もうあの騎士達はお前以外を仰ぎ見ることはしないだろうよ…」
だからお前はここから離れられない。
私があおったも同じ。
彼の正義を全面に押し立てて騎士達を説得した。

「本当に…役に立ってくれたよ…マイク」
口の端をつり上げて笑って答える。
自分でも嫌な笑い。
こんな言葉がすらすら出る自分は一生好きになれそうもない。
 

「役に立ったといったな。では聞くがこれからお前と共に行ったらおれはお前の役には立てないか?」
「何を聞くのか…役に立たないなどと言うことはないよ…」
お前ほどの男が役に立たないと言うことなどないというのに。
それに側にいて欲しいという感情は役に立つとかの問題でもなく…
「ならばいい。役に立つというなら俺を連れて行け。俺はそれが一番嬉しい…」
「お前は人の話をどこまで聞いていたんだい?マチルダにお前がいなくてどうする?」

「意外にバカだな…カミューは…。マチルダは俺が…俺達が滅ぼした。」
「!」

「お前の言葉が本当なら嵐を起こした俺が滅ぼしたのだ。俺が刀を向け、攻め込んで旗を燃やした…」
慟哭かと思われるように力無く絞り出されたような声。
わかっていたけれども私は彼の傷を一番むごく剔ったのかもしれない。
「マイクロトフ…それは」
「俺が愛したマチルダを俺が間違いなくこの手で引き裂いたのだ。
それなのに…それなのに新しいマチルダを騎士団を上からかぶせて知らないフリでトップにたてと?
それで全てが丸く収まるとでも?!
事を引き起こした張本人が勝ったからと言って知らぬ顔で堂々と人前に立てとでも?!
俺がそれを出来るとでも!?
もちろん新しい国にも騎士団は要るだろう。彼らとて新しい国のために働いてきた。
新しい国に平和に暮らすための組織が要るだろうしそれがマチルダならそれが一番良いことだと思う。
そのためにマチルダ騎士団を再建をしたいと思う。でも俺はその上にとても立つことなど出来ない。
それにお前は俺をこの軍の旗だと言ったな。
しかし掲げた旗は俺が最初でも、一緒に来た奴らは全て心の中にちゃんと己の旗を掲げている奴らだと思う。
だから俺という旗がいなくなっても大丈夫だし、それに俺一人がいなくなってぐらつくようなら…
それはそれで一番まずいことではないのか?
この騎士団を俺の独裁政権にする気はない。俺一人に任されたくはない。
おれが本当にこの軍を支える、回りがこの旗に依っているというのなら
なおさら俺はここを出なくてはいけないのではないか?」
悲痛なほどの声…台詞。

「もう、戦いは終わったのだから…
だから…」
 

自分という旗印は…もういらない…。
 

あの時じぶんは今まで愛してきた全てを切り離した、そして今も…愛しているからこそ切り離すのだと…。
「でも…それはお前だけの罪じゃない!私の…そして今回お前についてきた
騎士全員に言えることだろう。お前一人が負うべき事ではない!」
なんなら出ていく私が負えば済むこと。
今更出ていく身だ、業の一つや二つ増えたところで変わりはない。
「そうだ、全員に言えることだ。だから俺が負うんだ。彼らが新しくマチルダに生きるために
始まりの俺が全てを持っていく…」
その罪は自分に。死後の世界で神の前にでもそれは言おう。
それが動かした者のつとめだろう。

顔を上げると悲しいほどの微笑み…。
ここに自分がいては彼らはなんどでもそのことを思い出す。
マチルダを滅ぼしたことを…旗を燃やしたことを…彼らがあのことに傷ついていないわけはないのだから。
だから出ていく。
もうずっと前に決めてしまったこと。

「だから…きっと今回も俺はお前を利用するんだ」
最後は泣きそうな声でつぶやきに変わる。
きっと利用している。マチルダを飛び出したときから…そして今も。
礼だといって、友を流血の道に一人送りたくないからだといって…
マチルダしか知らず、騎士の道しか見ていなかった行き場の無い自分の道を…カミューの道を行く先にしようとしているのかもしれない。
「だから、もちろんお前は断ってくれていい。でも俺はだからといってマチルダ騎士団のトップにはならない。
結局俺はお前を追うことになるのかもしれないけど……」

「マイクロトフ…でも…」
とっさに声が出ない…。
知らなかったよおまえがそんな風に考えていたなんて。
でも団長にならなくたって他にはいくらでも道はあるはずだ。
私と行くと言うことはそれは間違いなく辛いことが多くなるだろう。
「うるさい!お前だって勝手に出ていくと決めたんだろう!俺だって自分のことは自分で決める」
もうこれ以上の問答は無用だときっぱりと言い切る。
「マイクロトフ…お前も言っただろうこの道は流血の路だと…それをあえて選びとると?」
「戦いがあってこその戦士だろう?俺らしいといえ!」
思わず喉の奥でうめいて天井を仰ぐ。
私がここのところ必死で考えていたことはどうしてくれるのだろう…
こうなったらマイクロトフは引かない。
それは私が一番知っていることで…

彼に会ってから、幾度目かの降参を悟る。

強く凄烈な魂よ。
潔癖なまでの御身よ。
その身血に染めて煉獄の火のなか屍に埋まることあろうとも
身を焦がすほどの魂は何一つ変わることなく…。

マイクロトフ…私の愛すべき軍神。

「まったくだね…ばかだよ…マイクロトフ」
それとも、自分一人で悩んで勝手にお前に触れられずにいた自分が愚かなだけだったのだろうか?
もうこの思いを何と言ったらいいのだろう。
こみあげる何かでつまらないいいわけも何一つ言えずに不覚にも涙が出そうになる。
でも、嬉しいとも、本当は側にいて欲しかったなどとは口が裂けても言わない…。

ただあの時のようにしかたなさそうに手をさしのべる。
しかたがないから連れていってやると…
そしておまえの事情がかなう限り共にいようと…。

その手を取ろうと無理に起きあがろうとするのを押しとどめようとベッドわきに近寄ると
決して強さを失わない光が笑いながら睨み付けてくる。
「こら!今度の正義が俺の旗だというのなら、今度はお前の旗も見せろよ!」
「え?別にお前の仰ぎ見る旗と私の旗が違っているなんて言った覚えはないけどね??」
「……(こいつ)」
本当に仰ぎ見る正義を違えた覚えはないのだ。
でもマイクロトフ…お前が必ず一番にそれを私に見せてくれるから。
だから確かにお前は私の軍神でもあった。
だから私の軍神…それでいいのだといつも背中を押してこれたのだ。

包帯だらけの手をとってそれは新しい始まり。
でも道の続き…。
今度は手を引くくらいはしてやれるだろうか?
お前に新しい何かを見せてやれるだろうか?
お前は私に何を教えてくれるだろうか?

「それよりいつまで布団から出ているつもりだ。いくら何でも冷えるぞ…」
触れた手が冷たかったのだろうか。
目の前の現実に気が付いたように、気遣うマイクロトフにふわりと笑ってベッドの隣に潜り込む。
そして側に寄り添うようにしてキスをする。
これからも隣にあると言ったぬくもりに…今度は無くした後のことをおそれずに安心して寄り添ってもいいのだと確かめるように…。
「お…おいカミュー」
「うーん?ミイラですごく残念だね。何かせずにはいられないような気持ちなのに…」
別れが破棄されたものならその契約の証に全てを求めてもいいだろうか?
「……俺も残念だ…」
「マイクロトフ…」
求めにあっさりと肯定の言葉を返されて
おもわず目をまん丸にしてマイクロトフの顔を覗き込んでしまう。
「見るな!しらん!俺は何も言っていないそ!」
それをいやがって不自然な体勢ながら一生懸命顔を逸らす。
「残念でした。忘れないもんね。大丈夫、これから沢山自由な時間はあるものね。楽しみは後に取っておくよ」
新しく書き換えられる二人の心の契約書のトップに書いてやる。

あれほど何度も考えて、考え抜いて、でもそれしか結論は出ずに決めた別れ…
でもそれはマイクロトフの考えを頭に入れずに決めたことだった。
そしてマイクロトフはやはりあの時のように自分でその道をあっさりと選び取る…
こんども同じ方角で…。

「おい!そういえばまだ答えを聞いていないぞ!…俺はお前と一緒に行ってもいいのか?」
答えなど分かり切っているのに、気付いているのか気付いていないのか
口をとがらかせて確かな答えを望むマイクロトフに今度こそこらえきれないような深いキスで答える。

「いいよ、一緒に行こう私の軍神…マイクロトフ」

それは変わらぬ二人の新しい関係…。
 

「おまえが側にいるのなら恐れるものなど無いのだから…」
 
 

〜終〜



 


 


 
 
 


おまけ…なのでしょうか?
おまけって言ったらたとえばその夜とかそういうことよねぇ…(笑)。
キリリクSS書いていたら急にこっちが書きたくなりまして
完成したのはこっちが先でした(爆)
実際責任問題を考えると、マチルダの暴走を止められなかった、
マチルダを攻めた。
この二点において彼らが騎士団のTOPになるのは
あり得ないんですよねってこれは会社人間的思考ですね。
やれやれ会社世界すっかり毒されているわ(笑)。
実はこのシーンは前から書いてみたかったので
稚拙な文しかかけませんでしたが満足です(笑)。

これも続き物ということで(あまり続き物っぽくありませんが…)
ヒロイ様に…。

(2000.2.26 リオりー)