天使の休暇                   

 
 

 そこは隔離された一つの清浄な世界だった。
場所は早朝の屋外訓練場の一角。
中央にたつは背の高い1人の青年。
きっちり着込んだ青い制服
ピッと背を伸ばし無心に剣を振り続けている。
弾む白い息
飛び散る汗…
長いことここでこうしていた証だ。
 
 

「新年早々良くやるよなぁ」

ビクトールは柱の影から思わず呟いてしまう。
年末から思いっきり飲み明かして、大広間でつぶれた連中を後目に1人新年の朝一番の空気を吸いにでてきて、練習場で剣の稽古に励む青い背中を見つけてしまったのだ。
何もこんな日にやらなくても…
普段なら、よう!と声をかけて問答無用で酒の席にでも引きずり込むところだが
どうもそれも出来ずにただぼんやりと柱の影で眺めてしまうのは、やはり今まで浸っていた明るく、浮かれた、それでいてどこか怠惰な空気とはあまりにかけ離れたこの凛とした空気のせいだろう。
 

「奴の部下は大変だろうな…」

しかし見とれるのとは別のところでビクトールは苦笑する。
上司がこれでは息をぬくこともできないだろう…

「でも、こういう人間も必要でしょう?」

不意に背後からかけられた声にびっくりして振り向くと

「カミュー…」

いつの間にか鮮やかな赤い制服に鮮やかな笑みを浮かべて、対の赤騎士団長が立っていた。

「おはようございます。おはやいですね?それとも…飲み明かした後ですか?」

「おはようでいいのかね、俺の方は後者が正解だな。もっともこれからも戻って飲む予定だが?」

新年会がまだだろ?にやりと笑って挨拶をする。

「おまえこそ早いじゃないかよ、どうした」

「どうしたもこうしたも…公務中ですよ?年末年始警護のね?」

よく見るとカミューも一部の隙もない軍装である。

「あーじゃ徹夜明けか。ご苦労様なこった」

「自分で志願したことだからいいですけどね?」

そういえばそうだった。
年末年始に警護の責任者を募ったのだが当然やりたがるやつなんかいない中、この赤青両騎士団長は名乗りを上げたのだ。
そして赤青騎士団員の1/3がこれに続いた。
そのため、本来ならそれぞれの隊から少しずつ警護のローテーションが組まれるはずが、このときばかりは全てが赤青騎士団員達で占められた。
もしマチルダ騎士団が乗っ取りをたくらんだら一巻の終わりだろうと思えるほど。

ならばこのマイクロトフは、早朝の訓練ではなく徹夜明け、なまった身体を伸ばす訓練といったところか。
それを見守るようなカミューの視線はあまりにも優しい。

「なにか?マイクロトフの真面目がうつったか?」

からかうようにいえば、カミューは肯定も否定もしないで首をすくめて苦笑する。

「そんなわけはないですけれどもね」
夜中、あまり気の進まないどんちゃん騒ぎに加わるのと
マイクロトフと二人で、仕事とはいえ静かに過ごすのと…
「あまり選択の余地はなかったんですよ」

しかたがないといわんばかりの口調でもどこか嬉しそうに続ける。

「それに、嬉しそうに笑うんで…」
 
 
 

『一緒に仕事いれちゃおうか……こういうときほど必要だもんね』

『…え?でもあの、パーティーとかあるし、カミューがいないとご婦人方も…』

『んー?いてほしくない?新年最初の時に私が側にいちゃ邪魔かな?』

『そ、そんなことあるわけないだろう!』

ぶんぶんと必死に頭を振るマイクロトフ。
そしてカミューの一番好きな顔いっぱいの笑顔で嬉しそうに笑いかけるのだ。
 

「へいへい、ごちそうさま」

飲み明かした寝不足頭にはちょっと重すぎる甘さと、爽やかさにビクトールは笑って話を打ち切ると、のんびりとまた来た道を帰りだす。

「これから、また飲みですか?お疲れさま」

「そっちこそ、命の洗濯は必要だぜ」
「そうですね」
「仕事上がったら飲みに来いよ」
「はぁ、でも今夜も仕事ですしねぇ」
「はぁ?2日?ンじゃその後ででも…」
「5日くらい…城内が平常化するまでは私達はずっと警護ですよ?」

ビクトールは流石に驚いて振り返る。

「おいおいおい、新年からそれかよ。というかずっと?なにか?全部お前らに押しつけちゃって俺ら休みなわけ?それまずいぜ。ちょっとまってろ、こっちからもローテーションメンバー出すからよ」

「ああ、いいのですよ。新年はみんな休みですから警護以外の仕事もありませんし。のんびり見回りさせてもらっていますから」

だから他のお方はちゃんと休んで下さいね?
そう笑うカミューの笑顔は自然で優しい。
まさしく天使のようだ。

「だけどよぉ」

「もう決まったことですし、お気になさらないで下さい。こっちの方が性には合っているので。それよりそろそろホールにもどらないとまずいんじゃないですか?」

「ああ、ま、そうだな」

ビクトールの現在の戦場はそっちのほうである。
カミューに言われてビクトールはあわてて、またそちらの方に足を向けた。
何せ無礼講。
そんななか、ビクトールはケンカや飲み過ぎなどでないように、さりげなく面倒を見てやらなければならないのだから。
戦争などという殺伐とした時だからこそのイベント事の必要性と、そこでさりげなく場を維持制御しているビクトールの努力(半分以上は趣味だが)を理解している数少ない人間であるカミューは、がんばってくださいねとビクトールの背中に声をかける。

「あいよー、でもどう考えてお疲れさまはお前らの方だな?」

俺らは飲んで騒いでいるだけだもん、ビクトールはそういって背中越しに手をひらひら振る。

「いえいえ、私こそお疲れなんかではないんですよ。やりたいようにさせていただいているだけですし…
私としても申し訳ない位なんですよね」

「?」

こんな寒空、徹夜で警備がやりたいことだなんて、あの青騎士団長じゃあるまいし。
なーんか不気味。と思ったりするのは失礼なんだろうなぁ。
カミューの言葉に何か引っかかるものを感じながらも、それを頭からふるい落とし、ビクトールは廊下を歩くスピードを上げて目下の戦場までさっさともどっていった。

このことをビクトールが後悔するのはほぼ10日後になった。
 

「ちょっとまて、これ全部やらなきゃいけないのか?」
「はい」

青騎士副団長リグヴェルの持ってきた書類を前にうなるのはビクトールとフリック。
「いくら何でも多くねぇ?」
「しかたがありません。赤青両騎士団長が不在の間は傭兵団長でありますビクトールとフリック殿に赤青騎士団の全権が託されているのですから。もちろんこちらでこなせる分はそうしますが…団長印がいるものは目を通して採決していただかないとこまります」

「だから何で団長両方とも居なくなるんだよ!!」

「冬期休暇です」

わめくビクトールに何当たり前のことを言っているんだとばかりの態度でリグヴェルは平然と応対。
どうも予定されていたことらしい。
「赤青騎士団の全権といっても1/3は居ませんからまだ楽ですよ」
「1/3…?1/3もいないのか?」
「ちょっとまて1/3…って…もしかして新年でていた奴らか?」
「それ以外にいますか?」
 

要するに話は簡単だった。
聖誕祭、おおみそか、新年と仕事をしていたメンバーは今ここでまとめて休みをもらったと言うことなのだ。
このメンバーはこれらの休みを全て出る代わりにここでプラスアルファの休みをもらえるという。
しかもこれはマチルダの決まり事のようなものらしい。
 

「まぁ、このシステムを確実にしたのが今のカミュー団長ですけれどもね。…もともとそういうやり方をしていたんですよ。
ご存じ無かったんですか?シュウ殿はご存じでしたが…」
「知らなかったよ…」
どうりで休み中に仕事の話がいっぺんも出なかったはずだとビクトールは己の迂闊さを呪った。

「でもえらいよな、あとで休みがもらえるからって、普通の人が休む日に全部出るんだぜ、恋人や子供なんかがいる人なんか何言われるか…」
普通に感心するフリックにリグヴェルは何かを納得したようにああ、何度も頷いた。

「なんだ、お二方は天使のバスケットをご存じ無かったのですね」
「なんだそれは」

「ボランティアなんですけれども。マチルダは教会が強いでしょう?聖誕祭や新年なんかはバスケットにスープとパンと少しだけワインを入れた”天使のバスケット”を配る盛大なボランティアがあるんですよ。聖誕祭のミサのあと組み合わせるように行われるんですけれどもね。一般の家の女性の多くは参加するので聖誕祭にロマンティックに恋人と過ごすって言う風習はあまりないんですよ」

それに真冬にマチルダに攻め込みたいバカも少ないのでまとめて休みあげてもそれほど困りませんしね。
にっこり笑うリグヴェル。
しかしここはマチルダではないんだが…。

「ボランティアって…そんなに必要なものか?」

「…マチルダは寒さの厳しい国ですからね」

なるほど、マチルダは寒い。冬には草木がまともに残らないくらい。そんな国でも…いやそんな国だからこそ仕事や家の持てない人も多い。
南の国ならば野宿をし、魚を捕り草木を貪っても生き残ることは出来るだろう。
しかしこの国ではボランティアが助けなければ、寒さと飢えで死んでしまうのだ。
だから寒い国ほどボランティアは盛んだ。
彼らは当たり前のように仮住まいを作り、毛布や食べ物を配る。
当たり前のように一般家庭でその精神を学び、当たり前のようにそれに労力を払う。

「しかも本当に最近流民が増えましたから…」

「じゃなにか?騎士団は恋人と過ごすわけじゃないから仕事していたのか…」
「その逆ですね。
恋人がいるから仕事をするんですよ。
子供にしたってマチルダの冬休みは長いですからなにも聖誕祭や新年に拘る必要はありませんし…。
逆に恋人がいない人は仕事や住んでボランティアに参加するんです。
すれば気だてのいい子にも会えたりしますしね」

「……感動して損した、感謝して損した!」
わめきたくなるのは当然かも知れない。
あからさまに馬鹿を見た感じだ。
 

「ついでに言いましょうか?」

何かを楽しむように横から口を挟んだのは赤騎士副団長フォスターシュ。
この副官ズは、片方は自分自身が、もう片方は伴侶の実家がマチルダとは縁のない南の無名諸国にあるということで、新年にちゃっかり長い休暇を取っている。

「何だ」

「出勤した奴の中にはですねえ、街の警護とかボランティアの警護なんていう名目でちゃっかり恋人と一緒にいたりする奴が多いんですよね」

「それで、また彼女と一緒に長期休暇か…」

あまりの理不尽さにフリックもこぶしを震わせている。

「いた…そういう奴…俺の前にも居た…」

そう地の底から呟いたのはビクトール。
そういう奴とはもちろんカミューのことである。
朝早くからマイクロトフの傍らにちゃっかりいた。
もちろん二人で見回り、警護仕事として…そして今も
「取るべき休暇はちゃんと取らないと回りが迷惑するんだよ」
とか青いのを丸め込んで楽しくやりたい放題に違いない。
 

「休暇は何日だ?」

「えーと今年は聖誕祭3日、新年にかけて5日…で8日ですからプラスアルファで10日ですね〜」

「10日…」

とうとうビクトールとフリックは完全に沈没してしまった。

理不尽だ。
あまりに理不尽である。
新年なんて回り中が休んでいるから仕事なんて警護ぐらいしかない。
といっていたカミューの言葉を思い出す。
それなのに今山ほどの仕事をこちらに押しつけてプラスアルファの休暇を奴は満喫しているのだ。
 

『やりたいようにさせていただいているだけですし…
私としても申し訳ない位なんですよね』

にっこり笑ったカミューの笑顔にあの言葉が、ビクトールの脳裏によみがえる。
あの時は天使の笑顔だと思ったのに…。
あの男は全て知っていて最高の笑顔を振りまいていやがったのだ。
 
 

いや、確かに彼ら天使なのかも知れない。
聖誕祭と新年の休みに勤労精神とボランティアをあたりに振りまいて。
そして彼らがいないこの時期には残されたものは少し不幸になるのだから。
 

「まぁまぁ、もうそうなっているものはしかたがないですね。とりあえず手伝いますので仕事しましょうね」

明らかに事態を楽しんでいる副官ズに、小さく返事を返してのろのろと二人は書類の処理に取りかかった。
残っているのはきっと悪魔ばかり。
休みボケの身体にはあまりに辛い量だ。

「絶対に来年は止めてやる…」

そうビクトールが呟いたのは無理なからぬこと。

「無理じゃないですか?マチルダの休暇体勢がそうなっちゃってますからねぇ」

「ここはマチルダじゃない」

「でも正月きっちり休んだでしょう?」

そういわれてしまえば返す言葉はない。
ビクトールは仕方なく黙って仕事をしながら、来年のリベンジの誓いと、休暇中の青い天使の活躍を心から願った。
 
 

そして幸せいっぱい(本人が)の天使達休みを満喫して帰ってくること、やっと城内は平常の空気を取り戻すのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

ちなみに青い天使は少しだけ活躍したらしく8日目に赤い天使を引きずって城に帰ってきた。
青い天使は仕事中よりお疲れのご様子だ、とは部下達のご報告。
 
 



…半分くらい実話。<仕事場
正月全部出たからって一週間休まれると回りは泣きます(笑)
ボランティアは確かに北の方ほど盛んに見えます。ヨーロッパアメリカは日常的なボランティアは多いですし…日本でも北海道ではよく見るんですよね。あの炊き出しっていうんですか?逆に九州にこしてきてからそれ一度も見たこと無いんだけど…(笑)
ところでこれ…赤青(汗)?

(2003.1.19 リオりー)