光揺


 
 
 それは確かに光…。
 光を含んだような金茶の髪に角度によっては紫色の虹彩を見せるヘイゼルの大きな目…
初めてそれをみた時、なんてきれいな色彩をもった人間なんだろうと思った。
透けるような色合いは別の世界のよう。
まるで湖底から見た外の世界
…またはその逆のやさしい陽光の色にも似て…。
 
 
 
 
 
 

 染め上げたばかりの黒髪にくるりと指を絡めてひっぱり指に色が付かないことを確かめる。
指に色はなくさらりと髪の間を抜ける。
はじめてやってみた作業ししてはうまくできている。
ムラもなく艶やかに光をはじく。
うんいい感じ。
カミューは自分の仕事の出来に満足して洗面所から寝室に抜けるドアを開け、待っている友人の前にじゃーんと登場してみせる。
「どうだ?マイクロトフ。これでマチルダの人間に少し見える?」
 ちょっと自慢げにくるりと回ってそのできばえを見せる。
「すっごい変!!」
 が、即答。
マイクロトフに間髪入れずにそうかえされてカミューは少し肩を落とす。
「そんなに変か?」
 きれいに染めた自信はあっただけにがっくりとしてしまう。
自分で自分の髪はちゃんと見ることが出来ないからもしかしてちっともちゃんと染まっていないのか…。
いや、物事を気にしないマイクロトフが変だと言うからにはよっぽどおかしいのかも…。
思わずぐいぐいと髪を引っ張ってもう一度確かめてみてもち、っとももんだいなんか無い。
「ああ、やはり色のバランスが悪すぎる」
「そうか?俺は目の色は髪よりも濃く見えるので大丈夫だと思ったのだが…
気を使って髪も黒と言うより栗色っぽくしたのになぁ…」
「まつげが金茶…」
「そんなところまでみるな!」
ぐるぐる考えてしまった理由がそんなところで、
マイクロトフ目がよすぎ!おもわずいらぬつっこみを入れたくなる。
「そんなことをいわれてもすっごい違和感だぞ…」
「う…、眉毛までならともかくまつげまではなぁ…」
「目の色ともあわない…」
「うーん、やはり変装してマチルダ内部の調査に行くというのか無理かな?」
「少なくとも髪を黒くすると言うのは似合わなさすぎるからやめた方が…」
「しかたがないじゃない?あそこでこの髪ではめだっちゃってどうしようもないんだから…」
 きれいに染めた髪をもったいなげにぱさぱさと振って髪の感触を確かめる。
「せっかく苦労してきれいに染めたのに…」
 
 

 マチルダ攻略前に町の様子の変化を見に行く。
そういう命令が下って真っ先に志願したのはもちろんマイクロトフだった。
しかしながら、元々のマチルダの様子を詳しく知るもの、そして立ち回りのうまいもの、判断に信頼の置けるもの…
それが条件ともなればマイクロトフは2番目の条件を満たせるわけもなく回り中に止められた。
当然といえば当然だね、ということばにマイクロトフはさすがに憮然としていたりするのだが。
しかし商人や、逃げ出してきたものの話しに聞くマチルダの状況は悪くなる一方で、
酷い状況を目の当たりにしてマイクロトフが問題を起こさないわけもなく。
しかし半端なものではメンバーを外されたマイクロトフが納得するわけもなく。
カミューが出ることになりやっとことが決まったのだが…。
 

「この外見のことをすっかり忘れていたよ」
 この外見がいかにマチルダでは目立つかカミューは身をもって知っている。
まして今では外部からの人間はまともには入れはしないだろう。
栗色の髪を引っ張りカミューはそっとため息をつく。
だから髪を染めてみたのにマイクロトフには全く気に入らないらしく
さっきから変だやめろの連発ではさすがにこのまま押し通す気にはカミューにはなれなかった。
「やはり、リグヴェルに出てもらうか…」
 青騎士副団長で隊きっての切れ者の名前を出して今にも俺が行くといい出しかねないマイクロトフに上目使いでお伺いを立てれば、マイクロトフも仕方ないという風情で
うなずく。
「それしかないようだな…」
少し不機嫌な声で同意をする。
しぶしぶながらマイクロトフも譲歩するつもりらしい。
はじめっからこうなら、よかったのに…というカミューの不平は思いっきり無視をされたが…。
「あと補佐でうちの書記官のレイドをつけよう、後もう一人立ち回りのうまい腕の立つ奴がいれば
いいだろう…。裏街道慣れしている奴はいないか?」
「それならうちの一番隊隊長のカロンだな…」
「それでいいな、じゃぁ早速通達を…」
栗色の髪をさらりと遊ばせて扉へ向かうカミューに…。
「やっぱり変!」
別に偵察に行けなかった鬱憤ではないだろうが
思いっきりとどめをマイクロトフは刺すことを忘れなかった。
 
 

カミューは早速通達に行った。
その髪のままで。
回りには驚かれたが評価はおおむね良好といえた。
マイクロトフのように変だという人は誰もいなかった…まぁ遠慮されていたのかもしれないが。
「うーん、どうしてこう評価が違うのだろう…」
 染め粉を落としたカミューはタオルで髪をこすりながらマイクロトフに聞こえるように呟く。
染め粉は落としてみたものの色は完全に落ちず、また髪が傷んでしまい
色がくすんだ茶色になってしまったようでカミューは少しばかり不機嫌だ。
もともとはマイクロトフのわがままから端を発した結果で、それなのにこの言いぐさは気に入らないのでカミューもすこし拘りたくもなるというものだ。
「だってまつげが金茶だ」
ベッドに腹這いになってくつろぎながら顔だけあげてマイクロトフは同じ声を繰り返す。
「あのね…」
 いいかけてマイクロトフの方を見れば、彼は顔を上げて邪気の欠片もない目を真っ直ぐにこちらをむけている。
怒っているとかそういう顔ではない。
本当に真っ直ぐに真っ直ぐに人の目のその真ん中を射抜くような…それでいて
厳しいと言うにはほど遠いひたむきで純粋な幼い瞳…。
少しむくれて見えるのは別に行けなかったことを恨んでいるわけではないようで。
「だって目の色とまつげが金茶なのに…」
 ただちょっと意固地な物言いは彼のこだわりが言葉に出来ないどこかにあるということ…。

 ああそうか…

 唐突にカミューは理解した。
マイクロトフはこうやって真っ直ぐに…なにより人の目を真っ直ぐに見るから
目の色やまつげの色が人よりも見えてしまうのだ。
「なんだ、そういうことか」
気がついてみればそれは当然のことで、金茶のまつげを見てから黒の髪に目を留めればそれは確かにおかしかろうと気付く。
それはマイクロトフだけのことで…。
「何がだ?」
「…なんでもない…」
カミューは少し脱力した気持ちで笑った。
「お前はそうやって人の目ばかりを見るから気になるんだよ」
ちょっとした怒りなんかどこかへ吹き飛ばしてしまう。
人の目を真っ直ぐ見るかわいい人。
「おまえ、目ばっかり見ているんだね」
もっと全体のバランスとかを見てくれなきゃ…
そう笑ってみせると、マイクロトフはぶんぶんとかぶりを振る。
「ちがう、お前の目が目立つんだ」
子供みたいに向きになって言い返す。
だからかわいいなんて言われるんだけど。
「目が?」
「そうだ!」
「どうして?」
「え?」
「なんで?」
少しかがんで目線を近づける。
「い、いや…だって…」
言おうとした言葉はもしかしてとんでもなく恥ずかしい言葉だと気付いて、でも
印象的だから…ただ口の中でもごもご言うマクロトフが最高に可愛く見えてすっかり機嫌を直したカミューは隣に座り
「この目…?」
艶っぽく笑ってじっとマイクロトフの目を見つめ返してやる。
「かわいいね、マイクロトフは…」
そんな言葉にはにらみ返すしか返す言葉なんか無いのだけれども。
 

「そういえばおまえはじめてあったときも人の目を見てとんでもないことを言ったよね…」
「そうだったか?」
「”その目で見える世界は何色だ?”って」
 とんでもないせりふだとおもったよ…カミューは思い出して耐えられないと言うようにクックッと笑う。
「別にマイクロトフの目が黒ければ世界は黒く見えるわけでもないのにね…
それとも…」
そこで一つ言葉をきってカミューはマイクロトフの目を覗き込む。
「いまだにこの目の見える世界は違うと思うか?」

瞳にうつる世界…。
それは彼を通してみる世界…。
濃いヘイゼルに浮かぶ悪戯っぽい光のゆらぎ…。
 

 出会った時と何も変わらない…。
光を受けて違う色合いを帯びる目。
何よりも柔らかい陽光に負けない綺麗な目。
光にはねかえる金茶の髪も綺麗だと思ったがそれ以上に印象的だと思った目。
カミューを思い出すときはまずこの目を思い出す。
この色素の薄い目を通した世界はもしかしたらもっと明るくて綺麗に見えるかもしれない…。
確かにその時そう思ったのだ。
そして今も…
 

「……」
「マイク?」
 

その光を目にしてマイクロトフは動けなくなる。
魅入られる…。
違う…
やっぱり違うんじゃないか…とその目に引き寄せられながらマイクロトフは思う。
 
 

 この目のフィルターを通した世界はきっと晴れた日に湖底を覗き込むような…そんな世界のような気がしてならなかった。
砂と岩ばかりの冷たい湖底も晴れた日に覗き込むと水の揺らぎと日の光の波紋で彩られ賑やかで鮮やかな…見ていて飽きないざわめきがあったように…。
色素が薄くても、奥まで見えるようでも、それはガラス玉ではあり得ず、独特の光をもってその感情を生き生きとうつ出している…
今、こんなときでも…。

 
 魅入られる…
 

「…ぷ…」
覗き込む体勢のままカミューは至近距離で吹き出した。
「やっぱりそんな風に見えている…と思っている?」
そんな顔だね、と指摘されて顔が赤くなる。
赤くなっても目をそらすことをしないマイクロトフに笑ってカミューは手をのばす。
「別にいいよ、悪気がないことはよく分かるし…でもマイクはやっぱり可愛いなぁ」
「な」
さっきから、なにが大の男にかわいいだ!と怒ってみてもカミューは全く取り合おうともせずにカワイイを連発して嬉しそうに頭を抱き込もうとする。
ああそういえば昔っからこいつは人のことをカワイイだ綺麗だそんなことばっかり言っていたっけ、そんなことも思い出す。
つくづくおかしな奴だ。
でも、もしかしたらこいつはほんとうにそう見えているのかもしれない。
この目を通せば…。

 ならば、やっぱりこいつの見える世界はちょっとちがうのだろう…。
湖底のきらめきを思い出しながらマイクロトフはため息をついた。
そして、今日は見あげてばかりのカミューの金色のまつげをもう一回だけ目の前に見て
のばされる手に、ゆっくりと目を閉じた…。
 


〜終〜



目…
何をうつすかはその人次第。
しかし文が変…(涙)。

(2001.10.24 リオりー)