天使の休暇 |
そこは隔離された一つの清浄な世界だった。
「新年早々良くやるよなぁ」 ビクトールは柱の影から思わず呟いてしまう。
「奴の部下は大変だろうな…」 しかし見とれるのとは別のところでビクトールは苦笑する。
「でも、こういう人間も必要でしょう?」 不意に背後からかけられた声にびっくりして振り向くと 「カミュー…」 いつの間にか鮮やかな赤い制服に鮮やかな笑みを浮かべて、対の赤騎士団長が立っていた。 「おはようございます。おはやいですね?それとも…飲み明かした後ですか?」 「おはようでいいのかね、俺の方は後者が正解だな。もっともこれからも戻って飲む予定だが?」 新年会がまだだろ?にやりと笑って挨拶をする。 「おまえこそ早いじゃないかよ、どうした」 「どうしたもこうしたも…公務中ですよ?年末年始警護のね?」 よく見るとカミューも一部の隙もない軍装である。 「あーじゃ徹夜明けか。ご苦労様なこった」 「自分で志願したことだからいいですけどね?」 そういえばそうだった。
ならばこのマイクロトフは、早朝の訓練ではなく徹夜明け、なまった身体を伸ばす訓練といったところか。
「なにか?マイクロトフの真面目がうつったか?」 からかうようにいえば、カミューは肯定も否定もしないで首をすくめて苦笑する。 「そんなわけはないですけれどもね」
しかたがないといわんばかりの口調でもどこか嬉しそうに続ける。 「それに、嬉しそうに笑うんで…」
『一緒に仕事いれちゃおうか……こういうときほど必要だもんね』 『…え?でもあの、パーティーとかあるし、カミューがいないとご婦人方も…』 『んー?いてほしくない?新年最初の時に私が側にいちゃ邪魔かな?』 『そ、そんなことあるわけないだろう!』 ぶんぶんと必死に頭を振るマイクロトフ。
「へいへい、ごちそうさま」 飲み明かした寝不足頭にはちょっと重すぎる甘さと、爽やかさにビクトールは笑って話を打ち切ると、のんびりとまた来た道を帰りだす。 「これから、また飲みですか?お疲れさま」 「そっちこそ、命の洗濯は必要だぜ」
ビクトールは流石に驚いて振り返る。 「おいおいおい、新年からそれかよ。というかずっと?なにか?全部お前らに押しつけちゃって俺ら休みなわけ?それまずいぜ。ちょっとまってろ、こっちからもローテーションメンバー出すからよ」 「ああ、いいのですよ。新年はみんな休みですから警護以外の仕事もありませんし。のんびり見回りさせてもらっていますから」 だから他のお方はちゃんと休んで下さいね?
「だけどよぉ」 「もう決まったことですし、お気になさらないで下さい。こっちの方が性には合っているので。それよりそろそろホールにもどらないとまずいんじゃないですか?」 「ああ、ま、そうだな」 ビクトールの現在の戦場はそっちのほうである。
「あいよー、でもどう考えてお疲れさまはお前らの方だな?」 俺らは飲んで騒いでいるだけだもん、ビクトールはそういって背中越しに手をひらひら振る。 「いえいえ、私こそお疲れなんかではないんですよ。やりたいようにさせていただいているだけですし…
「?」 こんな寒空、徹夜で警備がやりたいことだなんて、あの青騎士団長じゃあるまいし。
このことをビクトールが後悔するのはほぼ10日後になった。
「ちょっとまて、これ全部やらなきゃいけないのか?」
青騎士副団長リグヴェルの持ってきた書類を前にうなるのはビクトールとフリック。
「だから何で団長両方とも居なくなるんだよ!!」 「冬期休暇です」 わめくビクトールに何当たり前のことを言っているんだとばかりの態度でリグヴェルは平然と応対。
要するに話は簡単だった。
「まぁ、このシステムを確実にしたのが今のカミュー団長ですけれどもね。…もともとそういうやり方をしていたんですよ。
「でもえらいよな、あとで休みがもらえるからって、普通の人が休む日に全部出るんだぜ、恋人や子供なんかがいる人なんか何言われるか…」
「なんだ、お二方は天使のバスケットをご存じ無かったのですね」
「ボランティアなんですけれども。マチルダは教会が強いでしょう?聖誕祭や新年なんかはバスケットにスープとパンと少しだけワインを入れた”天使のバスケット”を配る盛大なボランティアがあるんですよ。聖誕祭のミサのあと組み合わせるように行われるんですけれどもね。一般の家の女性の多くは参加するので聖誕祭にロマンティックに恋人と過ごすって言う風習はあまりないんですよ」 それに真冬にマチルダに攻め込みたいバカも少ないのでまとめて休みあげてもそれほど困りませんしね。
「ボランティアって…そんなに必要なものか?」 「…マチルダは寒さの厳しい国ですからね」 なるほど、マチルダは寒い。冬には草木がまともに残らないくらい。そんな国でも…いやそんな国だからこそ仕事や家の持てない人も多い。
「しかも本当に最近流民が増えましたから…」 「じゃなにか?騎士団は恋人と過ごすわけじゃないから仕事していたのか…」
「……感動して損した、感謝して損した!」
「ついでに言いましょうか?」 何かを楽しむように横から口を挟んだのは赤騎士副団長フォスターシュ。
「何だ」 「出勤した奴の中にはですねえ、街の警護とかボランティアの警護なんていう名目でちゃっかり恋人と一緒にいたりする奴が多いんですよね」 「それで、また彼女と一緒に長期休暇か…」 あまりの理不尽さにフリックもこぶしを震わせている。 「いた…そういう奴…俺の前にも居た…」 そう地の底から呟いたのはビクトール。
「休暇は何日だ?」 「えーと今年は聖誕祭3日、新年にかけて5日…で8日ですからプラスアルファで10日ですね〜」 「10日…」 とうとうビクトールとフリックは完全に沈没してしまった。 理不尽だ。
『やりたいようにさせていただいているだけですし…
にっこり笑ったカミューの笑顔にあの言葉が、ビクトールの脳裏によみがえる。
いや、確かに彼ら天使なのかも知れない。
「まぁまぁ、もうそうなっているものはしかたがないですね。とりあえず手伝いますので仕事しましょうね」 明らかに事態を楽しんでいる副官ズに、小さく返事を返してのろのろと二人は書類の処理に取りかかった。
「絶対に来年は止めてやる…」 そうビクトールが呟いたのは無理なからぬこと。 「無理じゃないですか?マチルダの休暇体勢がそうなっちゃってますからねぇ」 「ここはマチルダじゃない」 「でも正月きっちり休んだでしょう?」 そういわれてしまえば返す言葉はない。
そして幸せいっぱい(本人が)の天使達休みを満喫して帰ってくること、やっと城内は平常の空気を取り戻すのだ。
ちなみに青い天使は少しだけ活躍したらしく8日目に赤い天使を引きずって城に帰ってきた。
終 |
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